第222話 穴があったら入りたい
まどろみの中で、私は目を覚ました。
久しぶりに目に入る、イアンさん達の家の天井。繋ぎ合わされた板の目が少し懐かしい。
ベッドから起き上がって階段を降りてすぐのダイニングキッチンへ向かった。
「おはようございます、イアンさん」
「ああ、おはよう、ユキ」
「って、ええっ! ウィスカー前隊長⁉︎」
キッチンに立って朝食を作っているイアンさんが、振り返って私に挨拶を返してくれる。
ふと彼から視線を下ろした私は、ダイニングに先客が居たことに驚いて大声を出してしまった。
ダイニングの椅子に腰掛け、何だか決まり悪そうというか恥ずかしそうな表情を浮かべているのは、黒髭の吸血鬼____ウィスカー前隊長だった。
「やぁ、おはよう。お邪魔しているよ」
「お、おはようございます!」
私は慌てて深々とお辞儀をする。
すると、ウィスカー前隊長が声をあげて笑い出した。
「その『ウィスカー前隊長』って呼び方、初めてだなぁ」
「えっ⁉︎」
どうしよう。ウィスカー前隊長は笑ってるけど、やっぱり呼び方変えた方が良いのかな。その方が良いよね。
「えっと……じゃあ、ウィスカーさん、で」
結局、イアンさん達と同じ流れになっちゃった……。
でも確かに、私に『隊長』って呼ばれる筋合いはないよね。
ウィスカー前隊長____改め、ウィスカーさんにしてみれば。私は鬼衛隊でも、ましてや吸血鬼でもないのに。
私がウィスカーさんを『隊長』って呼ぶなんて、筋違いにもほどがある。反省反省。
「よろしく。ええっと、確か君は……」
満足げに黒髭を撫でてから、ウィスカーさんは不思議そうな顔で私を凝視する。
あ! そういえば、まだ正式な自己紹介してなかったっけ!
「改めましておはようございます。ユキと申します」
私がペコリと頭を下げると、
「ユキか。可愛い名前だね。よろしく」
か、可愛い⁉︎ 照れちゃう……! ダメダメ、ちゃんとしなきゃ。平常心平常心。
「朝ごはんできたけど、ユキも食べるかい? 今日も学校でしょ?」
「あ、はい! そうなんです。いただきます!」
何だかウィスカーさんの隣に座るのも躊躇われたので、私は一つ分空けた席に座る。
そしてイアンさんが作ってくれた朝食にありついた。
「イアンはいつもユキを送っているのか?」
「はい。ユキが泊まってくれた時はいつも僕が」
朝食の支度が済んだのか、イアンさんも席に座る。
私とウィスカーさんの間の席が空いているのを不思議に思ったのか、イアンさんはその席に座ったので、私とウィスカーさんに挟まれる形になった。
「じゃあ、今日はわたしが行こう」
口をつけていたコップを机に置くや否や、ウィスカーさんがそう言った。
「「ええっ⁉︎」」
唐突なウィスカーさんの言葉に、私もイアンさんも驚いてしまう。
「え、駄目なのか?」
「い、いや、そういう訳ではないですけど……」
「む、むしろ、有り難いです! でも申し訳ない気持ちの方が大きくて」
イアンさんと私が弁解すると、ウィスカーさんは声をあげて笑った。
「気にするな。人間界に降りるのは久しぶりだからな。ついでに色々散策したい」
「なるほど。でしたらよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします!」
イアンさんの軽い会釈に続き、私も勢いよく頭を下げた。そして、勢いよく机に頭をぶつけた……。
「痛っ!」
思わずぶつけた箇所を押さえると、二つ奥の席からウィスカーさんが顔を覗かせる。隣のイアンさんはびっくりしたような、引いたような表情だ。
「だ、大丈夫かね」
「はい……」
穴があったら入りたい気持ちになった。
まぁ、そんなこんなで朝食も終わり、色々と準備を済ませた私はウィスカーさんと並んで玄関の外に居た。
「じゃあ行ってらっしゃい、ユキ」
「はい! 行ってきます!」
昨日の時間割のままの制カバンを肩に担ぐ。帰ったら真っ先に時間割しないと……。
「【魔法陣】」
ウィスカーさんの詠唱で、私は亜人界から人間界へ転移した。
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再び目が慣れた時には、家が目の前にあった。
「ほぉ、ここがユキの家か」
「はい、そうなんです」
ニコニコ笑顔のウィスカーさんに向き直り、私はペコリとお辞儀をする。
「では、私はそろそろ学校に行ってきます。散策、楽しんでくださいね」
「ああ、ありがとさん」
ウィスカーさんは手を小さく振ると、学校とは真逆の方向に歩いていった。
それを確認しつつ、私は急いで家に入って時間割を済ませた。
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そして、時は流れて昼休み。私、風馬くん、亜子ちゃんは人のまばらな食堂に居た。
「えっ 天使に襲われた⁉︎」
「あ、亜子ちゃん! しーっ!」
大声で驚く亜子ちゃんに、私は慌てて静かにするよう促す。
いくら人の数がまばらだと言っても、他の人に聞かれたくないことだってある。
すると、亜子ちゃんはハッとして口を両手で塞いだ。
「ご、ごめん……」
覆った両手の下でモゴモゴと動く亜子ちゃんの口。
グリンさんのハンマーで地面に叩きつけられた時のすり傷は、当然だけど一日では治らなかった。
だから、私は絆創膏を顔や腕、足などに貼った状態で登校していた。
案の定、風馬くんや亜子ちゃんに心配され、少ーしだけ距離が縮まったはずの藤本剛くんからは怪訝そうな視線を送られたけど。
それで昼休みの人が少ない食堂を狙って、風馬くんと亜子ちゃんには何があったかを全て話したのだ。
吸血鬼領に行ったら、ルーンさんとフェルミナさんが助けを求めてきたこと。
それを追ったグリンさんと、何故か一般吸血鬼達に襲われたこと。
信じられないほどの威力だったグリンさんのハンマーにより、怪我をしてしまったこと____。
亜子ちゃんの大声の反応は、それを聞いた後のものである。
「にしてもそのグリンって天使、酷いことするよな。吸血鬼も人間も同胞の天使も、誰かれ構わず攻撃するなんてさ」
風馬くんが表情を曇らせる。
「そこまでの奴だったとはね。人は見かけによらないっていうか……」
亜子ちゃんも風馬くんに同調した後、再び私の方を見てきた。
「じゃあ、あたし達が王宮の外に居た時の地震は、グリンのハンマーによるものだったってことになるわよね」
「う、うん。攻撃された時もあの時の地震と同じ感じだったし、それで間違いないと思う」
「あいつ……!」
私達が地震についてグリンさんに尋ねた時、グリンさんは『自分の武器が原因』と言いながらも、手ぶらの状態だった。
言動が合っていなかったのは、おそらく愛用武器であるハンマーの存在を、私達に知られたくなかったからだろう。
そんな曖昧な態度を取られたことに、亜子ちゃんは歯ぎしりしながら怒っていた。
その時、またしても大きな地震が起こった。校舎がグラグラと音を立てて揺れ始めた____。




