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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第224話 本気出せないでしょ

「ひっ……!」


 グリンさんの笑顔が目と鼻の先にある。


 それでも反射的に後ろに飛び退いて、何とか回避することが出来た。


「へぇ。吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)。驚きだね。反射神経は良いんだ」


 グリンさんは意外そうに言うと、拳を握って腕を振るってきた。


 要するに、パンチをしてきたのだ。


「くっ……!」


 それも、私は両手で受け止めることに成功。


 何だかんだ言いつつも、私、ちゃんと戦えてるじゃん!


 でも、一つ隙が生まれたことに、その時の私は全く気付いていなかった。


 両手で胸の部分に迫ってきたグリンさんの拳を受け止めたことで、当然ながらお腹から下半身にかけての部位が無防備になる。


 そのことにようやっと気付いたのは、グリンさんの足が高く上がった直後だった。


「があっ!!」


 足の裏で強く蹴りあげられ、私の身体は大きく後ろに吹き飛んだ。


 そのまま後方にあった鉄棒に背中を打ち付ける。


 校庭の土の上にうつ伏せになるように倒れ込む。


 でも、ここでずっと倒れているわけにはいかない。


 早く起き上がらなきゃ……。


「ぐっ!」


 すると、それを手伝ってくれるかのようにグリンさんが私の首根っこを掴んで引き上げてきた。


 そしてグリンさんは腕を振るって、私を校舎側へと投げ飛ばす。


 私はたまらずゴロゴロと転がった。


 体の節々が痛む。それでも今は起き上がらなきゃ。


 このままだとやられっぱなし。いつか絶対殺される……!


(ゆき)!」


 背後から名前を叫ばれて、私は弾かれたように後ろを振り返った。


 荒い息遣いのまま、私を追いかけて走ってきたのは亜子(あこ)ちゃんだった。


「亜子ちゃん……!」


「全く、あんた、人間相手に容赦ないわね」


 私を抱き起こしつつ、亜子ちゃんが皮肉げに銀髪の天使へと言葉を投げかける。


「ご、ごめんね。ありがとう」


 私がお礼を言うと、赤髪ツインテールの亜人はチラリと私を見て口角を上げた。


 それからまたグリンさんへ向き直り、悠然と立ち上がる。


「流石に人間相手じゃ、ぶっちゃけあんたも本気出せないでしょ。あたしが……亜人が相手になってやるわ!」


「亜子ちゃん! 駄目だよ!」


 私は亜子ちゃんの制服の袖を掴み、彼女を引き止める。


 それでも亜子ちゃんは、ゆっくりと私の手を外すと、


「大丈夫よ。あんな最低野郎に負けないから」


 さらりと侮辱されたことには気付かず、『人間相手では本気が出せない』という言葉だけを聞いていたみたい。


 グリンさんは、銀色の瞳をキラキラと輝かせる。


「なるほど、余を想ってくれてるんだね。報恩謝徳(ほうおんしゃとく)。感謝するよ」


「馬鹿言わないで。雪を守るためよ!」


 そう叫ぶと、亜子ちゃんは力強く地面を蹴ってグリンさんの方に飛びかかっていく。


 グリンさんは空中に手をかざして、丸太のような太くて大きいハンマーを握ると、それを振り下ろすと同時に詠唱した。


「【破滅鎚(アーテ・ハンマー)】」


 それに俊敏に反応した亜子ちゃんは、彼の詠唱に被せるように詠唱。


「【鉄壁(アイアン・ウォール)】!」


 亜子ちゃんの詠唱を合図に、校庭の土から鉄の壁が出現する。


 その直後、グリンさんのハンマーが振り下ろされた。


 案の定、亜子ちゃんの【鉄壁(アイアン・ウォール)】はガラガラと音を立てて崩れ落ちる。


 このままじゃ、亜子ちゃんはバリアが無くなって私みたいに飛ばされちゃう。


 そう思っていた矢先。


「【鋼拳(スチール・パンチ)】!」


 まるで、この状況も計算済みだったかのように、亜子ちゃんは再び詠唱した。


 彼女が振りかぶる拳が灰色の鋼鉄で覆われ、どれほど硬いかを暗示させるように、強く握られた拳が日光に反射されてところどころ白く光る。


 亜子ちゃんがグリンさんにパンチを繰り出す__と思ったけど、実際にそれは叶わなかった。


「はあっ!」


 何と、詠唱もなしにグリンさんはハンマーを下から上へ振り上げたのだ。


 それは勢いよく亜子ちゃんのお腹を叩き、空中へと打ち上げた。


「があっ!」


 亜子ちゃんは、唾を飛ばすほどの勢いで苦しそうな声を漏らす。


「まだまだ。終わりじゃないよ」


 グリンさんは誇らしそうに笑うと、背中から黒みがかった羽を生やし、地面を蹴って空を飛んだ。


 そして宙に浮いている亜子ちゃんよりも高い位置まで飛ぶと、もう一度ハンマーを振り上げた。


 振り上げられたハンマーは、亜子ちゃんの背中に強く打ち付けられる。


「ぐうっ!!」


 ハンマーの勢いと落下の勢いが合わさり、亜子ちゃんは目にも止まらぬ速さで地面に向かって落ちていく。


「亜子ちゃん!」


 思わず身を起こし、私は高速で落下する亜子ちゃんに向かって叫ぶ。


「「「亜子様!!」」」


 校舎内で窓から校庭での様子を見守っているのだろう。


 背後、それも上の方から女子達の声がした。


 呼び方から推測するに、亜子ちゃんの取り巻きの子達だ。


 あの子達のためにも、亜子ちゃんは絶対に助けなきゃ!


 私は弾かれたように立ち上がって、ズキズキと痛むのを堪えて足を動かした。


 亜子ちゃんのクッションになるために。


 間に合え! 間に合え! 間に合え__!!


 スライディング!!


「「だあっ!!」」


 二人の声が重なった。


 私の上に亜子ちゃんが落ちてきたのだ。


 捨て身のクッション大作戦は見事成功。


 亜子ちゃんが地面に激突することは免れたというわけだ。


「いたたっ……! って、雪!?」


 頭を押さえながら痛みに悶える亜子ちゃんは、ハッと気付いたように私の背中から飛び退いた。


「え、えへへ。間に合った……」


 亜子ちゃんが喋ってくれた安心感から、私はうつ伏せのまま彼女を見上げて、つい呑気に笑ってしまう。


「な、何やってんの馬鹿!! 雪まで死んじゃうわよ!?」


 慌てて私を抱き起こしてくれる亜子ちゃん。


「だ、大丈夫だよ。ほら、生きてるし」


 私の方も急いで起き上がって腕を広げる。


 すると、亜子ちゃんは額に手をやってため息をついた。


「そうだけど……。ホント、無茶しすぎにも程があるわ」


「あ、あはは……」


「でも、ありがとう。助けてくれて」


 亜子ちゃんはほんのりと頬を赤らめながらも、まっすぐに私を見つめて言ってくれた。


「うん!」


「ユキ! あとそこの子も!」


 私が元気よく頷いた直後、またも背後から叫び声が聞こえた。


 私と亜子ちゃんが振り返ると、そこには黒髭を生やし、黒いマントを羽織った中年の男性が居た。


「ウィスカーさん!」


「ウィスカーさん?」


 私の叫びに、亜子ちゃんが不思議そうな顔をする。


 私はもう一度頷いて、亜子ちゃんにウィスカーさんを紹介した。


「このヒトはウィスカーさん。鬼衛隊の元隊長なんだよ。元っていうのは、イアンさんの前の___」


「紹介は後だ!」


 でも、それは途中でウィスカーさん本人に遮られる。


「えっ?」


「呑気にわたしを紹介している場合ではないだろう! 早く逃げるぞ!」


「に、逃げる……?」


 必死そうなウィスカーさんに向かって、私はすぐに彼の意図を理解できず、呑気に首をかしげてしまった。

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