第260話 賭け
目の前が明るくなって、ぼんやりとしていた輪郭も鮮明になってくる。
そこに色とりどりの色が加えられていって……。
「ユキ!」
赤い瞳を潤ませながら、私を覗き込んでいる白い長髪の少女。
「ユキ様……!」
緑色の瞳から涙を流している、花冠をつけた黄色い長髪の女性。
「村瀬! 良かった……」
心の底から安心したような表情の、黒髪の少年。
グレース、ミリアさん、風馬くんの顔が目に飛び込んできた。
「ここがどこか分かりますか? ユキ」
透き通るような声に呼ばれて右を向くと、黒い角を生やした白い長髪の女性が、私を覗き込んでいた。
氷結鬼の村の女王・ルミレーヌ様の問いに、私はコクリと頷く。そして、
「あの……ルミは……?」
本当に、もう居ないのかな。
私__村瀬雪とルミが両方存在していた、あの不思議な空間は『もう二度と形成されない』って、ルミは言ってたけど……。
「ルミ? 何で? ルミに会ったの?」
グレースが小首を傾げて尋ねてくる。
それに頷いて、私は今までのことを説明した。
「真っ暗な中を沈んでいってたんだけど、ルミが引き上げてくれたの」
それで昇っていって、眩しい光で目を開けたら、いつの間にか目の前に皆が居た……。
「そっか……。ルミ、本当に助けてくれたんだ……」
少し寂しそうな表情をして、口角を上げるグレース。
どういうことだろう……。『本当に助けてくれたんだ』って。
「ねぇ、それって__」
「村瀬!」
「ふ、風馬くん……?」
私がグレースに聞くよりも早く、風馬くんが私に抱き付いてきた。
驚いている私の首に手を回して私の髪を撫でながら、風馬くんは言う。
「本当に良かった。無事で。生きててくれて……ありがとな」
「ちょ、ちょっと、フウマ! 抜け駆け禁止! わたしだってユキのこと好きなんだからね!」
勿論、風馬くんの抱擁に驚いたのは他でもない私だ。
でも、慌てた様子でグレースが風馬くんを引き離そうとしてるのは何でだろう。
「グレース……。ありがとう、私も、グレースのことも風馬くんのことも皆のことも大好きだよ」
私が言うと、グレースも風馬くんも顔を輝かせる。
特にグレースは、『わたしの願いが届いて良かった』と胸を撫で下ろしている。
『ルミが本当に助けてくれたんだ』っていうのは、グレースがルミに祈ってくれてたってことなのかな。
皆……。そうだ! イアンさんは!?
「あ、あの、イアンさんって今どこに?」
「ああ、イアンさんならグリンと戦いに行ったよ」
「他の……皆も?」
私がさらに質問すると、風馬くんは頷いて教えてくれた。
「後藤とか、ここに居ない人達は全員。ハイト達は分からないけど、王宮組はサレムさんとスピリア以外、王宮に戻ったはずだよ」
「そ、そっか……。行か、なきゃ……!」
グリンさんに刺された脇腹が痛み、思うように起き上がれない。
見ると、包帯が巻かれているにも拘わらず、まだ出血があって白い包帯が赤く滲んでいた。
「えっ!? 村瀬!」
「駄目だよ、ユキ! 安静にしてないと!」
起き上がろうとした私を、風馬くんとグレースが止めてくる。
「で、でも、イアンさんが心配で……」
「そんなこと言ったって、傷も治ってないんだぞ!? それに、イアンさんの所に行ってどうするんだよ。村瀬、また死にそうになるつもりか!?」
「だ、だって……」
確かに風馬くんの言う通りだ。
イアンさん達の所に行っても、私に出来ることと言えば、さっきみたいに皆を庇うことくらい。
そんなことをしたら、また皆に迷惑をかけてしまう。
「今は他の皆が戦ってくれてるから__」
「お、おい! どうなってるんだ!」
風馬くんの言葉を遮って魔法陣から現れたのは、ブリス陛下と秘書のテインさんだった。
「陛下……!」
突然ログハウスの中に現れた二人に、私達全員は心臓か飛び出るかと思うほど驚いてしまう。
そんな中で、まるで私達を代表するように、ミリアさんが驚きの声をあげた。
そのミリアさんの先輩にあたるナース・ヴァンパイアのテインさんは、私達を見回して慌てたように言った。
「イアン様が闇の能力に飲まれそうになっているのでございます!」
「イアンさんが!?」
「作戦は失敗だったということですか!?」
テインさんの言葉に驚く風馬くんとミリアさん。
「イアンさ__ぐっ!!」
私はベッドから降りて外に飛び出そうとしたけど、ドアの前で傷が痛んで、その場に膝をついてしまう。
「村瀬!」
慌てて私を支えてくれる風馬くんに甘えながら、私はブリス陛下を見上げた。
「ブリス陛下……どうやったら闇の能力を抑え込めるんですか?」
「どうやったら、と言われてもな……。能力は本来暴走させるものではないからな……」
ブリス陛下でも、能力を抑え込む方法をご存じないんだ……。
私は玄関の所から這っていき、困惑している様子のブリス陛下の服の裾を掴んだ。
「ブリス陛下! 私を、氷結鬼に戻してください!」
「なっ!?」
「何を仰るのでございますか、ユキ様!! 戻るなど__」
私の言葉に、驚くブリス陛下とテインさん。
「氷結鬼を人間に変えられたんだったら、人間を氷結鬼に戻すことも出来ますよね! あの時、私から奪った能力を私に戻してくれれば__」
能力を抑え込むのが無理でも、私が氷結鬼に戻れば何か可能性が生まれるかもしれない。
「だ、だが、前代未聞だ。確かに、わたしが人間界に君を降ろしてしまったことが間違っていたのかもしれん。しかし、氷結鬼に戻るとは言ってもな……成功するかどうか……」
「イアンさんだって、前代未聞の作戦の中で頑張ってるんですよね!? だったら、私も耐えます! どんなに苦しくても乗り越えます! だからお願いします! ブリス陛下!」
膝を折ってしゃがみ、私と同じ目線になってくれたブリス陛下は、私の両肩を優しく掴む。
「仮に氷結鬼に戻ることが出来たとしても、もう一度人間になれるかどうか分からないぞ? それに、氷結鬼の能力で闇の能力を抑え込めるか、と言われると自信がない」
ブリス陛下の自信を力強く肯定したのは、勢いよく立ち上がったグレースだった。
「いけるよ! だってわたし、氷下心結にもわたしにも変われるもん! それに、わたしはイアンよりも強いから!」
そう言ってクルクルと回転しながら、『氷下心結』になったり『グレース』に戻ったりと変化するグレース。
私は覚えてないけど、グレースってイアンさんよりも強かったんだ!
じゃあ同じ要領でやれば、私もイアンさんを飲み込もうとしてる闇の能力を消せるかもしれない。
「ブリス陛下、お願いします!」
私が言うと、ブリス陛下はもう一度念を押すように私を見つめて、
「これは賭けだ。もしかしたらもう二度と、村瀬雪に戻れなくなるかもしれない。それでもやるのか?」
「はい! やります!」
ブリス陛下は暫く私を見つめたままで居たけど、やがて息を吐いてテインさんを見上げた。
「テイン、持ってきてくれるか?」
「承知致しました、陛下」
一礼したテインさんは魔法陣を展開させてログハウスから姿を消し、数秒後に戻ってきた。
キラキラと輝く白い球体が入った瓶を持って。
「陛下、ここにございます」
テインさんはその瓶を持ったまま床に片膝をつき、頭を下げてブリス陛下にそれを差し出した。
「ああ、ありがとう」
ブリス陛下は、瓶の中の白い球体を取り出して両手で持ち、改めて私をまっすぐに見据えた。
「では、行くぞ」
今、ブリス陛下が持っておられるのが、おそらく氷結鬼ルミの能力。
一か八かの賭け……勝つか負けるか分からない賭け……。
ブリス陛下の言葉に、私は力強く頷いたのだった。




