第241話 亜人界の異変
イアン視点の三人称です!
対グリン・エンジェラ戦に向けた作戦として、イアンに五人の使い手の能力を注ぎ込み、そしてそれらをイアン自身の闇属性の魔法で吸収して攻撃手段とする方法が、ウィスカーの口から提案された翌日。
イアンはいつものように、村瀬雪の学校の前で彼女を待っていた。
しかし、雪はいつまで経っても来なかった。
他の生徒に自分の姿を見られるわけにはいかないため、校舎から他の生徒達が出てくるのが見えた瞬間、イアンは魔法陣で亜人界へ戻った。
「ねぇ、ユキは?」
家に戻ると、イアンが一人だったのを不思議に思ったのだろう、キルが尋ねてきた。
「待ってたんだけど、来なかったんだ。多分、『ガッコウ』のことで忙しいのかな?」
「大変ですね、ユキ様も。お身体に支障がないと良いのですが……」
心配そうな表情を覗かせるミリアを見上げ、レオが言う。
「そこまでは大丈夫なはずですよ。体調管理が出来ないほど、あいつだって馬鹿じゃないだろうし」
「そうですね、レオ様」
ミリアはレオの言葉を聞いて、安心したように口角を上げていた。
「イアン」
「ん? どうしたんだい? キル」
イアンがキルを見下ろすと、彼女はどこか重たげな雰囲気を醸し出しつつ尋ねてきた。
「ウィスカー隊長に言われた作戦、本当にやるつもりなの?」
「勿論。キルだって賛成してたじゃないか。いきなりどうしたんだい?」
「あの時は場の空気を読んだっていうか……。私だってグリンを止めたい気持ちは同じだったから。でも」
キルはそこで言葉を止めると、暗い表情をして俯いた。
「時間が経つにつれて不安になってきたの。本当にあの作戦で良いのかなって」
「それって……」
察しがついたイアンをチラリと見上げ、キルは続ける。
「ウィスカー隊長、『グリン・エンジェラの魂を破壊する』って言ってたでしょ? つまり魂の核を壊してあいつを消滅させるってことじゃない。本当にそんな大掛かりなことをする必要があるのかなって思い始めてて」
「キル……」
「私はキラー・ヴァンパイアとして暮らしてた時、沢山の吸血鬼の魂を破壊して殺してきた。だからこそ、いざ誰かの魂を破壊するってなった時に少し躊躇しちゃうの」
そこまで言ってから、キルは慌てたように両手を振った。
「で、でも、私だってグリンは許せないし、ユキのことも危険に曝して吸血鬼領で暴れて色んな吸血鬼を手玉に取ってるんだから、殺されるくらいのことをしてるんだから、魂の核を破壊するまでの結論に至るのは当然だって、頭では分かってる」
キルの言葉に頷き、イアンはキルの桃色の髪を優しく撫でた。
「キルの気持ちはよく分かるよ。僕だって同じさ。昔グリオネス・エンジェラを殺してしまったからこそ、今ある命は何一つ失われてほしくない」
イアンの言葉を聞いたキルの瞳が、大きく見開かれる。
「そっか、そうだよね……。グリンを殺すのを躊躇してたら、その何十倍、何百倍って数の命が危険に曝されることになっちゃう……」
キルはそこで表情を引き締めると、
「ごめん、変なこと言って。大丈夫。私も作戦に協力するから」
「不安になるのは仕方ないよ。計画的に魂の破壊を試みてる状態なんだから。キルが謝る必要はないよ」
「イアン……。ありがとう」
安心したように微笑むキルに続き、レオも拳を握る。
「俺も精一杯頑張りますよ、隊長。炎の使い手として隊長をしっかり補佐しますから」
「ありがとう、レオ。頼りにしてるよ」
「はい!」
元気よく、自信満々に頷くレオ。
その横で、ミリアが顔を赤く染めながらイアンを呼んだ。
「あ、あの、イアン様!」
「ん?」
「わ、私も精一杯自分のやるべきことをやります。特に戦闘は長引くでしょうから、しっかりと回復魔法を……。まだ自信があるというわけではありませんが」
その言葉通り、自信なさげに俯くミリア。
イアンはそんな彼女の肩に手を置いて、優しく微笑みかけた。
「大丈夫。鬼衛隊の中じゃ、ミリアしか治療魔法の類を習得してないんだ。ミリアだけが頼りだよ。よろしくね」
「は、はい! いつか自信を取り戻せるよう____」
「ねぇ、イアン! 外見て!」
キルのただならぬ叫びに、イアンが慌てて窓の外を見ると、
「な、何だこれ……!」
窓の外では、無数の吸血鬼や氷結鬼が列を成してゾロゾロと歩いていた。
どこか虚ろな瞳で正面を見据えながら、ひたすら歩みを進める吸血鬼や氷結鬼。
彼らは皆、市場の先にある時計台____人間界へ繋がる魔法陣が備わっている場所へと向かっているようだった。
「何でこんなに、皆が一斉に人間界に向かおうとしてるんだ!」
「皆様の瞳、とても正気だとは思えません。イアン様、皆様が誰かに操られているとしたら……」
レオとミリアの言葉に頷き、イアンも自分の推測を口にする。
「おそらく、グリン・エンジェラだろうね。あいつは天兵長のこともユキのことも目の敵にしてる。この状況……どうやら手始めに、人間界を襲うことにしたみたいだね」
「皆の流出を止めなきゃ!」
「ああ!」
キルの言葉に頷き、鬼衛隊は外に飛び出した。
すぐさま時計台の方へ走っていくと、既に人間界への魔法陣は開かれており、何人もの吸血鬼や氷結鬼が魔法陣を通っている最中だった。
「【炎嵐】!」
レオが吸血鬼や氷結鬼達を傷つけないよう、彼らの周りに火を放つ。
「【回復華】!」
ミリアがレオの炎技で動けなくなった吸血鬼と氷結鬼達に向かって回復魔法を施したが、彼らの身体に影響は出なかった。
「くっ、イアン様、申し訳ありません。私の回復魔法では、グリンの操りを解けないようです……!」
悔しげに歯を噛みしめるミリア。
おそらく彼女は、グリンが吸血鬼や氷結鬼達を操るために施したであろう、何かしらの技や魔法を回復魔法で消し去って元の正常な状態に戻そうとしたのだろう。
イアンはミリアの行動の意味を察し、彼女に声をかけた。
「大丈夫だよ、ミリア。とりあえず、これ以上の流出は避けないと、人間界が大変なことになる」
「は、はい!」
頷くミリアを半ば遮るようにして、レオが声をあげた。
「隊長とミリアさんは先に人間界に行ってください! この様子だと、グリンは既に人間界に降り立ってます! ユキが危ないです!」
「そ、そうだね……。ここを離れるのは心苦しいけど……。レオ、キル、ここを任せても良いかい?」
イアンが尋ねると、二人は力強く頷いて快諾してくれた。
「はい!」
「行って! イアン!」
短剣を構え、首だけでこちらを振り返ったキルの言葉に従い、イアンはミリアを見やる。
「分かった、ありがとう。ミリア、行こう!」
「はい! イアン様!」
こうして、イアンとミリアの二人は先に人間界へと転移したのだった。




