第218話 盲点だった
「天使も吸血鬼もまとめて潰す……? 何を言ってるんだ!」
イアンさんが眉を寄せて声を荒げる。
「言葉通りの意味だよ。それが余の目的なんだから」
グリンさんはまた両手を叩いた。もはや話し合いは不要だと言わんばかりに。
「そなた達、日頃の恨みを存分に晴らすんだ!」
日頃の恨み……? 一体どういうこと⁉︎
そんなことを考える暇も、状況を整理する暇もなく、吸血鬼達は怒りに満ちた咆哮をあげて飛びかかってきた。
イアンさん、キルちゃん、レオくん、ミリアさんは腰の鞘から剣を抜く___ことはせずに、襲いくる吸血鬼達を素手で受け止める。でも絶対に家の中に入らせない。
私はそんな状況をフェルミナさん、ルーンさんと一緒に見つめることしか出来ないでいた。
すると、今までニコニコと笑っていたグリンさんが背中から黒みがかった白色の羽を生やし、バサッと音を立てて空中を浮遊した。
グリンさんは羽を大きく動かし、飛躍して難なく家の中に入ってきた。
「なっ……! グリン!」
「そなたの相手は余じゃないでしょ?」
イアンさんが叫ぶけど、首だけで彼が居る出口の方を振り返って勝ち誇ったように笑うグリンさん。
「ユキにも天使にも手出しは______ぐっ!」
イアンさんは次々に襲いかかってくる吸血鬼達から逃れ、何とか私達の方へ行こうとしてくれる。
でも、それを阻むように拭い去れないほどの吸血鬼がのしかかってくるため、なかなか私達の方へ来られない。
「何なのこいつら! この間の襲撃で、だいぶ王宮の牢に入れたはずなのに……!」
「馬鹿だなぁ。そなた達が一番知ってるでしょ? この亜人界で一番数が多いのは吸血鬼。どれだけ捕まえようとなかなか減らないんだって」
「そうか……隊長!」
レオくんが、何かを思い出したかのようにイアンさんを呼ぶ。
「確かに、王宮を襲撃しにきた奴らには、俺達の気持ちとかちゃんと説明して納得してもらえた感じです! けど、あの時王宮を襲撃していなかった他の一般吸血鬼達は、そのこと自体知らないんですよ!」
「それにその後、彼らをすぐに牢に入れてしまいましたから、そのことを伝える術もありません……」
ミリアさんが悔しそうに言い、イアンさんが歯を噛みしめる。
「なるほど、そういうことか。それは盲点だった。彼らがあの場で僕達の気持ちや本当の状況を把握できても、それを一般吸血鬼全員に伝えられなかったから……!」
王宮を襲撃に行かずに待機していた吸血鬼達は、襲撃した仲間達がどうなったかさえ知らない状態。
襲撃組がなかなか帰ってこないから、ひょっとすると王宮側が何かしたのかも、と他の待機組が考えるのは自然のことだ。
そして彼らに王宮に襲撃する勇気はなくても、王都にある鬼衛隊の家なら簡単に襲うことができる。
実際問題は別として、王宮と普通の家を比較対象にした時に圧倒的にハードルが下がるのは鬼衛隊の家だ。
この吸血鬼達はもしかしたら、そうやって考えてるのかも。そこにどうしてグリンさんが居るのかは不明だけど……。
「ユキ! グリンから出来るだけ距離を取るんだ!」
「は、はい!」
私はイアンさんの指示に従い、グリンさんを見つめたままズリズリと後ずさる。
「ユキ様、こちらに」
すると、それを見たフェルミナさんが私を引き寄せ、自分の後ろに隠してくれた。
「あ、ありがとうございます……!」
「今までのお詫びです。行動として返させてください」
フェルミナさんはにこりと微笑むと、黒い拳銃を取り出して迫ってくるグリンさんに向けた。
「そなたもまた余に倒されるつもり?」
小首を傾げ、フェルミナさんを嘲笑うような口調のグリンさん。
「まさか。私がルーンとユキ様をお守りします」
「なら、消えてもらおうか!」
「があっ!!」
「フェルミナ!」
「フェルミナさん!」
「大丈夫です……」
フェルミナさんはそう声を漏らすと、背中から白い羽を生やして浮遊した。
出口を塞いでいる吸血鬼達を蹴散らし、鬼衛隊の家から飛び出す薄紫の髪の天使を追って、銀髪の天使も羽を羽ばたかせる。
「ありがとう、フェルミナ!」
イアンさんが声をあげ、側で一緒に戦っていたレオくんにアイコンタクトを送る。
レオくんは頷くと、たくさんの吸血鬼達に向かって掌をかざした。
「【炎嵐】!」
詠唱したとたん、吸血鬼達の周りを赤々と燃える火炎が覆う。
突然の火炎に、吸血鬼達は明らかに戸惑った様子だ。
「これ以上暴れたら、今度はお前達の身体を直接焼くぞ」
レオくんは怒りのこもった口調でそう言うと、ぐるりと吸血鬼達を見回した。
「わ、分かった!」
「くっ、仕方ねぇ……!」
慌てて素直に従う者、悔しげに諦める者など反応は個々によって様々。それでも、何とかその場は丸く収まってくれたみたいだ。
「牢獄の中で、自分達の行いを反省してくれ。【魔方陣】」
イアンさんは静かな声で詠唱すると、無数の吸血鬼達の足元に魔方陣を出現させた。
淡い水色の光を放つそれは、みるみる彼らを吸い込んでいく。
「イアンさん!」
私は思わず、家の外へと飛び出した。
「ユキ、もう大丈夫だよ。あいつらは王宮に送った」
イアンさんは魔法を消しつつ、トランシーバーをかかげて言った。どうやら、戦闘中でも王宮への連絡を怠らなかったみたいだ。
「はい!」
私も嬉しくなったのと安心したのとで、元気よく返事をした。
と、その時だった。
「うっ!!」
呻き声とともに、フェルミナさんの身体が吹き飛ばされてくる。
「フェルミナさん!」
地面を転がったフェルミナさんの身体は、見るに耐えないほどにボロボロだった。
彼女が持っていたはずの拳銃はその手にはなく、あちらこちらから出血している。
それでも、フェルミナさんは何とか身を起こして私に言ってくれる。
「ユキ様、お下がりくださ___」
「次はそなただねっ!」
その瞬間、グリンさんが私に向かって発砲してきた。
パン! と軽快な銃撃音が響き渡った。




