第259話 雪とルミ
雪視点です!
あれ……私、死んだんじゃなかったの……?
ここはどこ? 暗くて何にも見えない……。
でも、沈んでる感覚がある……。私、このまま沈んでいっちゃうのかな……。
これが死ぬってことか。そういえば前にもこんな風に思ったことがあったっけ。
あの時はブリス陛下とテインさんが助けに来てくれたから、何とか一命をとりとめたって感じだったけど……。
「沈んじゃ駄目だよ、ユキ」
透き通るような声に名前を呼ばれ、私の手を誰かが掴んだ。
少し温かい手が、誰かが私を引き上げてくれている。
そうして目の前に現れたのは__。
「る、ルミ!?」
私は驚きを隠せなかった。
真っ暗で何も見えない闇の中に、淡い光に包まれた氷結鬼の少女が存在しているのだ。
氷結鬼ルミ__記憶を消される前の、姿を変えられる前の『私』だ。
でも氷結鬼の能力は前にレオくんとグレースが取り除いてくれたから、ルミが私の前に現れた理由が分からない。
「うん、ルミだよ。誰かに呼ばれた気がしてね」
「ねぇ、ここってどこなの? ルミが居るってことは、天国みたいな場所?」
私が尋ねると、ルミは顎に人差し指を当てて首をかしげる。
「うーん、わたしにも分からないわ。でもわたしとユキが同時に存在できてるから、もう二度と形成されないだろうけど」
「そ、そっか……」
そうだよね。同一人物が存在する世界線なんて、クローンでも作らない限りはあり得ない。
尤も、クローン製造は禁止されているから、実質的には同一人物が存在する世界線は実現去れない、ということになるけど。
「もしくは、外部から何かしらの力が働いたから、かな。グレースかお母様が何かしてくれてるのかな」
「グレースとルミレーヌ様……。二人も来てくれてるんだ」
「本当のところは分からないけれどね。だからそれを確かめるためにも、早く起きなきゃいけないわよ、ユキ」
「お、起きる?」
ルミは、私の両手を握って腰辺りまで持ち上げてきた。
一瞬、ルミの言葉に引っ掛かりを覚えたけど、
「氷結鬼の手って、こんなに温かかったかな」
私はふと、ルミの両手を見下ろして呟いた。
確か、グレースが『氷結鬼の体温は人間よりもずっと低い』って言ってた気がする。
それなのに今のルミの手は私よりも温かい。変だ。
ルミは私をじっと見つめ、真剣な表情で言う。
「ユキ、このまま沈んだら駄目よ。あなた、本当に死んじゃうわ」
「えっ、私、まだ死んでないの!?」
驚く私に頷き、ルミは教えてくれる。
「皆があなたの命を繋いでくれてるの。だから厳密的な『死』とは違う状態よ」
「そ、そうなんだ……」
皆、私のために頑張ってくれてるんだ……!
意識は失ってるけど、完全に死んだ訳じゃない、と。
植物人間、みたいな感じなのかな、今の私って。
「だから、皆を助けてあげて、ユキ」
「どういうこと? ……もしかしてグリンさんが!?」
私はイアンさんを庇ってグリンさんに刺された。
それから割と早く意識を失ったから、その後のことは知らない。
もしかして私が刺された後にグリンさんが大暴れしてる、とか?
イアンさん達が危ないじゃん! 助けに行かなきゃ!
「で、でも、ここ真っ暗だし、右も左も分からないよ。どうやって皆の場所に戻ったら良いの? ていうか、戻れるの?」
ルミが私を助けてくれなかったら、私は今もこの闇の中を永遠に沈んでいっていただろう。
そんな得たいの知れない場所なのに、ここからどうやって皆のところに戻れば良いのか。そもそも戻るという行為が可能なのか。
私にはさっぱり分からなかった。
それでもルミは、笑顔で言う。
「大丈夫。ここから昇っていけば良いのよ」
上を見上げたルミに倣って、私も首をもたげてみる。
でも見上げた先にも闇が広がっていて、首の感覚がなければ『自分が上を見上げている』ということすら曖昧になってしまいそうだ。
そ、そんなことはともかく、早く皆のところに戻らないといけないよね!
私は全身に力を込めて、ぐっと上へ行こうとする。
「私、力が思うように入らないんだけど……! どうやってっ……!」
でも、私の体はなかなか上に行かなかった。
そもそも上に行こうとしても、思うように力が入らないのだ。
結局、同じ位置で無意味な伸びをしていることになる。
「わたしが引き上げるから、その勢いで一気に昇って。必ず皆のところに戻れるはずよ」
ルミは笑顔を浮かべたまま、私を励ましてくれた。
「わ、分かった。ありがとう!」
私がルミの手を握る力を強くすると、それと同時にルミが顔を強ばらせた。
「ど、どうしたの? ルミ」
もしかして、ルミでも私をこれ以上は引き上げられないとか?
でも、ルミが顔を強ばらせた理由は、私が思い付いた理由とは全く違ったものだった。
「皆が大変。ユキ、急いで」
「た、大変って……!」
嫌な予感がする。
どうしよう……!
吸血鬼三人組みたいに、イアンさんや鬼衛隊の皆、ルーンさん達天使の魂まで破壊されそうになっていたら。
そんなの……イアンさん達とお別れなんて、絶対に嫌だ!
「分かった。私、頑張って昇るよ、ルミ!」
「うん、頑張って」
ルミと息を合わせて力を込め、私はゆっくりと上昇していく。
「これなら行けるわ、ユキ。最後、もう一回力を込めて」
「分かった!」
ルミの言葉を合図に、私は全身に力を込める。
ルミも最後の力を振り絞るように、私を引っ張り上げてくれた。
途端に、私の体は自分でも分かるほどに上昇していった。
まだ闇が広がる空間を、私は確かに昇っていく。
「ルミ、ありがとう! 私、行けるよ!」
「うん! 起きて、皆を助けてあげて!」
もうだいぶん下になったルミを見下ろし、私は彼女にお礼を述べる。
ルミも笑顔で私に手を振ってくれた。
「……グレースに、よろしくね」
切なげに目を細め、桃色の瞳にうっすらと涙を浮かべて__。




