第255話 同盟の理由
「くっ! またグリンか!」
『縦』の揺れに耐えながら、ルーンが歯を食いしばる。
同じようにその揺れに耐えつつも、イアンは背後の三人を振り返り、
「念のためだ。レオ、フォレス、ウォル、僕についてきてくれ!」
「ま、待て、イアン! 雪の言葉を聞いていなかったのか!」
慌てた誠が引き止めると、イアンは玄関のところで立ち止まる。
「勿論ユキの願いは忘れてないよ。でもこうしなきゃ、ユキどころかこの世界も守れない。そんなの、僕はもっと嫌だ」
決意を込めるように拳をギュッと握り、イアンは自らに言い聞かせるような言葉を発する。
「イアン……」
誠はそれでも止めたかった。無謀な作戦を遂行しても、こちら側にメリットはないのだ。
それでもイアンの揺るぎない決意を感じ取り、唇を引き結んで何も言わなかった。正確には、言えなかったというべきか。
「サレム! スピリア! さっきの揺れは感じたよね! 君達にも来てほしい!」
イアンはトランシーバーで王宮に連絡を入れると、使い手の三人とともに家を飛び出した。
「あっ! こら、おい! 貴様! ……はぁ、全く……。俺の監督責任だ。雪に合わせる顔が無いじゃないか……」
未だベッドで眠り続ける雪を見やり、誠はため息をつく。
「【焔炎】」
「【火炎放射】」
炎の使い手・レオが抜けたことで、雪の体温を維持するための炎魔法はルミレーヌとグレースの二人によって施された。
「【回復華】」
ミリアは引き続き、雪の傷を回復魔法で癒す役割、そして雪の体調維持の役割を担っている。
「私もグリンと戦うわ! ミリアはユキの回復をお願い!」
「分かりました! キル様! お気をつけて!」
キルの言葉にミリアが頷くと、亜子もキルを追いかけて言った。
「あたしも行く!」
互いに頷き合い、キルと亜子は家を飛び出していった。
「我も__」
「ルーンはまだ駄目よ。完全に回復できてないわ」
ルーンも加勢しようとしたが、フェルミナに止められてしまう。
「ルーン様にも回復魔法を施しますので、もう少しお待ちください」
不服そうなルーンに、ミリアは優しく微笑んだ。
こうして何人もがグリンとの戦闘に赴いたため、鬼衛隊のログハウスに残っているのは、鈴木誠、柊木風馬、ミリア、ルーン・エンジェラ、フェルミナ・エンジェラ、ルミレーヌ、グレース、そして意識を失った村瀬雪となった。
「仕方ない。俺達は万が一グリンが攻めてきた時に備えて、雪の護衛だ」
誠の言葉に、六人は力強く頷いてくれたのだった。
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一方、グリン・エンジェラとの戦闘に赴いたイアン達は時計台の所まで走っていき、ついに元凶となる人物をその目に捉えていた。
イアンの後ろから、キルと亜子も合流してくる。それを確認してから、イアンは銀髪の天使に鋭い視線をぶつけた。
「グリン・エンジェラ……!」
「やぁ、イアン。そなたを殺し損ねてたから、殺しに来たよ」
軽く手を振りながら、平然とイアンに殺人予告をしてくるグリン。
そんな態度だから、イアンは余計に腹が立った。
「よくもユキを……! お前のせいで、ユキはまだ目を覚ましていないんだぞ!」
イアンの言葉に、グリンは驚いたように目を丸くした。
「そんなの余に言われたって困るよ。余があの人間を殺そうとしたんじゃない。そなたを殺そうとした時に、勝手にあの人間が割り込んできたから、こんな結果になったんだ」
「でもお前がユキを刺したのは事実だ!」
「だからどうするって言うんだい? そなたが余を殺すのかい? 父上の時みたいに。へぇ、同じ過ちをまた繰り返すんだ」
顎に手をやって目を細め、意味ありげに笑うグリンに、イアンは歯を噛みしめることしか出来ない。
イアンがここでグリンを殺してしまえば、彼の言うようにイアンは同じ過ちを繰り返すことになる。
「……なんて言われたら何も出来ないよね。それとも過去の罪は無かったことにして、本気で余を殺すつもり?」
「ユキを刺したお前を、僕は絶対に許さない」
拳をギュッと握り、イアンはグリンを睨み付ける。
すると、グリンは腰に手を当てて眉をひそめた。
「理解出来ないなぁ。何でそなたはそんなにあの人間にこだわるんだい? ただの外来種じゃないか、あんな奴」
グリンの言葉に、イアンの中で何かが切れた。
「ユキを外来種呼ばわりするな!」
怒りを露にするイアンとは対照的に、グリンはさも当然とばかりに言う。
「だって本当のことじゃないか。均等に保たれていたこの世界の秩序も距離感も、全部あいつがめちゃくちゃにした」
「均等に保たれてたって言うなら、天界と人間界の同盟はどう説明する気なんだ。あれこそ秩序を乱してるじゃないか」
かつて、天界と人間界が亜人界を出し抜いて勝手に結んだ同盟。
それで吸血鬼達の怒りが爆発し、結果的に人間界を襲撃してしまった。
誠のようにイアン達が助けられた命もあれば、助けられなかった命もそれ以上にある。
そんな酷い争いを経ても、未だにその同盟は解消されていないのだ。
イアンの言葉に、グリンは呆れたように息を吐いた。
「今はそんな話を____」
「そのせいで、亜人界の皆はいつも怖い思いをしながら暮らさなきゃいけないんだ。いつ奇襲されるか、いつ殺されるか分からない恐怖に縛られて」
王宮に攻め込み、自分達の苦痛がどれほどのものかを訴えてくれた一般吸血鬼を想い、イアンは言う。
王宮に攻め込まれた時は焦ったものだが、今思えば苦痛を訴えてくれたことで問題が明るみになったため、牢獄に捕らえてはいるものの、彼らには感謝しているのだ。
そんなイアンの思いなど知るはずもないグリンは、細い指をクルクルと回して呆れたように指摘してくる。
「話が二転三転してるよ〜。そなたが今話したいのは____」
ここで逃すまいと、イアンはさらに語気を強くする。
「君が言う『三つの世界の秩序を乱した』ことに関して、ここでちゃんと結論を出しておきたいだけだ。君のお父様が同盟に関わっていたはずなんだ。何故、天界と人間界の同盟が結ばれたのか、教えてほしい」
「そんなの余の知ったことか。このまま三つの世界同士でやっていくより、余達の天界と同盟を組んだ方が得だって、人間界が考えたからじゃないの?」
「何でそんなあやふやな推測なんだよ。同盟を結んだのはお前の父親だろ」
レオが怒りをぶつけるが、グリンの態度は変わらない。
「知らないよ。余には何も言ってくれなかったもん」
グリンが不満げに唇を尖らせた時だった。
「……人間達が『吸血鬼』に対して抱いているイメージのせい、と先代は仰っていたぞ」
その声にイアンが振り返ると、そこには白髪の天使と薄紫髪の天使が立っていた。
「天兵長、フェルミナ」
天兵長ルーン・エンジェラの姿を目にしたグリンが、あからさまに敵対心をむき出しにする。
「ルーン……! 何でそなたが知ってるわけ? そなたと父上に血縁関係はないって話したよね」
小さい頃に両親を亡くしていたため、グリオネス・エンジェラが実の娘のように可愛がっていたルーン。
勿論、グリオネスとルーンの間に直接的な血縁関係はない。
そんな大事なことを、実の息子であるグリン以外の人物にグリオネスが話していたと言うのか。
かくして、イアンの予感は的中した。
ルーンは口を開くや否や、こう言ったのだった。
「先代が生前、我に話してくれていたのを思い出した。ただそれだけだ」




