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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第228話 罪滅ぼし

 今までルーンさんやフェルミナさんを守るような形で家にとどまっていた亜子(あこ)ちゃんが立ち上がる。


「もう我慢できない! あたしも戦うから!」


 苛立ったようにズンズンと家の外へ出ようとする彼女を、ウィスカーさんが肩を掴んで引き止める。


「だ、ダメだ! いくら亜人だからと言って、君はまだ子供だろう!? グリンに勝てるわけがない!」


 亜子ちゃんはバッと振り返ってウィスカーさんを見上げると、


「だから何よ! (ゆき)はあたしの友達なの! 友達が狙われてるのに黙って見てろって言うの!?」


「そ、それは___」


 ウィスカーさんが口ごもったのをきっかけに、亜子ちゃんは彼の制止を振り切って外へと飛び出した。


 そして拳を強く握りしめ、詠唱する。


「【鋼拳(スチール・パンチ)】!」


吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)。驚きだね。まだ余に向かってくる奴が居るなんて」


 グリンさんが避けたことで【鋼拳(スチール・パンチ)】は効力を示さなかったけど、亜子ちゃんは素早く体勢を戻す。


「どうせ、あんたの目的は雪なんでしょう! あんたの思い通りにはさせないから!」


「亜子ちゃん……」


 彼女の思いやりに、私は心の底から嬉しくなる。


 亜子ちゃんからしてみれば、私への行為は全て今までのいじめの罪滅ぼしなのかもしれないけど、私からしてみればそんなことなんてどうでもよかった。


 亜子ちゃんが私のために身を削ってくれる。それだけで本当に嬉しかった。


 でも当然ながら、それはグリンさんの目的を妨害する行為に当たる。


 グリンさんは面倒くさそうに舌を鳴らして、ハンマーを振り下ろした。


「【破滅鎚(アーテ・ハンマー)】」


 それとほぼ同時に、亜子ちゃんも詠唱する。


「【鉄壁(アイアン・ウォール)】!」


 グリンさんのハンマーが引き起こした地震により、亜子ちゃんの【鉄壁(アイアン・ウォール)】はまたも簡単に崩れた。


 学校の校庭で戦った時と同じように、これも彼女の作戦なのだろう。


 崩れた【鉄壁(アイアン・ウォール)】の先で、亜子ちゃんは硬くなり鋼色に染まった拳を振りかぶった。


「【鋼拳(スチール・パンチ)】!」


 鋭いパンチ。間違いなく、グリンさんに不意打ちを食らわせることが出来るだろうと思えるほどだった。


 一度、校庭での戦いでその手を明かしていなければ___。


「なっ……!」


 右腕を伸ばした体勢の亜子ちゃんが、息を呑むのが聞こえた。


 案の定、亜子ちゃんの硬くなった鋼色の拳は、グリンさんの手にすっぽりと包み込まれていた。


「もう同じ技は受けないよ。余だってそこまで馬鹿じゃない」


「があっ!」


 グリンさんが振り上げたハンマーにより、空へと打ち上がった亜子ちゃんの体。


 グリンさんはそれを暫く見つめ、再び自分と同じ高さまで落ちてくるのを確認してから黒みがかった羽を広げた。


「うっ!」


 それを勢いよくはためかせて起こした疾風で、亜子ちゃんの体はいとも簡単に吹き飛ばされる。


 亜子ちゃんはイアンさん達のログハウスに激突すると、そのまま地面へ落下した。


「亜子ちゃん!」


 私は急いで家から飛び出すと、倒れた亜子ちゃんへ駆け寄った。


螳螂之斧(とうろうのおの)。弱いくせに、余に歯向かおうとするからだよ」


 何とか体勢を起こそうとする亜子ちゃんを見下ろすグリンさん。


「うるさいわよ!」


 亜子ちゃんは四肢を使って地面を蹴り、グリンさんへと迫る。


「【鉄壁(アイアン・ウォール)】!」


 今度はグリンさんの真下に鉄壁を造り、お返しとばかりに彼の体を打ち上げる。


 そしてジャンプで空中に浮かび、グリンさんへ向けて拳をぶつけようとした。


「【鋼拳(スチール・パンチ)】!」


「【破滅鎚(アーテ・ハンマー)】」


 空中にもかかわらず、グリンさんは何とか体勢を整えてハンマーを振り下ろす。


 すると、硬くて鋼色になっていた亜子ちゃんの右拳が一瞬にして元に戻った。


「き、消え___がっ!!」


 目を見開く亜子ちゃんを襲ったのは、グリンさんの黒みがかった羽だった。


 それに叩きつけられた亜子ちゃんは、一直線に地面へと墜落する。


「亜子ちゃん!!」


「絶対……あんたの……好きには……させない……!」


 亜子ちゃんは口から赤い血をこぼしながら、それでも言葉を紡ぐ。主に、自分を見下している銀髪の天使に向けて。


「雪は……あたしが……守るんだから……!」


「亜子ちゃん……! 私は大丈夫だから、もう無理しないで。死んじゃうよ……!」


 全身傷だらけになって戦うことすら、起き上がることすら出来ないのではないかと思うほどボロボロになっても、起き上がろうと再び戦おうとしてくれる。


 そんな亜子ちゃんの姿に、私は思わず泣き出してしまいそうだった。実際、溢れた涙のせいで視界が歪んでいる。


「雪……」


 亜子ちゃんはまだ言葉を重ねようと、私に伝えようとしてくれていたのだろう。


 でも、それより早く口を開いたのはグリンさんだった。


「ヒトの心配してる場合?」


 その瞬間、グリンさんの背中から黒みがかった羽が生えてくる。


 そしてそれは瞬く間に伸びてきて、私の体を素早く巻き上げた。


「ぐっ!」


「雪!」


 亜子ちゃんが叫ぶ声がする。


 大丈夫だからと答える暇もなく、グリンさんは嬉しそうに頬を緩ませた。


「グリン、さん……」


「そなた、村瀬(むらせ)雪だっけ?」


「は、はいっ……!」


 羽が体に巻き付いているせいで息苦しい。


「いや、違うか。ね、()()


「な、何でその事……あああっ!!」


 グリンさんがどうして、私の『本当の名前』を知っているのか。


 尋ねようとすると、彼の羽がより強く私の体を締め付けてきた。


「知ってるよね。この世界___天界と亜人界と人間界は、それぞれが的確な距離感を保つことで成り立っている。この三つのうち一つでもどこかに依存するような事態になれば、たちまちこの世界の秩序は崩れ去る」


 グリンさんは銀色の瞳で私を見つめ、尋ねてきた。


「余が何を言いたいか分かるかい?」


 私は答えることが出来なかった。でも、彼の言葉は今まで何度も私の胸に突き刺さってきた言葉だった。


「そなたが……貴様が余達の世界の秩序を壊したんだ!」


 グリンさんは目をカッと見開き、声を荒げる。


「貴様が自分の世界で上手く関係を作れなかったせいで。他人に甘えてばかりで常に安全地帯に居ようとしたせいで。他の世界にまで影響が及んだんだよ!」


 強く強く、グリンさんの羽が体に食い込んでくる。


「貴様なんて外来種なんだ! 要らない存在なんだ! 亜人界に来なきゃ良かったんだよ!」


「あああっ!!」


 ギリギリと体を締め付けてくる痛みに声をあげながら、やっと腑に落ちた。


 グリンさんは、私のことを三つの世界の秩序を壊した外来種で不要な存在だと思っている。


 だから、殺そうとしていた標的をルーンさんから私に変えたんだ。


「知ってる? 『雪』はいずれ溶けるんだ。そなたも早く()()()()()()()!」


 いつも通りの笑顔じゃない。


 誰かの苦しむ顔を見て心の底から楽しんでいるような、そんな歪んだ笑顔を浮かべて、グリンさんは歪んだ笑い声をあげる。


「ユキ! 大丈夫リ!?」


 その時、高い声がした。聞き覚えのある、懐かしい声が。

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