第263話 夢のはなし
風馬視点(三人称)です!
「本当に良かったんでしょうか……」
テインの【魔法陣】によって、鬼衛隊のログハウスに逃がされた柊木風馬は、ポツリと呟いた。
「どうしたのだ? フウマ」
一緒に逃がされたブリス陛下が、振り返って尋ねてくれる。
「確かに俺には戦う力なんてないですけど、だからってこのまま何もしないで見てるだけなんて……」
風馬はドアの方を振り返り、拳を握りしめる。
すると、肩に優しく手が置かれた。ブリス陛下のものだった。
「悔しい気持ちは痛いほど分かる。だが、わたし達を逃がしてくれたテインの気持ちも踏みにじってはいけないよ」
「……それは分かってます」
勿論、ブリス陛下の言葉は正しい。
テインが何を思ってブリス陛下と風馬を逃がしてくれたのか。
それは、あの場に置いて最も狙われやすい危険性が高く、かつ戦える手段を持っていなかったり、テインがどうしても失いたくないと思っている人物が、今ここに居る二人だということだ。
その思いを鑑みれば、簡単にあの戦場に戻るとも言い難くなってしまう。
だが、風馬には少しだけ戦える可能性があった。
村瀬雪や吸血鬼達、氷結鬼達が戦場に赴こうとした時、咄嗟に声をかけたものの誤魔化してしまったこと。
今、この安全地帯でなら、そしてこの世界の王であるブリス陛下になら、話すことが出来るのではないか。
「あの、陛下。俺、夢を見たんです」
「……夢?」
訝しげに眉を寄せるブリス陛下に頷き、風馬は自分の見た夢について話すことにした。
それは、雪に一世一代のプロポーズをした後、もう一度眠りについた際に見た夢だった__。
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「ここは……」
夢の中で、上下左右も斜めも奥行きも分からない、そんな不思議な一面白色の空間に風馬は居た。
辺りをキョロキョロと見回してみるが、風馬以外に人の姿はない。
ただ、ずっと白の世界が続いているだけである。
風馬が不思議に思っていると、不意に頭の中で声が響いてきた。
「神からの愛を受けた子よ。今こそ太陽神を復活させ、天馬の力を得て世界を救え」
低い男の声だった。だが、何故か偉大さを感じるような声である。
「えっ……神からの愛? どういうことだ?」
頭に直接響いてくるため、その声が発せられる度に風馬を激しい頭痛が襲う。
頭を押さえ、その痛みに耐えながらも風馬はその声をじっと聞いた。
『世界を救え』と、その声が言ったからだ。
「神からの愛を受けた子よ。今こそ太陽神を復活させ、天馬の力を得て世界を救え」
なおもその声は、風馬の頭に語りかけてくる。
風馬にも、世界を救う力があるのだろうか。
そんな淡い期待を抱いてしまうほどに、その声は何故か風馬の頭に、心に、強く強く残ったのだった。
そして、風馬がこの声の言葉に確信を持ったのは、もう少し後のことになる。
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「なるほど。そんな夢を見たのか……」
風馬から夢の話を聞いたブリス陛下は、顎に手をやって感慨深そうに何度も頷いた。
「それで、レオや皆が話してるのを聞いて思ったんです。あの声は、天馬の伝説のことを言ってたんじゃないかって」
「天馬……。まさか『世界が混乱と崩壊の危機に直面した時、世界を中立に保つ天馬が現れる』という言い伝えのことか?」
ブリス陛下もレオと同じ内容を口にする。
「は、はい! それです! レオが呟いてて、それでイアンさんがその天馬の力を借りれば村瀬を治せるかもしれないって言ってたんです」
結局、いつの間にか雪は目覚め、ブリス陛下によって氷結鬼と人間の中間のような存在となった。
そのため、直接的に天馬の力を借りて雪を治すことはなかった。
だが、天馬の力を探す必要がある、とイアンやルーンは言っていた。
その力を使って世界を救うことが風馬に命じられたのなら、風馬の中にその力が眠っているということになる。
「その天馬の力が俺に宿ってるなら、俺もグリンと戦えるんじゃないですか?」
風馬が食い気味に尋ねると、ブリス陛下は前髪に手を差し込んで困ったように息を吐いた。
「全く……君もユキも似た者同士だな。すぐ無茶なことを言う」
「す、すみません……」
ブリス陛下を困らせてしまい、風馬は申し訳なくなって頭を下げる。
「いや、待て」
「え?」
ブリス陛下の言葉に、風馬は思わず顔を上げる。
ブリス陛下は眉を寄せたまま、風馬の両肩を掴んで尋ねてきた。
「フウマ、君は本当に人間か?」
「ど、どういうことですか? 俺は__」
風馬は人間である。そう言おうとしたが、言えなかった。
「どうした?」
急に言葉を止めた風馬を、不思議そうに見つめてくるブリス陛下。
風馬は、ずっと胸の中で引っ掛かっていたことをブリス陛下に打ち明けた。
「俺、ずっと小さい頃の記憶があやふやなんです。自分がどうやって生まれてきたのか、とか父母の顔や名前とか、今までどうやって生きてきたのか、とか全部全部……」
学校で雪や亜子から天馬の伝説の話を聞いた時も、その成り行きから名前の由来の話に発展した。
その際、風馬は自分の名前の由来を口にすることが出来なかったのだ。
度忘れしたわけでも、言いたくなかったわけでもない。
ただ、名前の由来が分からなくて、言えなかっただけなのだ。
「それって、俺が人間じゃないからじゃないですか?」
記憶が曖昧で名前の由来すら口にすることが出来なかったのも、幼い自分について何もかも思い出せないのも、風馬が人間ではないとすれば、何らおかしいことはない。
むしろ、当然のことである。
「……試してみるのも悪くないかもしれないな」
「えっ、何を、ですか?」
「その伝説には続きがある。『世界が混乱と崩壊の危機に直面した時、世界を中立に保つ天馬が現れる。天馬は神が遣わした天からの使いであり、同時に神の子とも呼ばれる。神の子が太陽神に触れた時、世界を救う扉が開かれる』とな」
「太陽神……。もしかして、ルーンさんが持っている剣のことですか?」
ルーンの技である【陽神刃】を思い出し、風馬は尋ねる。
「その可能性は十分にあるな」
ブリス陛下も頷いて、風馬をじっと見つめてきた。
「フウマ、君の夢に出てきた声の言葉が真実ならば、君がルーン・エンジェラの剣で戦えるかもしれないぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「だが、君がその剣に触れた時、何が起こるか分からない。それだけは覚悟しておきなさい」
ブリス陛下の真剣な表情を見て、風馬は拳を握りしめて頷く。
「夢で不思議な声に言われた時から、覚悟はできてます。雪だって皆だって戦ってるんだ。俺も自分に出来ることをします。たとえ、それが可能性の範囲だったとしても」
「よし、フウマ、君が天馬の力を解放させてグリン・エンジェラをダウンさせたら、わたしが【漆黒弾丸】でブラックホールのような異空間を作って、そこにグリン・エンジェラとイアンを送り込む。だからどうか、天馬の力を解放させてほしい」
「はい! 分かりました! ブリス陛下!」
風馬は快諾し、ブリス陛下と共に鬼衛隊のログハウスを飛び出した。




