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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第276話 託されたもの

「魔法は何事もイメージが大切よ。頭の中で思い描いた軌道を、実際に魔法で再現するっていうサイクルを身につけることね」


 人差し指をクルクルと回して『サイクル』を表し、ルミレーヌ様が助言してくれる。


「分かりました!」


「念のために感覚を掴んでおきましょう。もう一度やってみて」


「は、はい! 【氷柱(アイシクル・)(ニードル)】!」


 指先に魔力を集中させるイメージを思い描き、グッと力を込める。


 私の掌から放たれた鋭い氷柱は、まっすぐにグレースの方へと迫っていく。


 グレースは、私の氷柱を的確に跳ねのけて、


「上手い!」


「そろそろ打ち合いを始めても大丈夫かしら。どうする?」


「打ち合い、やってみたいです!」


 私が言うと、ルミレーヌ様は顔を上げてグレースの方を見た。


「グレース、お願いしても良いかしら?」


「承知致しました、ルミレーヌ様! お任せください! ……じゃあユキ、いくよー!」


 胸部に拳を当てて軽くお辞儀をしてから、グレースは好戦的な目付きになって頬を上げた。


「うん!」


 私も頷き、腰を低くして身構え、グレースが走り出したのと同じくらいのタイミングで走り出す。


 それから私とグレースは、体力や魔力の限界が来るまで氷魔法の打ち合いをしていたのだった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 その日の夜。


 私達がダイニングテーブルに集まっていると、玄関のドアが開いて二人の女天使が入ってきた。


 一人は白い短髪に鎧を纏った天使。もう一人は薄紫の長髪に給仕服のようなものを纏った天使。ルーンさんとフェルミナさんだ。


「天兵長、フェルミナ、おかえり」


 イアンさんの言葉に、ルーンさんは短く頷き、フェルミナさんは深々と頭を下げる。


「すまない。天兵軍の皆に暫く留守にすることを伝えて色々と手続きをしていたら、日をまたいでしまった」


「ううん、気にしないで。無事で何よりだ。……グリンは?」


 表情を引き締めるイアンさんに、元から無表情のルーンさんは言う。


「途中で吸血鬼に促されて帰っていったぞ。前の鬼衛隊長だった……」


「ウィスカー隊長か」


 イアンさんがルーンさんの言葉を引き継ぎ、顔を歪めて歯を食いしばった。


「イアンさん……?」


 一瞬、イアンさんが表情を曇らせている理由が分からなかったけど、私はすぐにその理由を察した。


 イアンさんとウィスカーさんとの間に、何か大きな溝が出来ているのだとすれば、それはきっと私と吸血鬼の皆の仕組まれていた出会いについてだろう。


 六月頃、鬼衛隊の皆と初めて出会った時のことだ。あの出会いは偶然で奇跡に等しいものだ、とそう思っていた。でも実は違った。私と吸血鬼の出会いは必然だったのだ。


 何故なら、グリンさんとウィスカーさんが意図的に私達を引き合わせたから。そうグリンさんの口から告げられて、なおかつウィスカーさんも認めた。


 ウィスカーさんの名前が出て顔を歪めたのは、おそらくイアンさんもカミングアウトの瞬間を思い出したからだろう。


 実際にその場に居合わせていた(まこと)さんも、神妙な顔つきで腕を組んでいる。


「大丈夫、ですか?」


 イアンさんはハッとして私を見下ろすと。食いしばっていた口元を緩めて軽く首を振る。


「いや、何でもない。大丈夫だよ、ありがとう、ユキ。……とりあえず、二人も戻ってきてくれたことだし、本題に入ろう」


 今までは怪我を負った皆のことを労ったり、イアンさんが闇の能力(ちから)に飲まれて自我を失ってしまったことへの謝罪をしたりしていた。


 これらも勿論大切だけど、イアンさんが私達に話したかったのは今から話す内容なのだろう。


 イアンさんは机の上に両手をついて前のめりになり、私達を見回すと、


「グリン・エンジェラとウィスカー隊長の所を、先に僕達が攻めるんだ」


「私達の方から攻めに行くんですか?」


「ああ、今まではずっとグリンが先に地震を起こして、それに気付いた僕達がやっと現場に駆け付ける、っていう流れだった。流石にそれを続けるわけにはいかない。僕達もどこかで先手を取らないと」


「つまり、このタイミングでってことね」


 キルちゃんの言葉に頷くイアンさん。


「そういうことだ。異論のある人は?」


 イアンさんがぐるりと皆を見回すけど、私含め手を挙げたり口を開いたりする人は誰もいない。


「皆、この戦いを乗り越えたら、必ず平和な未来がやってくる。だからもう少し頑張ろう」


 私達全員は、決意を新たに頷いた。


「ごめんね、これだけ伝えたかったんだ。皆、それぞれ寝る準備してもらって良いよ」


 イアンさんは口角を上げつつ謝罪。彼の言葉を聞いた面々は、自分達の部屋へと戻っていく。


 そんな中で、風馬(ふうま)くんだけがその場に立ち尽くし、右の掌を見つめていた。


「風馬くん? どうしたの?」


「いや……、いよいよ最終決戦なんだなって思って」


 顔を上げて私を見やった時は笑顔を浮かべていたけど、再び右の掌に視線を落とした風馬くんの表情は、いつになく強張っていた。


「緊張、してる?」


「うん、まぁ」


「大丈夫だよ。皆で一緒に戦うんだから。心配しなくても良いよ」


 風馬くんの右手を両手で包み込み、私はそう声をかける。でも風馬くんの表情は晴れなかった。


「それもあるんだけど……」


「え?」


「ここに避難してからもう一回(ゆき)達の所に向かう時に、ブリス陛下がボソって呟きなさってたんだ。『この世界を守ってくれ』って。俺、それ聞こえちゃってさ……」


「お父様が……!」


 『ブリス陛下』と風馬くんが声を発した瞬間に、イアンさんがピタッと動きを止めて風馬くんの方を見る。風馬くんは目線を上げてイアンさんを見つめ、


「はい、だからブリス陛下に託されたこの世界を、絶対に守りたいんです」


「勿論だ。皆で一緒に、必ずこの世界を守ろう」


 イアンさんも再び表情を引き締める。私も二人と顔を見合わせながら頷いた。


 ____今度こそ、絶対にグリンさんを倒す。


 ブリス陛下に託された世界を守るために、ブリス陛下に託されたこの能力(ちから)で。

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