第239話 私達が守るから
「雪ー。受付終わったぞー」
私、風馬くん、亜子ちゃんが覚悟を決めた直後、受付を済ませてくれたらしいおじいちゃんがやってきた。
「あ、おかえり。おじいちゃん。ありがとうね」
私がお礼を言うと、おじいちゃんは顔をシワでしわくちゃにしながら笑った。
「わしは何だかんだ言っても老いぼれじゃ。いざとなったら他の人の手を借りねばならん。受付など、そんな負担に比べれば屁でもないわい」
た、確かに、受付と介護とでは負担の差が違うけど、そんな言い方しないでよ、おじいちゃん。
おじいちゃんはまだまだ元気だよ。今まで何回かちょっと危なくなったことがあったけど、全部乗り越えてこられたじゃん。
私がそんな思いを口にしようと、口を開きかけた瞬間だった。
「ユキー居るんでしょー? 出てきてよー」
のんびりとした言い方に、私の背筋がゾッと凍る。
「この声……!」
亜子ちゃんと風馬くんも表情を引き締め、体育館を駆け足で出ていく。
「ゆ、雪、誰に呼ばれとるんじゃ」
おじいちゃんも不安そう。
やっぱりちゃんと言わなきゃ。おじいちゃんに隠し事はしないって誓ったんだから。
「ごめんね、おじいちゃん」
「な、何で雪が謝るんじゃ」
おじいちゃんが、驚きよりも何故なのか分からないといった表情で、私を見下ろしてくる。
私はそんなおじいちゃんをチラチラと見上げながら、意を決して言葉を紡いだ。
「人間界が地震に見舞われてるのは、私のせいなの」
「ど、どういうことじゃ? 何で雪が__」
やっぱり、おじいちゃんは訳が分からないといった表情だ。
「この地震を起こしてるのは、グリン・エンジェラっていう天使なの。私、この前そのヒトを怒らせちゃって。そのせいでグリンさんは私に対して怒ってるの。だからこうやって攻撃してきてると思うんだ」
私の言葉を聞いたおじいちゃんの表情に、不安の色がありありと浮かぶ。
「でも安心して。私達がおじいちゃん達を守るから。絶対に高校まで壊させたりしないから!」
私はおじいちゃんに向かって力強く宣言すると、亜子ちゃんや風馬くんを追って体育館の外に出た。
「お、おい、雪!」
私を引き止めるおじいちゃんの声を、背中で受け止めながら。
グリンさんに名前を呼ばれているから、てっきり私は出てこないと思っていたのだろう。亜子ちゃんが私の方を振り返って驚く。
「ゆ、雪!?」
「お待たせ!」
「村瀬、相当ヤバいことになってるぞ……!」
私が二人と一緒に並ぶと、風馬くんが正面を見据えて声を漏らす。
彼に倣って前を見た私は、思わず自分の目を疑った。
「なっ、何これっ……!?」
そこには、銀髪の天使が立っていた。
否、それだけではない。
学校の校門の近くに立っていたのは、無数の天使、吸血鬼、亜人、そして氷結鬼だった。
天界と亜人界に存在する種族全てを、グリンさんは悠然と引き連れていたのだ。
「やぁ、ユキ。元気だったかい?」
ふわふわの銀髪を揺らしながら、天使グリン・エンジェラは私に向かって尋ねてくる。
「グリンさん……!」
私がグリンさんに鋭い視線を送っても、別に何てことないといったように、グリンさんはニコニコと笑いながら、
「そなたに会うの、すっごく楽しみにしてたんだよ?」
「いくら私のことが憎いからって、人間界を攻撃しないでください! 何も関係ない人達まで、こうやって怖い思いをしないといけないんですよ!?」
そのせいで、おじいちゃんだって学校までわざわざ避難しないといけなくなっちゃったんだから……!
「私を殺したいなら、私だけを連れ去ったり暗殺したりしたら済む話じゃないですか!」
勿論、グリンさんのような絶対的な強さを誇る天使に命を奪われるのはものすごく怖い。
今だって、グリンさんの目から逃れてすぐにでも逃げ出したいくらいだ。
でもそんなことをしたら、グリンさんは余計に人間界を襲うだろう。
だから、私がグリンさんの前から消えることは許されないのだ。
「どうせなら、全部壊した方が手っ取り早いじゃないか」
グリンさんは反省する素振りなんて一切見せず、ただニコニコと笑っている。
「【鉄壁】!」
と、亜子ちゃんが大きな声で詠唱した。彼女の詠唱を合図に、校庭から頑丈な鉄の壁が出現する。
「これ以上、あいつに何か言っても通じないわ。無駄な労力よ」
亜子ちゃんは私にそっと言うと、自分で建てた壁に触れた。
「あたしが戦うから、雪も柊木くんも下がってて!」
そう言うが早いか、亜子ちゃんは触れた手で【鉄壁】を破壊し、グリンさんや他の種族の大群の方へと突っ込んでいく。
ど、どうしよう。私が亜人界に転移出来たら、今すぐにイアンさん達にこの状況を報告して助けに来てもらえるのに……!
「【鋼拳】!」
何百、何千の種族が居るのだろうか。たくさん居すぎて数えられないけど、そんな大群を前にしても亜子ちゃんは少しも怯まない。
「【鉄壁】! 【鉄壁】! 【鉄壁】!」
詠唱を重ねて、彼らの周りにいくつもの【鉄壁】を出現させ、
「はあっ!」
掌を内側同士に向けて、まるで見えない何かを押し潰すかのように両掌を近付けていく。
すると、亜子ちゃんの手の動きとシンクロするようにして、グリンさんや他の種族の皆の周りに建てられた鉄の壁が彼らへと迫っていった。
まるで__いや、確かに彼らを押し潰そうとして。
「うぉっ! ははっ、これは今までにない攻撃だっ……!」
両側から鉄壁に挟まれて押し潰されそうになりつつも、グリンさんは笑顔を絶やさない。
「当たり前よ!」
「でもっ……残念ながら余には効かないんだよねぇ」
鉄壁を両腕で押し返そうとしているグリンさんを尻目に、亜子ちゃんは余裕綽々と言う。
「潰されそうになってるじゃない。何言って__っ!」
その時だった。亜子ちゃんの声が途中で止まった。亜子ちゃんの声から、一切の余裕が消えたのだ。
「油断大敵ってね」
グリンさんの背中から黒みがかった白い羽が生えて、まるで植物の蔓のように伸びた。
そして、グリンさん達を押し潰そうとしている鉄の壁にクルクルと巻き付き、上へと引き上げたのだ。
「しまっ__がっ!!」
亜子ちゃんが危険を察知した時にはもう遅かった。
グリンさんの羽に巻き付かれたいくつもの鉄の壁は、まっすぐに亜子ちゃんへとぶつけられた。
自分の攻撃を受けて、勢いよく後ろに転がる亜子ちゃん。
「亜子ちゃん!」
「後藤!」
「ご、ごめん……! 大丈夫だから……!」
私と風馬くんが倒れた亜子ちゃんを支えようとするよりも早く、亜子ちゃんは顔を歪めながらも身を起こす。
「本当に大丈夫かどうかは、目の前の状況をちゃんと見た上で言うものだよ!」
グリンさんがそう言って、黒みかがった羽に巻きつけた亜子ちゃんの【鉄壁】を飛ばしてきた。
その標的は勿論、身を起こした直後の亜子ちゃんだ。
「____!」
私達三人は目を見開き、自分達にめがけて飛んでくる鉄壁を見ていることしか出来なかった。でも____。
「【暗黒剣】!」
私達に激突するはずだった鉄壁は、黒い剣によって破壊される。
私達を庇うようにして目の前に姿を現したのは、黒髪の吸血鬼だった。




