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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第257話 君の願いは聞けない

 (まこと)が鬼衛隊のログハウスを飛び出していった時、グレースが顔を青くしてルミレーヌを見上げた。


「る、ルミレーヌ様! ユキの手が……温かくないです……!」


 (ゆき)の左手を握って炎魔法で温めていたグレースの手が、ブルブルと震えている。


 混乱と恐怖で体が震えて、慌てているのだろう。


 ルミレーヌも改めて雪の右手を握りしめるが、やがて青ざめて唇を震わせた。


「確かに……今まであった温もりが感じられない……! 何故……」


 二人の氷結鬼の言葉を聞いた風馬(ふうま)は椅子から立ち上がり、必死に雪の肩を掴んで揺さぶる。


「嘘だろ……! 村瀬(むらせ)! 村瀬!」


「フウマ様、落ち着いてください!」


「落ち着けるわけないでしょ! 村瀬が死んじゃうじゃないですか!」


 ミリアに注意されて、反射的に風馬は叫ぶ。


 人間よりも体温の低い氷結鬼が、雪の手から温もりを感じないと言うのだから、雪は間違いなく『死』への階段を上っている。


 こんな状況で、落ち着けるはずもなかった。


「とにかく今はユキを温めるしかありません。【(イグニス・)(フィアンマ)】」


「は、はい! ルミレーヌ様! 【火炎(フレイム・)放射(ラジエーション)】!」


 最初は戸惑い焦りを見せていたルミレーヌとグレースだったが、心を落ち着かせるように深呼吸をした後、再び自分達の炎魔法で雪の手に温もりを伝えていく。


「【回復(リカバー・)(フローラル)】!」


 ミリアも、雪の体を温かい光で包み込む。


「お願い、ルミ……。ユキを助けて……」


 グレースは、もう存在しないかつての親友へ祈りを口にして、


(ゆき)……! 頼む、戻ってきてくれ……!」


 風馬はベッドに横たわった雪の肩を掴んだまま、祈るように目を瞑ったのだった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 一方、誠は力の限り走って揺れの震源地に辿り着いた。


 時計台のふもとでは、想像通りグリン・エンジェラのハンマーによって引き起こされた揺れをもろに受け、吸血鬼や天使が割れた地面の中に倒れていた。


「イアン! ルーン! 大丈夫か!」


 誠は慌てて駆け寄り、近くに倒れていたイアンとルーンを揺り起こす。


 すると、イアンが傷だらけの顔を上げた。


「ま、マコトくん……じゃないか……」


 見れば、グリンとの戦闘に赴いたキル、レオ、亜子(あこ)、そして天使ルーン、フェルミナ、フォレス、ウォルも揺れの影響で地面に倒れ伏していた。


 いつの間にこの場に来ていたのか、鬼衛隊前隊長のウィスカーも同じ状態だ。


「やはりさっきの揺れが原因か……!」


 誠が唇を噛んでいると、イアンが誠の腕を掴んできた。


「ユキは……ユキは無事なのかい……?」


「あ、ああ! ルミレーヌとグレースが守ってくれた」


「そっか……良かった……!」


 イアンは安心したように口角を上げ、腕に力を入れて震えながらも身を起こす。


「出来ればマコトくんの気持ちもユキの気持ちも尊重しようと思って、真っ向勝負してみたんだけど……いつも通りの結果だったよ……」


「ふん! そんなにあの人間が心配なのか? 馬鹿みたいだね」


 イアン達が倒れている場所よりも奥で、銀髪の天使が丸太のようなハンマーを肩に担いでいた。


「何とでも言ってくれ。ユキを侮辱するのだけは絶対に許さないけどね」


 イアンの言葉に腹を立てたのか、グリンは眉間にシワを寄せてイアンを指差す。


「貴様達なんて、お互いに癒着し合ってる共依存の塊じゃないか。お互いの存在がないと生きていけないような弱虫なんだよ!」


 握った拳を何度も振り下ろし、グリンは当て場のない怒りをぶつけていく。


「余は今までずっと一人で、孤独に頑張ってきたんだ! その努力が一切報われなかった屈辱だって知らない、生ぬるい世界で現実逃避に浸ってるくせ____うっ! 何だよもう!」


 直後、グリンの背中を攻撃した者達が居た。


 時計台の奥____王宮方面からやってきたのは、青髪の吸血鬼と水色髪の吸血鬼だった。


「イアン様!」


「イアン! 皆! 大丈夫リ⁉︎」


 ビリビリと電気が走る左手をグリンの背中に向けた青髪のホーリー・ヴァンパイア____サレムと、金色に眩しく光る槍を向けた水色髪のホーリー・ヴァンパイア____スピリアは、イアン達の無事を案じながらこちらへ走ってきた。


「ああ、ありがとう、二人とも。ちょうど良かった」


 ホーリー・ヴァンパイアの兄妹が到着したのを合図に、使い手の三人____レオ、フォレス、ウォルも傷だらけの体に鞭を打って立ち上がる。


 三人の使い手と、彼らと同等の能力(ちから)を得た二人のホーリー・ヴァンパイアの集合。そしてイアンの『ちょうど良かった』という言葉……。


 嫌な予感がした誠は、ゆっくりと立ち上がったイアンに向かって叫ぶ。


「待て! イアン! まさか貴様……!」


「マコトくん、言ったよね。前に僕達吸血鬼が人間界を襲撃したから、二度と僕達への警戒は解かないって」


 イアンはボロボロの黒マントを風になびかせ、真正面を向いたまま誠に語りかけてくる。


 以前、グリン・エンジェラに対して不信感を募らせていた誠とイアンは、天界で雪がグリンに拳銃を向けられた直後に二人だけで話をしたことがある。


 その時は『雪がグリンに殺されそうになったこと』のみに驚き、怒りを露わにしていたイアン。


「最近は天使もVEOも、亜人界を奇襲しに来なくなってたから、僕、ちょっとだけ期待してたんだ。このまま行けば、また三つの世界は仲良くなれるんじゃないかって」


 だが、心の内ではそのようなことを思っていたのだ、と誠は今更ながら思い知る。


 イアンとて何も考えていない能無しではない。ヘラヘラと笑顔を浮かべる仮面の裏では、どれほど重いことを考えていたのだろうか。


 それを思うだけでも胸が詰まる。


 誠の言葉が、今のイアンの気持ちの引き金を引いたのなら、イアンが今我が身を捨てようとしているのは誠のせいだ。


「それもこれも、全部ユキのおかげだよ。あいつはユキのことを『秩序を壊した外来種だ』なんて言ったけど、全然そんなものじゃない。むしろ逆。ユキは僕達の希望だよ」


 胸の前で拳を握り、イアンは口角を上げて笑顔を作る。


「現実逃避って呼ばれるような行為だって良い。癒着でも共依存でも何でも良い。何とでも言えば良い。僕達とユキが巡り会えたことは、この上ない奇跡なんだよ」


 怒りを露わにして眉間にシワを寄せているグリンをまっすぐに見据え、


「実際、ユキのおかげで物事が全部良い方向に進んでいったじゃないか。天使達も人間達も亜人界への奇襲を止めてくれてる。ユキを守るために、僕達鬼衛隊だって何倍も強くなれた。王族や鬼衛隊じゃない一般の吸血鬼達が、本当は底知れない不安を抱えてたことも分かった。その問題も明るみになったから、これから解決していける」


 傷だらけの両腕を広げ、イアンは笑う。


「ほら、良いこと尽くしじゃないか」


 それから表情を引き締め、拳をギュッと握りしめる。


「何が外来種だ。要らない存在だ。……そんなわけないだろ!」


 声を荒げ、それでも泣きそうになるのを必死に堪えつつ、イアンは一人の少女を思い浮かべる。


「あんなに小さな体で、あんなに脆い心で、それでもユキは一生懸命悩んで考えて行動してくれたんだ。小さな体だったとしても、脆い心を持ってたとしても、ユキにはそれ以上の大きな勇気がある。自分のためじゃなくて誰かのためにって思える、大きな優しさがある」


「……そんなユキが、要らない存在なわけがないじゃないか!!」


 イアンの叫びに、グリンは怪訝そうに眉を寄せ、誠はハッとしたようにイアンを見る。


「僕達の出会いが仕組まれた物だったって良い。そんなの関係ない。……僕は、君と出会えて本当に良かったよ、ユキ」


 目を瞑り、ここには居ない少女に思いを馳せるイアン。


 彼の目尻から、一筋の涙が流れた。


「でも、だから、君の願いは聞けない」


 イアンは今、はっきりと宣言した。


 雪が彼に託した願い__『無謀な作戦に乗って自らを犠牲にしないでほしい』という言葉を、聞き入れることは出来ない、と。

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