第252話 誠の思い、イアンの思い
誠視点の三人称です!
鬼衛隊のログハウスに着いてからは、俊敏に雪の手当てが行われた。
主に手当てをするのは、治療魔法や回復魔法を施せるナース・ヴァンパイア__ミリアとテインである。
ルミレーヌが凍らせた傷口を丁寧に包帯で巻き、外の空気に触れないようにしてからは、回復魔法をずっと施していくばかりだ。
「ユキ……」
イアンはベッドに寝かされた雪を見下ろして声を漏らした後、ミリアとテインに礼を述べていた。
「ありがとう、ミリア、テイン」
「いえ、お構いなく。イアン様」
「私に出来るのは、これくらいですから」
テイン、ミリアが受け答えするのを聞きながら、鈴木誠は亜子と風馬に視線を移した。
「お前達はどうする。一旦人間界に戻るか?」
雪の治療が一段落した頃には、外は真っ暗になっていた。
人間界でも同じように夜がやってきているだろう。
本来、あまり人間が亜人界に居続けるのは良くない、というのが誠の考え方だった。
それは、雪と最初に出会った頃から全く変わっていない。
「あたしは……ここに残りたいです」
「俺も」
だが、亜子も風馬も亜人界に残ることを選んだ。
「そうか、分かった。すみません、後藤さん。あ、いや、この呼び方が正しいのか分かりませんが……」
二人の回答を確認してから、誠は亜雄と亜美に声をかけた。
彼らの呼び方に困っていると、亜美がふんわりと笑った。
「大丈夫ですよ、紛らわしいですから、人間の皆さんには人間用の名前で呼んでもらっています」
「そ、そうですか。改めて、後藤さんには一度人間界に戻って、俺の弟の藤本剛に伝えておいてくれませんか。俺が数日、人間界を留守にする、と」
雪や皆の前で自分と剛が兄弟であることをカミングアウトしてからは、誠は剛と同居している。
戸籍の登録が面倒であるため、今も名字は変更していないが。
剛は最初少し嫌そうにしていたが、同居している方が何かと便利だと誠が考えてのことだった。
「分かりました」
「ごめんなさい、手間をかけさせてしまって」
誠が亜美と亜雄に頭を下げると、亜美の方が優しく言ってくれた。
「いえいえ、亜子が戻るにしろ戻らないにしろ、一度私達は体育館の様子を見に行くつもりでしたから」
「それから……出来れば村瀬さんにお声がけをお願いしたいのですが」
何度も頼みごとをしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、誠は遠慮がちに頼んでみた。
「雪ちゃんのお爺様、ですね。この状況のことは伏せてお声がけしておきます」
すると、今度は亜雄が親指を立てて快諾してくれた。
「ありがとうございます。恩に着ります」
「お安い御用ですよ。俺達も雪ちゃんには、色々と亜子のことでお世話になってますから」
亜雄は誠に向かってニカッと笑ってから、娘の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「じゃあな、亜子。ひとまず俺達は戻る。お前はくれぐれも迷惑かけるんじゃねぇぞ」
「良い子でね、亜子」
両親に声をかけられ、亜子は恥ずかしそうに顔を背ける。
「わ、分かってるわよ、もう子供じゃないんだから」
そんな娘を微笑ましそうに見つめてから、亜雄と亜美は魔法陣で人間界に戻っていった。
と、誠の前を暗い表情のイアンが通り過ぎていった。
「どこに行く気だ、イアン」
「マコトくんなら言わなくても分かってくれると思うけどなぁ」
イアンがそう言うと、暗い夜空から二人の天使が舞い降りてきた。フォレスとウォル____どちらも使い手である。
「もう夜だぞ」
「奇襲にはぴったりじゃないか」
「ふざけるな。雪の言葉、お前は聞いてなかったのか」
思わずイアンの胸ぐらを掴み、誠はさらに続ける。
「あの子はお前に『強くなるな』と言ったんだぞ。意味が分からないのか、この馬鹿」
それでもイアンは黙ったままだ。
「作戦のことは道中で聞いた。俺も反対させてもらう」
「じゃあグリンは誰が倒すんだい?」
「あんな無謀なやり方をせずとも、何か手立てはあるはずだ」
「手立てを考える時間なんてもうないんだよ」
「なら、雪の願いを踏みにじってもお前は何とも思わないんだな」
「……願い?」
イアンが、初めて誠の目を見た。虚ろで輝きのない瞳だった。
「『作戦は駄目』、『強くなるな』。雪はちゃんとお前に願いを託していたぞ」
イアンはハッと目を見張ったが、すぐに力なく俯く。
「で、でも……グリンに会わないと、ユキの出血が止まらない理由がいつまで経っても分からないままじゃないか。ずっとユキを苦しめ続けるなんて、僕は嫌だ」
「しっかりしろ。俺も皆も、本当なら今すぐにでもグリンの所に行きたい。でもな、今のグリンが素直にユキに何をしたかを白状すると思うか? 集団で攻めたところで、あのハンマーで叩きのめされて終わりだ。そんな負け方を繰り返して何になる」
誠の言葉に、イアンは唇を引き結んだ。
「頭を冷やせ。焦って突っ込んでボロボロになる貴様の姿など、雪は見たくないはずだ」
イアンはそこで息を吐くと、家の前で立っている双子天使に呼びかけた。
「天兵長もフェルミナも居るから、君達も一緒にここで泊まると良いよ。入っておいで」
「お、おー、サンキューな」
「ありがとうございます。お邪魔します」
イアンの言葉に頷き、フォレスとウォルは家に入ってきた。
フォレスとウォルはルーンとフェルミナの元へ、イアンはまた雪が眠っているベッドの側の椅子に腰をかけた。
その様子を見守っていると、ルミレーヌが誠に近付いてきた。
「マコトさん……と仰いましたか?」
「ルミレーヌさん。……雪みたいに、俺のことも呼び捨てで良いですよ。あなたよりは年下ですから」
誠はルミレーヌが自分に話しかけてきたことに驚きつつも、そう言った。
もっとも、人間と氷結鬼の年齢は同じ物差しで測れるものではないが、少なくとも誠はルミレーヌよりも年下である。
「ありがとうございます。ではマコト、あなたはもうお分かりかと思いますが、念のために忠告しておきます」
ルミレーヌは柔らかく微笑んでから、表情を引き締めて真剣な顔つきになる。
「私達氷結鬼の体温は、人間や吸血鬼、亜人と比べてとてもとても低いです」
そう言うと、ルミレーヌはひんやりとした手で誠の手を握ってきた。
「私は今熱さを感じています。人間の体温でも、私達氷結鬼にとっては熱いほどなのです」
それから手を離し、改めて誠を見つめるルミレーヌ。
「ユキの手を握って、私やグレースがちょうど良い、万が一冷たいと感じてしまったら、その時は……」
ルミレーヌはそこで言葉を切った。
その先を言われなくても、誠にはルミレーヌが何を言いたいか分かった。
またルミレーヌ自身も、誠にその先を言わずとも分かってほしかったのだろう。
ベッドに寝かされた雪を見やると、炎魔法を扱えるレオとグレースが、それぞれ雪の手を握っていた。
少しでも体温が低下するのを遅らせようとしているのだ、と誠にはすぐに分かった。
「分かりました」
誠が頷くと、ルミレーヌは安心したように頬を緩めた。
「本来なら一番ユキを心配しているイアンに言うべきだと思ったのですが、彼は今すごく自分を責めていると思います。こんな忠告をしてしまえば、混乱してグリンの所に飛び込みかねないので、マコトにお伝えしました」
「はい、俺もそう思います。お気遣いありがとうございます」
雪の左手を握るグレースの瞳から、一筋の涙が雪の頬に零れ落ちたのを見ながら、誠はルミレーヌに向かって深くお辞儀をした。




