第267話 フェルミナ〜私の気持ち〜
めり込んだ地面の上に仰向けで横たわりつつも、狂ったような笑い声を響かせるグリンさん。
「何が面白いんだ!」
風馬くんが警戒心を募らせるけど、グリンさんの笑い声は絶えない。
「完敗、完敗。唖然失笑。驚きすぎて笑っちゃうよ。ただの人間じゃなくてとんでもない奴だったんだね、そなたは」
頭を上げて首を折り、ルーンさんを見やるグリンさん。ふわふわの銀髪もボサボサで地面の砂などで汚れている。
「ルーン、そなたは良いね、守ってくれる仲間が居て。羨望咨嗟。羨ましいなぁ。ハァ……。余にはそんな仲間なんて居ない。一人ぼっちさ」
背後にまだ数十人も操っている亜人界の皆が居るにもかかわらず、グリンさんはそう言って漆黒の剣を投げた。
____ルーンさんめがけて。
「ルーンさん!」
咄嗟に叫ぶ私。
ルーンさんはハッと息を呑んで身構えた。でも肝心の剣は風馬くんが持っているため、ルーンさん自身が自衛することは出来ない。
そう思った時だった。
「【魔術文字守護】!」
風馬くんが詠唱して黄金の剣を構えると、アルファベットの『N』の文字が描かれた大きな盾が出現した。
ルーンさんめがけて投げられたグリンさんの剣は、あっさりとそれに弾かれる。
「す、すまない、フウマ。感謝する」
「いえ、今は僕が奪っちゃってましたから……。お返しします」
頭を下げたルーンさんに首を振り、風馬くんは純白の剣を差し出す。でも、ルーンさんは少し驚いて言った。
「何を言う。そなたが技を使えなくなるではないか」
「でも、今みたいにルーンさんを危険に曝すわけにはいきません」
「フウマ……。そなたの優しさは嬉しい。だが、今はフウマが持っていてくれ」
「でも____」
風馬くんがさらに言いかけた時だった。
「ハァ……。何で皆してこんな奴を助けようとするんだよ。子供の時も今も、頑張って努力を重ねてるのはルーンじゃない。余の方だ。それなのに……」
グリンさんが起き上がりつつ歯ぎしりした瞬間、フェルミナさんが立ち上がった。
「グリン様、ルーンの侮辱も大概にしてください……!」
フェルミナさんは怒りで表情を歪め、黒い銃を両手に持ってグリンさんに立ち向かっていく。
「フェルミナ!」
ルーンさんが制止の声をあげた時には、私達のそばにフェルミナさんの姿はなかった。
「ルーンに天兵長は務まらない? それが真実なら、天界はとっくに崩壊しています! 天界が一丸となって発展してきたのは、ルーンの力があってこそです! あなたに、ルーンを侮辱する権限はありません!」
薄紫の長髪を振り乱し、フェルミナさんは素早く発砲する。
グリンさんは放たれた弾丸をハンマーで打ち砕きながら、唾を飛ばすほどの勢いで叫んだ。
「黙れ! 天兵長の第一部下の分際で……!」
振り下ろされたハンマーを、反対側の拳銃を持っていない方の腕で受け止め、フェルミナさんは声をあげる。
「第一部下だからです! 私はルーンの努力を一番傍で見てきました! だからハッキリと断言できます! グリン様が……あなたがルーンを侮辱して良いはずがない!」
「黙れ黙れ黙れ‼︎ 【悪魔囁】!」
グリンさんは詠唱し、風馬くんの足元に転がった漆黒の剣を自分の方に引き寄せた。同時に、空中で掌を広げて丸太のようなハンマーを出現させる。
左手に漆黒の剣、右手に丸太のようなハンマーを持ったグリンさんは、怒りの感情をそのままぶつけるようにフェルミナさんを攻撃していった。
「余の屈辱も知らないくせに、勝手にルーンを擁護して持ち上げるな! 余のおかげでルーンは強くなったのに! それをルーンだけの努力の結果に結びつけるなんて言語道断だ!」
鎧を纏っていない箇所の露出した肌____頬を、腕を、足を切られてそこから血が吹き出ても、フェルミナさんは決して倒れない。震える身体を何とか踏ん張って、グリンさんに攻撃を与えていく。
「あなたこそ、ルーンの努力も知らないくせに、勝手にルーンを侮辱しないでください! 確かに幼少期にあなたがルーンを指導したから、ルーンの強さの礎が築かれたのかもしれない! でも、ルーンはそこからもっと高みを目指して努力し続けたんです! それなのにさも『自分だけのおかげ』だと言い張るなんて、それこそ言語道断です!」
言葉が途切れ途切れになりながらも、痛みに耐えて声を震わせながらも、フェルミナさんはグリンさんをまっすぐ見据えて強い口調で言った。
「幼なじみとして、第一部下として、私達を支えてくれているルーンのために……私は最大限の力を尽くします!!」
「フウマ、それを我にくれ」
ポツリと、ルーンさんが風馬くんに手を差し出した。
「は、はい! ごめんなさい!」
風馬くんは、やっぱり自分がルーンさんの剣を勝手に奪った状態になってしまったことを申し訳なく思ったのか、急いで剣を手渡して謝罪する。
「いや、謝る必要はない。そなたが神に選ばれた『神の子』だったのだな」
ルーンさんは小さく口角を上げると、剣の柄を両手で強く握って、フェルミナさんを再度攻撃しようとするグリンさんの方へ走っていった。
「我の部下に……フェルミナに手を出すな!!」
グリンさんとフェルミナさんの間に素早く割り込んで、グリンさんが振り上げたハンマーと剣を自分の剣で一度に受け止めるルーンさん。
フェルミナさんは自分を守ってくれたルーンさんを、ハッと驚いた表情で見つめた。
「ルーン……!」
「フェルミナ、我のために怒ってくれてありがとう。他の誰でもない、幼なじみのそなたに大切に思ってもらえて、我は本当に幸せ者だ。だが、欲を言えば……フェルミナ。そなたに頼みがある」
「えっ?」
ルーンさんは剣を引き上げてグリンさんの剣とハンマーを弾き、純白の剣を横に振り切ってグリンさんを後退させてから、フェルミナさんを振り返る。
「そなたの……フェルミナの気持ちを大切にしてほしい」
「私の、気持ち……?」
「ああ。我のため、我のため、と我のことを第一に考えてくれるのはとても嬉しいのだが、我はそれよりもフェルミナの気持ちを尊重してほしいのだ」
ルーンさんに言われて、フェルミナさんは慌てたように早口でまくし立てた。
「わ、私は十分に自分の気持ちを尊重してるわ! ルーンのために力を尽くしたいのだって、ちゃんとした私の気持ちよ!」
フェルミナさんの言葉を聞いたルーンさんは、少し驚いたように息を呑んでから、
「特にここ最近は、少しそなたが無理をしているように見えてしまってな……。フェルミナ、我のためにありがとう。でも無理だけはしないでくれ。そなたは我の幼なじみで特別な存在なのだから」
「ルーン……。分かったわ。大切で特別で、大好きな人に心配かけるわけにはいかないもの」
私からはフェルミナさんの背中しか見えず、分かるのは彼女を振り返っているルーンさんの表情だけ。それでもフェルミナさんが目に手をやった仕草で、彼女が涙を拭ったように見えた。
「ありがとう、フェルミナ」
ルーンさんは心の底から安心したように、口角を上げた。そしてフェルミナさんの手を握って彼女を引き上げ立たせると、再びグリンさんの方に向き直る。
「我とフェルミナ……二人で行くぞ!」
「ええ!」
ルーンさんは純白の剣を、フェルミナさんは黒い銃をそれぞれ構えて、少し離れた所に居るグリンさんに向かって迫っていった。




