第245話 誠に託された、たった一人の大事な孫
誠視点の三人称です!
グリン・エンジェラを始めとする亜人界の者達の大群が去っていった人間界____村瀬雪が通う高校では、未だに多くの地元住民が体育館に集まっていた。
『吸血鬼抹消組織』通称・VEOも駆け付け、高校の教師陣と話し合った結果、もしも地元住民達を返した後にまたグリン・エンジェラ率いる亜人界の者達が襲ってきては救助のしようがないため、このまま一か所に集まり続けてもらう、という結論に至ったのだ。
VEOの隊長・鈴木誠は、地元住民におにぎり、パン、飲み物などの支援物資を手渡したり、体調不良者が出ていないか聞いて回ったりと忙しく働いていた。
彼の弟・藤本剛にも____彼はまだVEOの卵ではあるものの____今は支援する側に回ってもらっている。
そんな中で、誠は見知った顔を発見した。
周りの老人と笑顔で会話をしつつも、時折不安げに体育館の外を見やる老人____雪の祖父・村瀬廣司である。
「村瀬さん」
誠が声をかけると、廣司は不安げな顔を輝かせた。
「おお、鈴木さんじゃないですか」
それから廣司は今まで楽しく会話をしていた他の老人達を横目で見やって、
「鈴木さん、お手洗いの場所まで案内してもらえますか?」
「は、はい、こちらです」
誠と廣司は、揃って体育館を出て行く。
と、体育館の扉を閉めたところで、廣司が体育館の裏の雑木林のような場所へ方向転換を始めた。
「え、えっと、村瀬さん。お手洗いは____」
「すみません、実は嘘です。鈴木さんに言いたいことがあって」
廣司の言葉に、誠は一体何を伝えられるのか不思議に思いつつも、体育館の裏の雑木林に入っていった。
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「その節は雪がお世話になりました」
移動し終わってから、律儀に頭を下げてくる廣司に慌てて手を振りつつ、誠は尋ねた。
「いえいえ。ところで、体調はいかがですか? 少しでもしんどいなどあれば、保健室の方で休むことも出来ますが」
「わしは全然大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「そうですか、良かった」
「……そう言えば、雪はどこに?」
早朝にアナウンスがあり、地元住民はほとんどこの高校へ避難するよう呼びかけられている。
にもかかわらず、雪が居ないとすれば____。
廣司がそっと覗かせた不安そうな表情を見て、誠の胸は少しざわつく。
誠が頭に浮かんだ可能性を遠慮がちに口にしようとすると、それよりも先に廣司が口を開いた。
「雪、急に体育館を出て行ったんです。わしらのことは絶対守るからって言って……あと、雪の友達の風馬くんと亜子ちゃんも居なくて」
「そうですか……」
「それから雪、少し変なことを言っていたんです」
「変なこと……?」
「この地震を起こしているのはグリン・エンジェラという天使で、雪が以前怒らせてしまったことのある人物だと。そのせいでここが狙われている、とも言っていました」
廣司の言葉を聞いた誠の脳裏に、ふわふわの銀髪をした天使の姿が思い浮かぶ。
グリンが襲ってきて、なおかつ雪も風馬も亜子も居ないとなれば、可能性は一つしかない。
「雪、何を思ったか、わしに全て話してくれたんです」
誠が一つの可能性に辿り着いた瞬間、廣司がそんなことを口にした。
誠は彼の言葉に、思わず耳を疑ってしまう。
「全て……というのは」
「勿論全てです。氷結鬼が人間に姿を変えられた存在というのが今の雪だ、ということは以前教えてもらいました。でもそれだけじゃなくて、雪が高校に通い始めてから、ずっとわしに内緒にしてきたことを話してくれました」
「失礼ですが、雪が亜人界____いや、こことは別の世界に」
思わず口を滑らせてしまい、誠が急いで言い直すと、廣司はふっと頬を緩めた。
「変に隠さなくても大丈夫ですよ。わしとて、人間界より上の世界があることは存じてますから」
「分かりました。それで、雪が話したのは、自分が放課後に亜人界に行っていた、というような内容ですか?」
「お詳しいんですな、鈴木さん」
「申し訳ない、実は俺も隠蔽に協力してしまったことがあるので」
眼鏡を二本指で上げ、顔を伏せる誠。
「いやいや、雪のためにありがとうございます」
しかし、廣司は誠を責めるどころかお礼を言ってくれたのだ。
誠はハッとした。そして思う。この祖父と孫は、二人揃って礼儀正しさの塊だな、と。
「雪のことですから、そこで色々とトラブルを起こしてしまったんでしょうな。それで天使様を怒らせるようなことを……」
「い、いえ、雪を怒っている天使は、俺達が敬うべき存在じゃないですよ、むしろ今回の最大の黒幕とも言って良い存在です」
誠の言葉に、廣司は目を見張った。想像以上のことだったのだろう。明らかに動揺しているように見受けられる。
それも当然か、と誠は思った。
雪が怒らせたのはただの天使ではなく、黒幕とも言える存在だと告げられたのだから。
「そうですか……。いや、わしの管理不足です。雪はとんでもないところに踏み込んでいってしまったんですな……」
廣司は誠の前だからだろうか、口角を上げて笑顔を作っている。
しかし、その表情からはどことなく負の感情が感じられた。不安、絶望、悲しみ、自らに対する怒り……。
廣司が抱いているのはそう言った感情だろう、と誠は推測しつつ、
「いえ、村瀬さんが責任を感じる必要はありませんよ」
「鈴木さん」
しかし、そんな誠の気遣いなど不要と言われているかのような、低くて強めの声が誠を呼んだ。
誠が自分よりも背の低い廣司を見下ろすと、村瀬は自分よりも背の高い誠を見上げて、
「雪を……わしのたった一人の大事な孫を、助けてやってくれませんか?」
誠が初めて見た、廣司の真剣な表情。
その表情の裏に、どれほどの気持ちが隠れているか。想像はできてもその一つ一つを完璧に分かってやることは出来ない。
しかし、誠だって気持ちは変わらない。
雪を助けたい。いち早く、雪が行っているであろう亜人界へ転移したい。
「勿論です。ただ、何があるか分かりません。この高校もいつ安全ではなくなるか予想がつかないくらいです。くれぐれもお気を付けて、村瀬さん」
「はい、ありがとうございます。どうか、どうか雪をよろしくお願いします」
誠の言葉に頷いた廣司は、強く強く誠の両手を握りしめてきたのだった。




