第220話 目を覚ましてくれ
グリンさんの笑い声が、辺り一帯に響き渡っていた。
土煙が引いていく中で、地面に打ち付けられた私達は徐々に身体を起こしていく。
「み、皆……大丈夫、かい?」
最初に皆を心配する声をあげたのは、やはり鬼衛隊の隊長・イアンさんだった。
「う、うん、大丈夫……」
「俺もです。ありがとうございます、隊長」
「私も何の問題もありません」
イアンさんの声に、キルちゃん、レオくん、ミリアさんが答える。
「ハッ! ユキ! 大丈夫かい!?」
イアンさんはハッと目を見開くと、慌てて私の方へ駆け寄ってきてくれた。
そして、まだ上半身を起こした直後だった私を抱き起こしてくれる。
「あ、ありがとうございます……」
地面に打ち付けられた影響で身体の節々は痛むけど、自力で起き上がれないほどじゃない。
迷惑をかけちゃったな、と申し訳なく思いつつも、まずはお礼を口にした。
「フェルミナも」
「は、はい。ありがとうございます」
どうやら全員が無事だったみたいだ。良かった。
「吃驚仰天。驚きだよ。そなた達、余の攻撃を受けてもまだ生きてるんだ」
グリンさんは、私達を見下ろしてまたも驚きを口にした。
でもその表情は、驚きという感情とはかけ離れたものだった。
グリンさんは丸太のようなハンマーを肩に担ぎ、涼しい表情をしている。
きっとグリンさんは、私達のことを『たまたま運が良かった奴ら』としか思っていないだろう。
「皆! 皆! 大丈夫か!?」
焦ったような声がして家の方を振り仰ぐと、そこには荒い息をした白い短髪の女天使がドアに寄りかかりながら立っていた。
まだ痛む身体に鞭を打って、必死に出口の方まで歩いてきてくれたのだろう。
「ルーン!」
フェルミナさんが急いで駆け寄り、彼女の肩を抱く。
「私達は大丈夫だから、ルーンは安静にしてて。あなたが狙われているのよ?」
傷だらけの幼馴染みを見て、ルーンさんは苦しそうに声をあげた。
「だ、だが、我だけが安全地帯に居るのは納得がいかない!」
「お願いルーン。これ以上あなたに苦しんでほしくないの」
フェルミナさんの言葉にルーンさんが悔しげに歯を噛みしめていると、グリンさんが片手を上げてヒラヒラと左右に振った。
「やぁ、ルーン」
「貴様……! 何を涼しい顔をしているんだ!」
ルーンさんに睨みつけられたグリンさんは、彼女を嘲笑うかのように眉を上げた。
「やだなぁ。そなたも余に向かってくるつもり? 決着の時も余が呼び出した時も、少しだって勝てなかったの忘れちゃった?」
「それとこれとは話が別物ではないか! 関係のない吸血鬼やユキまで巻き込んでおいて……」
今も地面に伏したまま立ち上がることができない私と鬼衛隊の皆を見回してから、ルーンさんはもう一度グリンさんをまっすぐ見据えた。
「これは我とそなただけの問題だ。他の者を巻き込まないでくれ」
「へぇ。じゃあかかってくるの?」
「ルーン、やめて! 怪我が治ってないのよ⁉︎」
グリンさんが煽るように言い、フェルミナさんは慌てて止める。
それでも、ルーンさんは口角を上げて笑みを浮かべた。
「フェルミナこそ。傷だらけではないか。我だってそなたが苦しむところは見たくない」
「私は別に______」
フェルミナさんが大丈夫だという意思を伝えようとするより早く、
「【破滅鎚】」
グリンさんの詠唱とともに、またしても地面が上方に跳ね上がった。
予期していなかった揺れに対応できず、私達はされるがままになってしまう。
「皆!」
「皆様!」
かろうじて安全地帯に居たルーンさんとフェルミナさんは、私達を見て大声をあげた。
「ほらほら、どうしたの? ルーン。余と勝負しないのかい? 【破滅鎚】」
再び地面が大きく跳ね上がり、私達は強く打ち付けられる。
「やめろ! やめてくれ‼︎」
「ルーン!」
何とか顔を上げて天使達の方を見ると、私達の方へ来ようとするルーンさんをフェルミナさんが必死に引き留めていた。
「【破滅鎚】」
地響きのような音とともに視界が揺れ、私のお腹はまた地面に打ち付けられる。
「やめろおおおおぉぉぉっ‼︎」
雄叫びをあげて、ついにルーンさんはフェルミナさんの制止を振りきった。
「【陽神刃】!!」
腰に差した鞘から純白の剣を抜き、まっすぐにグリンさんへと走っていく。
「ふふふ、やっと攻撃してくれた」
グリンさんは嬉しそうに笑いながら、ハンマーを構えて待ち受ける。
「何故だ! 何故このようなことをした! そなたが勝手に我を憎んでいるだけではないか! それならば、我だけに復讐すれば済む話ではないか!」
グリンさんに向かって一方的に剣を振り下ろしながら、ルーンさんは関係のない吸血鬼や人間を攻撃する彼を糾弾する。
自分とグリンさん、二人の間の問題だと考えている彼女からすれば、怒り心頭になるのは当然のことだと思えるけど。
「どうせなら、全部壊した方が都合が良いでしょ?」
ルーンさんの素早い剣撃をハンマーで受けつつ、グリンさんはあくまでも朗らかに笑う。
「ふざけるな! そんなこと、本当にして良いと思っているのか!」
「勿論。じゃないと今ここに居ないよ?」
さも当然と言い切るグリンさんに、ルーンさんは認めるのを拒絶するように首をブンブンと振った。
「目を覚ましてくれ! 昔の……幼い時にいつもそばで、いつも笑顔で居てくれた優しいそなたは……一体どこに行ったん______」
「【破滅鎚】」
ハンマーを下から上へ振り、ルーンさんのお腹を殴るグリンさん。
「あああああっ!」
ルーンさんは既に怪我をしていた部位が重なったからなのか、とても痛そうな声をあげて後ろに吹っ飛んでいく。
「ルーン!」
「ルーンさん!」
フェルミナさんと私が同時に叫び、鬼衛隊の皆はハッと息を呑んだ。
「優しい余がどこに行ったのか? 何故今はそなたに復讐しているのか?」
ルーンさんが口にした疑問を繰り返したグリンさんは、天を仰いで笑い声をあげた。
ルーンさんに駆け寄って彼女を抱き起こすフェルミナさんも、上体を少し上げたルーンさんも、そんな銀髪の天使を見つめている。
天使間の事情を知らない私とイアンさん達は、何故グリンさんが笑っているのか全く分からなかった。
「貴様がそうさせたんだろうが‼︎」
銀色の瞳が豆粒のように小さくなるほどに目を見開き、グリンさんは初めて怒りの感情をむき出しにした。




