第251話 グリンと二人の氷結鬼
グリン視点の三人称です!
急いだように去っていく吸血鬼や人間を見ながら、グリンはふと焦点を二人の氷結鬼に当てた。
背後に居たはずのキラー・ヴァンパイア三人も、イアンの背後に居たウィスカーもいつの間にか姿を消しているし、肝心のイアンには逃げられてしまった。
せっかく立てた計画が台無しである。天界、亜人界、人間界……この三つの世界の秩序を見出した『外来種』を殲滅出来ただけ、まだマシだと思いたいが。
計画の進行を邪魔された怒りを何とか抑えながら、グリンはルミレーヌへ笑顔を向ける。
「ああ、誰かと思えばルミレーヌ様じゃないか。久しぶりですね、氷結の女王様」
なるべく敬意を表していることを分かりやすくしながら、深々とお辞儀をする。
しかし、グリンを見つめるルミレーヌの視線は、以前とは全く違う冷たいものだった。
「挨拶は結構です。グリン、どうしてユキを傷付けたのですか?」
くだらない質問だ、と思いつつも、グリンは平静を装って両手を広げる。
「どうしても何も。余はイアンを殺そうとしたんだ。なのにあの人間が間に入ってきたから」
「要するに、間違って刺してしまった、と」
ルミレーヌの言葉に、グリンは肯定の意を示すべく微笑んだ。だが、そこに横槍が入る。
「嘘! そんなわけない! だってユキの怪我、酷かったもん! 間違って刺したくらいであんな風にはならないわよ!」
高い声で喚いているのは、ルミレーヌの隣に居る少女だ。グリンとは初対面のはずだが、やけに偉そうな態度で叫んでくる。
しかも的確に痛いところを突いてくる。実に厄介だな、とグリンは息を吐いた。
「……私も同感です」
少女____確か『グレース』とイアンが呼んでいたか____をチラリと見てから、ルミレーヌが静かに言う。
その瞳は、やはり鋭くグリンを睨みつけていた。
「チェッ、はいはいそうですよ。間違って刺しちゃった後も奥まで突き刺しましたよ」
ここで変にしらばっくれても意味がないだろう。だからグリンは正直に認めた。
すると、またも雪と同じくらいの小柄な少女が喚いてくる。
「何で‼︎」
少女の怒号に、グリンは眉をひそめた。
「は? あの人間が要らない存在だからに決まってるでしょ。あいつは不要な存在、外来種!」
外来種____村瀬雪が亜人界に入り浸るようになる前は、天界、亜人界、人間界の三つの距離は適度に保たれていた。
互いに共依存せず、それぞれの世界で決まった方針を貫く。
それが当たり前だったのに、人間界の提案によって同盟が結ばれた。
その関係で、亜人界に入り浸る雪を攻撃してしまうと面目ないため、天界は亜人界の吸血鬼領に積極的に踏み込めなくなってしまった。
互いに憎み合っている世界が戦争を引き起こし、勝ち負けを判定してどちらが格上かを示す。
グリンはそれで良いと思っていた。それでこそ秩序が綺麗に保たれているのだ、と。
それなのに、あの『外来種』が吸血鬼達と過剰に接触を始めたせいで、三つの世界の秩序がいとも簡単に崩れた。
グリンにとって間違いなく、あの人間は『要らない存在』であり『外来種』なのだ。
「何言ってるの……? そんなわけない!」
しかし、どういうわけかグレースは頑なに反論してくる。
それも元を辿れば仕方のない、当然のことである。
雪は元々氷結鬼・ルミであり、幼い頃にこのグレースを庇ったことで亜人界の国王・ブリスの怒りを買った。
挙げ句の果てには魔法も能力もない人間に姿を変えられ、氷結鬼としての記憶を消されたまま人間界へ堕とされた。
つまり、幼い頃から雪____ルミとグレースは友達だったというわけだ。この少女が雪を庇うのは、その名残でもあるのだろう。
勝手にそう推測したものの、そんなグレースに嫌気が差し、グリンはまた深いため息をついた。
「そんなわけあるから言ってるんだけど。もう良い? 余はそろそろ帰りたいんだよね」
「何よその態度____」
懲りずに出しゃばってくるグレースを手で制したのは、ルミレーヌだった。
一瞬、グリンは自分の味方をしてくれたのかと思ったが、彼女が発した言葉はそうでない現実を厳しくグリンに突きつけてきた。
「グリン、それはあまりにも無責任だと思いますよ」
まるでグリンを悪者のようにあしらってくる氷結鬼二人。
グリンは自分の銀髪をくしゃくしゃと掻きむしって叫んだ。
「ああー! もう知らないよ! そんなに争いたいんだったら駒達が相手だよ! ほら!」
パチンと指を鳴らせば、自分の背後に控えていたたくさんの吸血鬼、亜人、氷結鬼らが雄叫びをあげながら、たった二人の氷結鬼へ迫っていく。
今まで棒立ちにさせていた分、たっぷり暴れさせてやるのだ。
「えっ! ちょ、ちょっと! わたし達に戦えって言うの? 嫌よ! 皆仲間なのに!」
分かりやすく慌てふためくグレースの横で、ルミレーヌが白い息を吐く。
「仕方ありませんね。あまり好ましい手段ではありませんが……。【雹氷】! 【吹雪】!」
「なっ!」
グリンは自分の目を疑った。あの氷結の女王が二種類の技を繰り出しただけで、無数の駒達が一瞬にして凍り付き、その姿を消したのだ。
「すごい! さすがルミレーヌ様!」
呆気に取られたグリンとは正反対に、拍手をして飛び上がりながら喜ぶグレース。
「皆を元の場所に戻しました。これ以上の悪事は謹んでください」
「く、くそっ……!」
このままではグリンまで凍ってしまうかもしれない。まだ計画は序の口なのに、ここでみすみすやられるわけにはいかないのだ。
グリンは黒みがかった羽をはためかせ、二人の前から姿を消した。
「あ、ちょっと! もう! 何で逃げるのよ!」
「文句はよしなさい、グレース。ひとまずユキの手当てを」
「は、はい!」
何とか言いつつ、鬼衛隊の家へ走っていく氷結鬼二人の声を聞きながら。
怒りや悔しさや憤りのあまり、グリンの頭はどうにかなってしまいそうだった。




