第233話 約束
翌朝、私はベッドの上で目を開けた。
昨日のイアンさんとの会話があったからか、とても目覚めが良い。
「おはよう、雪」
私がベッドから身を起こすと、隣のベッドで眠っていた亜子ちゃんが挨拶をしてくれる。
「おはよう、亜子ちゃん」
まだ眠そうに目を擦っている彼女に、私も挨拶を返す。
そして、彼女の身体に絆創膏が貼られていたり、包帯が巻かれていたりするのに気付く。
亜子ちゃんには校庭でグリンさんと戦わせて、たくさん怪我をさせてしまった。加えて、吸血鬼領でも頑張ってくれた。
とても痛い思いをさせてしまったのだと思うと、急に申し訳ない気持ちが沸き上がってくる。
「……どうしたの? ボーッとしちゃって」
「あっ! えっと……。ごめんね、亜子ちゃん」
亜子ちゃんをじっと見つめすぎてしまったことに気付いてから、私はベッドの上で正座になって謝罪の言葉を口にする。
「……何で?」
亜子ちゃんはすごく不思議そうな顔をしている。何で私が謝っているのか、理解できていないみたいだ。
「亜子ちゃん、グリンさんと何回も戦ってくれて、でもそのせいでいっぱい怪我させちゃったから……。すっごく痛いはずだし、申し訳ないなって思って」
私が言うと、亜子ちゃんは、何であんたがそこまで気にするのよ、と笑った。
「別に雪は悪くないでしょ? 何も悪くないのに謝らないで。あたしまで申し訳なくなっちゃうわよ」
「あっ! ご、ごめんね……」
「それも。何回も言ってるけど、雪は自分の思ってる以上に何も悪くないの。だから申し訳ないって思っても、よっぽどのことがない限りは謝らないで」
私にとっては全部『よっぽどのこと』だから謝ってるんだけどなぁ……。でもあんまり謝りすぎると不快な思いにさせちゃうよね……。
「わ、分かった。気を付ける」
私が頷くと、亜子ちゃんも口角を上げて頷いてくれる。
それから亜子ちゃんは自分も身を起こすと、
「今日は早く帰るわよ。おじいさんのこと心配でしょ」
「う、うん。実は、今からでもすぐに飛んで帰りたいくらい……」
自分の気持ちを素直に打ち明けると、亜子ちゃんは吹き出しそうになりながら言った。
「早く降りましょ。イアン達にも伝えなきゃ」
「そうだね」
私達は一階へ繋がる階段を下りていった。
昨日イアンさんと家へ戻った時には、皆は既に眠りについていた。
おそらくグリンさんとの戦闘で体力を消耗したことで、相当疲れていたのだろう。
ちなみに、その時には既にヴァンさん、パイアさん、サレムさん、スピリアちゃんの王宮組とウィスカーさんの姿はなかった。
夜の間にそれぞれの家へと戻っていったみたい。
家で眠っていたのは、キルちゃん達鬼衛隊と亜子ちゃん、そしてルーンさん達天使だけだった。
「本当に申し訳なかった」
「だから謝罪は要らんと言っているだろう」
階段を下りていると、一階からイアンさんとルーンさんの声が聞こえてきた。
何かデジャヴ……。勿論こっちの方が重大なことだけど。
急いで階段を下りきると、やっぱりイアンさんがベッドの上のルーンさんに向かって頭を下げていた。
「僕はあの時、君のお父様を殺してしまった。謝って許されることじゃないのは重々承知している」
イアンさんは俯き、自分の中でその言葉を噛み締めるように声に出す。
「だからこそ、僕に君を守らせてほしい」
イアンさんの言葉に、ルーンさんの瞳がわずかに見張られた。
「今、グリン・エンジェラの標的はユキに変わってる。でも元々は君の命が狙われていたんだ。あいつの気が変わればいずれ君だってまた襲われる」
「そんなこと、百も承知だ。貴様に言われなくとも___」
顔を背けるルーンさんだけど、イアンさんは諦めない。
「それでもだ! 僕が君を守る。絶対に、グリンに君を殺させたりはしない」
「何故そこまで我のことを……。父上の件なら今後も許すつもりはないと言っているではないか」
ルーンさんは困惑したように言った。
「許してもらおうなんて思ってないよ。許せないことだから」
「ならば___」
「過去の命を奪ってしまったからこそ、これからの……未来の命を守っていきたい。そう約束したんだ」
イアンさんが私の方をちらりと見やったので、私は『大丈夫ですよ』という思いを込めて頷く。
イアンさんも頷き返してくれた。
「約束……」
ルーンさんはイアンさんの視線を目で追って、階段を下りた直後の私を見つめる。
そして、何のことか理解したように真剣な表情になった。
イアンさんは下ろした拳をぎゅっと握って続ける。
「だから、お願い。僕に君を守らせてほしい」
「我に許可を求めるな。そんなもの、勝手にすれば良いではないか」
ぷいと顔をそらし、ルーンさんはぶっきらぼうに言った。
「天兵長……」
イアンさんが驚いていると、ルーンさんはベッドの上からイアンさんを少し見上げて、
「だが、本当に我を守ってくれるのなら、よろしく頼む」
「私からもよろしくお願い致します、イアン様」
ルーンさんと、彼女の第一部下のフェルミナさんに頭を下げられたイアンさんは、やる気に満ちた表情で頷いた。
「うん。こちらこそ。命に代えても君を守るよ、ルーン。約束する」
イアンさんの言葉に、ルーンさんも少しだけ口角を上げる。
それからイアンさんは、私と亜子ちゃんの方に視線を移して言った。
「よし、じゃあユキとアコは早く人間界に帰ろうか。確か、ユキのおじいさんが大変だとか言ってたよね」
イアンさん、覚えててくれたんだ!
「そ、そうなんです! おじいちゃんが無事かどうか確かめたくて」
学校にまで踏み込んできたグリンさんの言葉を信じるなら、おじいちゃんは既にグリンさんと会ってしまっている。
そしてさらに彼の言葉を信じるなら、おじいちゃんはまだ生きている。
それは風馬くんとの連絡が取れないから直接自分で確かめに行かないといけない。
「分かった。行こう」
イアンさんは真剣な顔つきで頷くと、背を向けて家の外に。
私と亜子ちゃんもお互いに頷きあって、彼の後を追う。
不安でバクバクと脈打つ心臓の鼓動を抑えながら、私は祈った。
おじいちゃん、無事で居て……!




