第223話 お言葉に甘えて
「ま、また!?」
グラグラと揺れる食堂__もとい校舎に揺さぶられながらも、何とかバランスを取ろうとする亜子ちゃん。
「これって……」
風馬くんが私と亜子ちゃんを見て言う。
私は頷いて、風馬くんの言葉を引き継ぐように口を開いた。
「あの時の地震と全く一緒! 考えたくないけど……多分、グリンさんだよ!」
言葉だけを聞いたら、私は冷静に今の現状を分析しているように聞こえるかもしれない。
でも実際、心の中ではものすごく混乱していた。
理解しようとしても、それを脳が拒んできていた。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
何で学校にまで来るの!? 明らかに普通の地震とは違う!
普通の地震も経験したことないんだけど、でもこの揺れは間違いなくグリンさんのハンマーで引き起こされたものだ。
何故なら、『横』ではなく『縦』に揺られているから。
「お、おい! 何か居るぞ!」
「えっ!? 天使……?」
食堂の外からは、そんな声が聞こえてくる。
ようやく揺れが止まったので、私達三人も慌てて食堂の外に出る。
「あっ、居た居た」
私達を見つけたとたん、妙に笑顔を輝かせるその人物。まるで、親しい友人と再会した時の反応のような……。
背中から黒みがかった羽を生やし、銀色に艶めく髪をふわふわとさせている。
その手には、やはり丸太のような太くて大きいハンマーが握られている。
やっぱり間違っていなかった。私達の想像通りだ。
__グリンさんがニコニコと笑いながら、私達に向かって歩いてきている。
「グリンさん……!」
私はグリンさんを睨み付けた。すると、
「俯首流涕。悲しいなぁ。そんなに怖い顔しないでよ。ユキ」
グリンさんが、私の名前を呼んだ。呼んでしまった。
私の名前が呼ばれたのを聞いて、周りの同級生達の顔色が変わった。
ぎょっと驚きながら、恐れおののきながら、顔を青くして私のことを見つめてくる。
どうして天使に名前を知られているのか。そして親しげに呼ばれているのか。
おかしい。ふざけている。どういうことだ。あり得ない。
明らかに、そんなことを思っているような表情だ。
「そうだ。ねぇねぇ、そなたのおじいちゃんに会ってきたよ」
「えっ!?」
聞き間違い? いや違う。そんな間違い方するわけない。
グリンさんが、おじいちゃんに会いに行った!?
おじいちゃんと会ったって言うの!?
「待って! 待って! おじいちゃんに何もしないで!!」
もしかしたら、もう遅いかもしれないのに。私の願いは届かないかもしれないのに。
それでも叫ばずにはいられなかった。
私が叫ぶと、グリンさんは目を丸くした。
「吃驚仰天。びっくりした。急に大声出すから……。何もしないでってどういうこと?」
「わ、分かってるでしょ……!」
身体が震える。視界が揺らぐ。地震のせいじゃない。
その先を、その理由を、言いたくなかった。言えなかった。
言えるわけ、ない。
おじいちゃんが、死んだかもしれないなんて。
その可能性は十分にあるのに、それを追及できない。
「普通に話して、お菓子とかもらって……。それだけだよ?」
考え込むように顎に指を当てて目だけで上を向き、自分で納得したように何度も頷くグリンさん。
「ほ、本当に……?」
「勿論。余が嘘ついたことあるかい?」
首をかしげるグリンさんに、亜子ちゃんがボソリと呟く。
「その余地は十分にあるでしょ」
しかし、その呟きは本人には届かなかったみたいだ。
グリンさんは、何事もなかったかのようにニコニコと笑みを浮かべている。
「俺、村瀬の家に行ってくる!」
突然、風馬くんが声をあげた。
「風馬くん……」
「前に村瀬、連れて行ってくれただろ? 道順は覚えてるから!」
風馬くんはそう言うや否や、床を蹴って走り出す。
「ふ、風馬くん!」
暫く呆然としていた私は、我に返ったようにハッとなって叫ぶ。
その時にはもう、風馬くんの姿はなかった。
「雪、今はこっちに集中して。柊木くんを信じるのよ」
叫ぶ私を、亜子ちゃんはグリンさんから視線を外さずに諭す。
そっか、そうだよね。
最初に私の名前を呼んだ時点で、グリンさんの目当ては私だ。
私が校内に居る限り、学校の皆の危険は消えない。
「う、うん。分かった……!」
私は意を決して走った。
とりあえず学校の外に出よう。
またハンマーを下ろされたら今度こそ学校が崩れちゃう。
私が学校の外に出れば、ひとまず皆は安全だ。
「ちょっと待ってよ。どこに行くの? ユキ」
グリンさんの声が追いかけてくる。
「ユキ、学校でいじめられてるんでしょ? 居場所がないんでしょ? そんな場所、守らないでよくない?」
「___!!」
ゾッとした。何でグリンさんがそのことを知ってるの!?
そ、それよりも、まずは学校の外に出るのが先決だ。
大丈夫大丈夫。落ち着け、私。
上靴のまま走り走り、私は校庭の土を踏んだ。
学校の敷地の外に出ても、グリンさんと暴れ回ることが出来るような場所はない。
近所の人達を危険に曝してしまうだけだ。
結局、学校の敷地からは出られなかったけど、校舎の中に居るよりは百倍もマシなはず。
それから私は校庭のほぼ中心と思われる場所まで走り、振り返ってグリンさんと対面した。
「あれ? どうしたの?」
グリンさんが不思議そうに首をかしげる。
「私が目的なんですよね。殴るなり蹴るなり、好きにしてください」
拳を握り、足を肩幅まで開いて仁王立ちのような体勢になる私。
もう何かされる心の準備は出来ている。
グリンさんに拳銃を向けられたあの時から___。
「へぇー。ふむ」
首を横に傾けたまま、グリンさんは口を開いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
首をまっすぐ元に戻して校庭の土を蹴り、ものすごいスピードで迫ってくる。
気付いた時には、グリンさんの挑戦的な笑みが目の前にあった。




