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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第272話 この世界を頼んだぞ

 怪物化したイアンさんを包み込んでいる闇の能力(ちから)を吸収すべく、ブリス陛下とテインさんが必死に身を粉にしていた。____文字通りに。


 ブラックホールの吸引力によって風が吹き荒れ、ブリス陛下やテインさんだけでなく、私や風馬(ふうま)くんにも激しい風が吹きつけてくる。尤も、ブリス陛下特製のブラックホールに閉じ込められているグリンさんには無害だったけど。


「陛下、離脱してください! お身体が()ちません!」


 片方の手を握り合い、もう片方の掌を怪物化したイアンさんに向けてブラックホールで吸収している状態の二人。相当負担になっているのか、苦しそうに顔を歪めるブリス陛下の異変に気付き、テインさんが声をあげた。


 でも、ブリス陛下も負けじと言い張る。


「そんなことをするわけがないだろ! イアンは……わたしの息子だ。息子を正しき道に戻すのもまた親の大事な役目だからな」


「陛下……!」


 ブリス陛下の覚悟を改めてその目で確かめたテインさんは、了承したように目の前のイアンさんへ向き直る。当初と比べるとやはり効果はあるようで、イアンさんに纏わりついている闇のオーラも大分薄くなってきていた。


 ただそれだけに、闇のオーラを吸い込んでいる側の負担は想像を絶する。


「くっ……! うぅっ……!」


 やはりテインさんにも限界が来てしまったようで、苦しそうな呻き声をあげて膝から崩れ落ちそうになる。それを瞬時に支えて、ブリス陛下は言った。


「もう……少しだ……!」


「はい……!」


 体勢を整え、テインさんはもう一度自分の足で地面を踏みしめる。不意に、ガラスが割れるような硬い音が響いた。どこかで耳にした、二度と聴きたくなかった音……。


「イアン……! ヴァンやパイアと三人で……亜人界を守っていってくれ……! 頼んだぞ……!」


 ブリス陛下は、自分の限界を悟ったのだろう。まだ正気に戻っていないイアンさんに呼びかけ、微笑んでいる。


 イアンさんを包む闇のオーラはどんどん吸収されていき、イアンさんの怪物化も元に戻りつつあった。黒く変色した長い爪は、少し縮まった白色になっていて、青白いゴツゴツした肌は滑らかな肌色に戻っている。


「へい……か____」


 と、今度こそテインさんが脱力した。ブリス陛下は紫髪の秘書の細くて小さな肩を抱き、涙を流す。


「テイン……。最期までよく頑張ってくれたな……! ありがとう……。君はわたしの最高の秘書だったよ……!」


 その言葉を聞き終えたかのようにテインさんの身体が透け始める。やがてその身体は小さなガラス玉____魂の核へと姿を変え、弱々しく宙に浮かび、パリンと音を立てて割れた。


「テイン、さん……!」


 胸が痛かった。


 天使との戦闘でミリアさんに注入されたフォレスの毒を牙で吸っても、平然と笑顔を浮かべていたあのテインさんでさえ、使い手五人によって引き出された闇の能力(ちから)を最後まで吸収することが出来なかったのだ。


 また一人、大切な人を失ってしまった。


 風馬くんも目を潤ませ、唇を噛んでいる。


 と、またガラス玉が割れるような音がした。息も絶え絶えのブリス陛下が、私と風馬くんを振り返って笑みを浮かべる。


「ユキ、フウマ。どうかこの先も自分を信じて精一杯生きてほしい……。世界の平和を、心から____」


 言い終わる前にブリス陛下の身体は透け、小さな丸い魂の核へと姿を変えて、パリンと音を立てて割れた。


「「ブリス陛下‼︎」」


 私と風馬くんは同時に叫ぶ。でも、その叫びはブリス陛下には届くはずもない。


 そんな……。ブリス陛下もテインさんも……。消滅しちゃった……!


「うぅっ、うぅっ……ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 口を両手で押さえて涙を流し、その場に屈み込む私へと風馬くんが駆け寄って、背中をさすってくれた。


(ゆき)、あまり自分を責めるな」


「だって、だって……! 私がちゃんとイアンさんを元に戻せてたら、ブリス陛下もテインさんも死なずに済んだんだよ⁉︎ なのに……私のせいで二人が!」


 叫んだ直後、私の身体は勢いよく起こされた。私の二の腕を掴んだ風馬くんが、まっすぐ私を見つめていた。


「雪だけのせいじゃない。俺だって早くグリンを倒して、雪の方に合流しないといけなかったのに出来なかった。俺にも責任はあるよ。ごめん、雪」


 風馬くんが顔を伏せ、申し訳なさそうに謝ってくれる。でもそれさえも申し訳なくて、私はまた泣きながら謝罪し続けた。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」


「フウマ……?」


「イアンさん」


 風馬くんが振り返り、すっかり元に戻ったイアンさんを見上げる。


「その子は……まさか!」


 イアンさんはハッと驚いたように目を見張ると、しゃがみ込んで私の顔を覗き込んだ。


「ユキ、なのか……?」


 今の私は完全なる『村瀬(むらせ)雪』の姿ではなく、『村瀬雪』と『氷結鬼・ルミ』が融合したような姿をしている。栗色に近い茶髪に桃色の瞳、そして真っ白い衣装。

 そんな私を見ても、イアンさんは私だと分かってくれた。


 イアンさんの顔を見た途端、堪えていた感情が溢れ出してきて、私はイアンさんの胸に飛び込んだ。


「イアンさん、ごめんなさい! 私のせいで、ブリス陛下とテインさんが……!」


「あれは……夢じゃなかったのか……!」


「夢、ですか?」


 ハッと息を呑むイアンさんに、私は尋ねる。


「ああ。真っ暗だった目の前が開けていって、お父様の顔が目に写ったんだ。『頼んだぞ』って仰ってた。他にも色々仰ってたみたいだったけど、僕が聞き取れたのはそこだけで……。その後、お父様とテインさんが消えて____」


 イアンさんは目を見開いて、勢いよく背後を振り返る。でもそこには誰の姿もない。強いて言うなら、その少し左側に小さなブラックホールに包まれたグリンさんが居るくらいだ。


 ブリス陛下とテインさんが消えた瞬間を思い出し、私の目から涙が溢れて嗚咽が漏れてしまう。


「……お父様とテインさんが、僕を助けてくれたのか……? それで……」


「うぅっ、ごめんなさい! ごめんなさい! 私が……私が早くイアンさんを元通りに出来なかったから……!」


「何でユキが謝るんだい? 元はと言えば、僕が闇の能力(ちから)に飲まれたのがいけなかったんだ。ユキのせいじゃない」


「でも……っ! でも……っ!」


 イアンさんは私の頭を撫でながら、強く強く抱きしめて何度も背中をさすってくれた。


「この異空間、お父様が?」


「はい」


 イアンさんの問いかけに、風馬くんが肯定した。すると、私達が今居るブラックホールの音なのだろう、ピキピキと亀裂が入るような音が聞こえてくる。


「時間切れみたいだね……! フウマ、僕に掴まって。ここから出るよ」


「分かりました!」


 イアンさんは子供みたいに泣きじゃくる私を抱いたまま、黒マントで飛躍した。

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