第279話 不要な『お荷物』
「ふん、たったの四人か。まぁ良い! かかってこい!」
私、イアンさん、ルーンさん、フェルミナさんが走ってくるのを見て、グリンさんも少しだけ体勢を低くして身構える。と思ったら、背中から黒みがかった羽を広げて、開けた青空へと真っ直ぐに飛び立っていったのだ。
「フェルミナ!」
「ええ!」
グリンさんを見上げつつ、ルーンさんとフェルミナさんも即座に羽をはためかせて上昇。グリンさんに追いつき、先に対戦してくれた。
「ユキは飛べるかい?」
自分も黒マントを使って飛ぼうと数歩前に進んだイアンさんは、ふと私の方を振り返った。
「え、えっと……。ちょ、ちょっと待ってください」
私は飛べないけど、もしかしたら____。
「【吹雪】! ……うわぁっ!」
よし、成功! 見立て通り!
地面に向かって思いっきり氷の微粒子をぶつけて、その反動で空へ上昇したのだ。飛ぶというよりは、大きなジャンプといった方がふさわしい飛び方だけど。
……と思ったら、結構威力が強くて風のような速さで私の身体は舞い上がってしまう。
「ユキ!」
「ユキ様!」
幸運にも、空に浮かんでいたルーンさんとフェルミナさんが、二人がかりで飛躍してきた私をキャッチ。
「あ、ありがとうございます……」
二人に脇を抱えられつつ、私がお礼を言っていると、グリンさんが怒りのこもった叫び声をあげた。
「よそ見するな!」
迫ってくるグリンさん。私は反射的に掌をかざし、詠唱した。
「【氷柱針】!」
グリンさんに真正面から当たる____と期待していたんだけど、流石はグリンさんだ。私の氷柱を間一髪のところで身を捻って避けた。
「今のは良い反射神経だったぞ」
「ありがとうございます」
ダメージは与えられなかったけど、反射的に技を撃てたことに対してルーンさんが褒めてくれた。口元も綻んでいるし、これは心の底からの称賛だと思っても良いはず。
「天兵長、フェルミナ。ユキは僕に任せて、二人はグリンの攻撃に集中してくれ」
と、イアンさんが追いついてきて、ルーンさんとフェルミナさんに言った。
「分かった」
ルーンさんとフェルミナさんは頷いて、真っ白の羽をはためかせて飛び、グリンさんと本格的に戦いを始めた。
「ユキ、大丈夫かい?」
「あ、ありがとうございます、イアンさん」
イアンさんの方へ首を向けた私は、たまたま視界の隅に入った『あるもの』に思わず顔を赤らめてしまう。
「ど、どうしたんだい?」
「あ、あの……! 手……!」
「手? ああ、うん、繋いでるよ。これでユキも浮遊出来るでしょ?」
イアンさんは、肩の高さまで握った私の手を持ち上げると、にっこりと笑った。
「そ、そうですけど……!」
まだそういう不意打ちには慣れてなくて……って! これじゃ不倫みたいなものじゃん! 私、せっかく風馬くんと両思いになれたのに……!
イアンさんと……手握ってる……!
「ユキ? 顔真っ赤だけど大丈夫かい? ま、まさか技の使い過ぎで体力が……」
イアンさんは俯く私の顔を覗き込みつつ、悪い予感がしたのか顔を歪める。私は慌てて顔を上げて首をブンブンと振り、
「いえ、大丈夫です! もっと別の理由なので気にしないでください!」
「なおさら気になるんだけどなぁ。まぁ、今は良いか。とりあえず、僕達も参戦するよ!」
今もなお戦ってくれている女天使二人の方へ向き直りつつ、イアンさんは言う。
「はい!」
私はイアンさんと手を繋いだまま左手で、イアンさんは右手でそれぞれグリンさんに向かって技を繰り出す。
「【暗黒剣】!」
「【氷柱針】!」
ルーンさんと剣を交え、フェルミナさんの銃撃を避けていても、グリンさんの瞬発力は健在だった。私達が放った攻撃に一瞬で目を向けると、丸太のようなハンマーを振り上げたのだ。
「【破滅鎚】!」
と、たまたまもう一度攻撃をしようとグリンさんに近付いたフェルミナさんが、振り上げられたハンマーの風圧に飛ばされてしまう。
「うっ!」
「フェルミナ!」
今、私達四人が浮かんでいるのは、廃墟の瓦礫が豆粒に見えるほどの高い位置。そんなところから地面へ勢いよく落下していくフェルミナさんを、ルーンさんが下降しながら何とか抱きとめる。
「だからよそ見するなって!」
グリンさんはフェルミナさんを仕留め損なったことに怒りを覚えたのか、彼女を救ったルーンさんの背中を思いっ切りハンマーで殴った。
「ぐっ!」
フェルミナさんを助けられたことに安堵していたルーンさんは、背後の警戒を怠ってしまっていた。痛そうな呻き声をあげて、腕の中のフェルミナさんと一緒に地面へ落下。
市場の石畳に打ち付けられ、モワモワと家の屋根の高さほどの土煙が上がる。
「ルーンさん! フェルミナさん!」
「ユキ、彼女達なら大丈夫だ。目の前のことに集中して!」
地面を見下ろして叫ぶ私を、イアンさんがたしなめてくれる。
「は、はい……!」
二人のことが心配でたまらないけど、私はグッと堪えて目の前のグリンさんに向き直った。イアンさんだって、二人が心配に決まっている。それでも優先順位を考えて、私に指示をしてくれているのだ。
イアンさんの強張った表情から、そんな葛藤が痛いほど伝わってきた。
グリンさんはふわふわの銀髪を手でかき上げ、イアンさんを鼻であしらう。
「ふん、ちょっとでも目を離した隙に、余が貴様らのことも攻撃するかもって思ってるんでしょ? 正解だよ!」
目をカッと見開きながら、ものすごい速さで突進してくるグリンさん。
イアンさんは私を背中に回して庇いつつ、グリンさんのハンマーを黒い剣でガードした。
「ユキを護りながらじゃ、ダウンも早いと思うけどね!」
イアンさんの防御が手薄になったと、グリンさんはハンマーを振りかぶる速度を上げていく。イアンさんは私を庇ってくれつつ、それらをしっかりガードしながら、
「そんなことない!」
「お荷物は、余が降ろしてあげるよ」
そう言うと、グリンさんは私とイアンさんが握り合っている手に向かってハンマーを振り下ろした。
打たせまいと腕を振り切ったイアンさん。その反動で、私の手がイアンさんの手から離れてしまう。
「あっ____」
「しまった! ユキ!」
手を伸ばし、黒マントを翻して急降下しようとするイアンさんだけど、
「行かせないよ!」
「があっ!」
グリンさんに腹部を殴られ、落ちていく私を受け止めることは叶わなかった。
心臓の鼓動が高まり、上に引っ張られるような浮遊感が襲ってくる。空中で体勢を整える、なんて器用なことも出来ずに、私はそのまま地面に向かって落ちていく私。
でも、地面に私の身体は打ち付けられなかった。
「ったく、何やってんだ、馬鹿野郎」
少し強い感覚が背中を襲い、おそるおそる目を開けた。視界には赤紫色の髪の少年の顔が飛び込んでくる。
「……俺達も参加させてもらう」
「あいつには色々と異議申し立てたいことがいっぱいあるからねぇ」
その両隣に居たのは、上空を見上げる青紫色の短髪の少年と、髪をかき上げる濃い桃色の長髪の少女だった。




