第238話 不安なこと
昨日は本当に楽しかったなぁ。
まどろみの中で、私は昨日のイルミネーション______もとい、風馬くんとのデートを思い出していた。
イルミネーションも勿論とても綺麗だったけど、何より風馬くんの私服がものすっごくカッコよかった!
あの時は公衆の面前で恥ずかしげもなく『カッコいい』って言っちゃったけど、でもちゃんと言って良かったと思う。
私だって、自分の服装を可愛いって言ってもらえたことがすごく嬉しかったから。
そうだ、昨日のデートが出来たのは亜子ちゃんがイルミネーションのチケットを渡してくれたおかげだし、ちゃんと亜子ちゃんにお礼を言わないと。
そういえば私、風馬くんと手繋いじゃったんだよね。あれは夢じゃないよね。私の妄想じゃないよね。現実だよね?
風馬くんの手、大きくて温かかったな……。また手、繋ぎたいな……。
そんなことを思いながら、ゆっくりと目を開ける。
朝。目に飛び込んでくるのはいつも通りの天井。
______のはずだった。
「えっ⁉︎」
思わず驚きの声が漏れてしまう。
目の前は闇に包まれたかのように真っ暗で、何も見えなかった。
闇の中、それでも手を伸ばす。伸ばした手は意外にもすぐに何かに触れた。
硬くてゴツゴツとしているものに。
「なに、これ……!」
大きな壁、のような感触だと思った。壁が私の上に落ちてきているのだろうか。
何とか身を起こすべく、目の前の硬いものを両手で押し上げる。
すると、やっと光が漏れ出てきた。
身を起こして辺りを見回すと、やはりそこらじゅうに壁が倒れかかっていた。窓ガラスも粉々に割れていて、床一面に散らばっている。
「地震……?」
とっさに、そんな言葉が脳裏をよぎる。
いや、間違いない。これは地震以外に考えられない。
「そうだ、おじいちゃん!」
私はたまたま無事だったけど、おじいちゃんもそうだとは限らない。
急いで階段を降りてリビングに行き、
「おじいちゃん! おじいちゃん‼︎」
「お、おぉ……雪、大丈夫か」
キッチンでおそるおそる立ち上がったのは、おじいちゃんだった。
「おじいちゃん!」
慌てておじいちゃんの元に駆け寄り、怪我の有無を調べる。
「だ、大丈夫? どこも怪我してない⁉︎」
「ああ、それは大丈夫じゃ。雪は大丈夫か?」
「う、うん、私は大丈夫! 良かった……おじいちゃんが無事で……」
安心して気が抜けたのか、私はヘナヘナとその場に座り込んでしまう。
すると、そんな私の耳に放送によるアナウンスが流れ込んできた。
『町民の皆様にお願い申し上げます。先程より、原因不明の巨大地震が発生しております。皆様の安全確保のため、近くの避難指定場所への避難をお願い致します。また、避難指定場所までの距離が遠く、ご自宅の方が安全だと判断された場合は______』
なおも続く緊急アナウンス。
私はおじいちゃんを見上げて尋ねた。
「ど、どうする? おじいちゃん。学校まで避難する?」
一応、私が住んでいる地域の避難指定場所は、私が通っている高校、と定められている。
避難するなら学校まで向かった方が良いけど……。
「そうじゃな。ここに居ても、わしと雪だけではいざとなった時に対処できんじゃろうし」
「分かった! じゃあ学校まで行こう!」
私はおじいちゃんの言葉に頷いて、おじいちゃんと一緒に学校へ向かった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「村瀬!」
私とおじいちゃんが校門をくぐった直後、背後から私を呼ぶ声がした。
その声に振り向くと、一人の少年が走ってきていた。
「風馬くん!」
「おお、風馬くんか。君も大丈夫そうで何よりじゃ」
私とおじいちゃんは、走ってきた風馬くんに声をかける。
風馬くんは荒い息を整えながら、私達に向かって笑顔を浮かべてくれた。
「村瀬もおじい様も、ご無事で良かったです」
「風馬くんもやっぱり避難してきたんだね」
「ああ、一人暮らしだとひとりぼっちだからな」
私の言葉に頷き、苦笑する風馬くん。
「高校に避難してこられた皆様は、体育館の方にお集まりください!」
と、学校の先生達がメガホンを片手に、校門をくぐってきた人達に向かって呼びかけている声が聞こえてきた。
「行こう、おじいちゃん!」
「そうじゃな」
私がおじいちゃんの手を引いて体育館への道を小走りで歩いていると、風馬くんがそっと耳打ちしてきた。
「なぁ、村瀬」
「ん? どうしたの? 風馬くん」
事情は知っていても、おじいちゃんに聞かれるとあまり良いものではないため、風馬くんは声をひそめてくれる。
「この揺れって、やっぱりグリンだよな」
「うん、間違いないと思う。普通の地震なら横に揺れる場合が多いはずだし」
それに、私達はこうやって『縦』に揺れる地震を何度も経験している。だから体感で分かるのだ。
この地震は、天使グリン・エンジェラによって起こされているものだ、と。
「ちょっと受付してくるな」
「うん、ありがとう、おじいちゃん」
おじいちゃんはそう言って、私達の元から離れていった。
おじいちゃんの背中を見送りつつ、風馬くんがポツリと呟く。
「人間界だけなのかな。だったらイアンさん達にも報せようがない……」
「う、うん、そうだよね……」
まず、肝心のグリンさんも姿を見せていないし、この揺れが人間界だけに起こされているものだったら、当然ながら亜人界に居るイアンさん達は気付かない。
「雪!」
「亜子ちゃん!」
「後藤!」
体育館で私達を見つけて、駆け寄ってくる赤髪ツインの少女を見て、私と風馬くんは同時に声をあげる。
亜子ちゃんはおじいちゃんにもペコリと会釈をしてから、私達にそっと教えてくれた。
「やっぱり、この地震はグリンが起こしてるわ。それともう一つ不安なことがあるの」
「不安なこと……?」
私が聞き返すと、亜子ちゃんは神妙な顔つきのまま顎を引いて、
「パパとママが亜人界に転移して、様子を見に行ってくれたんだけど、亜人界がもぬけの殻だったって。さっき連絡が来たの」
「もぬけの殻って……どういうことだ?」
眉をひそめる風馬くんを見て、亜子ちゃんはブンブンと首を横に振った。
「分からないわ。でも、何となく良くない予感がする。亜人界がもぬけの殻だなんて、今までで初めてのことだもの」
「そ、そうだよね……。イアンさん達、大丈夫かな」
私が思わずそんな不安を口にしてしまうと、亜子ちゃんは私と風馬くんを交互に見つめて言った。
「とにかく、今の事情を知ってるのはあたし達三人だけ。皆を不安にさせないように、グリンから皆を守り抜こう」
亜子ちゃんの言葉に、私と風馬くんは力強く頷いた。




