第217話 一石二鳥
ルーンさんとフェルミナさんが、イアンさん達の家に来てから三日目の朝。
フェルミナさんは、『もう怪我は治った』と言って天界へ行く準備を始めていた。
そんな彼女が心配で、私は思わず声をかけてしまう。
「フェルミナさん、本当にもう大丈夫なんですか?」
フェルミナさんは私の方を振り返ると、口角を上げて笑みを浮かべ、
「ええ。天界のことが心配ですし、何よりフォレスとウォルに、これ以上の負担をかけるわけにはいきませんから」
「で、でも……」
「ユキ様は本当にお優しい方ですね。心配して頂かなくても私は大丈夫ですよ。ほら、もう傷も塞がっています」
両手を広げてくるりと回り、フェルミナさんは自分が健康体であることをアピールする。
それでも酷い怪我だったんだ。無理は禁物だ。私が止めようと口を開きかけると、
「分かった。君が言うなら僕は止めないよ」
「い、イアンさん!?」
フェルミナさんの意思を尊重すると言い出したのは、他でもない鬼衛隊長のイアンさんだった。
「僕達が止めても彼女は行くよ。夜中に家を抜け出したりして、ね」
「さ、さすがにそのようなご無礼は致しませんが……」
引き笑いをするフェルミナさんの肩に手を置いて、イアンさんは優しく言った。
「自分の世界を心配する気持ちは、僕もよく分かる。だから行っておいで。天兵長のことは僕達に任せて」
「イアン様……。本当にありがとうございます」
フェルミナさんがイアンさんにお礼を言った時だった。
「ううっ……!」
突然、ベッドの方から呻き声がして私達が振り向くと、ルーンさんがうっすらと目を開けていた。
「ルーンさん?」
「ルーン!」
私達はすぐさま駆け寄り、ルーンさんを見下ろす。
「フェルミナ……」
「やっと目を覚ましたのね! 良かったわ」
フェルミナさんは大粒の涙を流しながら、横たわったままのルーンさんに抱きついた。
「フェルミナ……良かった……」
「私のことなら心配しないで。もう大丈夫なんだもの」
フェルミナさんが言うと、ルーンさんは唐突に顔を曇らせて首を振り、
「いや、違う。フェルミナがグリンに殺される夢を見たんだ」
「私が、グリン様に?」
フェルミナさんは驚いたように目を丸くした後、
「まぁ、でも、確かにそのうち殺されちゃうかもしれないわね。あれだけ反感を買うようなこと言っちゃったんだもの」
「何を言う。そんなこと、我が許さぬ」
まだ意識が戻って数秒だけど、ルーンさんのその意思だけははっきりとしていた。
「ふふ、ありがとう。私だってみすみす殺されるわけにはいかないわ。ちゃんと自衛はするわよ」
「だと……良いのだが」
「それよりも」
フェルミナさんはルーンさんが横たわるベッド______ルーンさんの身体とベッドの隙間___に腰をかけると、ルーンさんの透き通るような白髪を撫でた。
「ルーンは自分のことを心配して。私はともかく、あなたの怪我はまだ治ってないんだから」
「し、しかし___」
「たまには、私の命令も聞いてほしいな」
フェルミナさんはニコリと笑うと、再び出口へと向かった。
彼女がドアノブに手をかけた瞬間。
家が、吸血鬼領が、亜人界が揺れた。
突然の揺れでバランスを取れなかった私は、後ろに倒れかけてしまう。
「ユキ!」
でも、イアンさんが抱き止めてくれたので、何とか事なきを得た。
「あ、ありがとうございます……」
恥ずかしい……! 皆自分でちゃんとバランス取ってたのに、私だけ転びそうになっちゃった……!
「一体何があったんだ……。こんなに揺れるなんて初めてだよ」
イアンさんは神妙な顔つきで独りごちると、
「フェルミナは天兵長のそばに居て!」
「勿論です!」
フェルミナさんにそう指示を出し、彼女が了承したのを見届けてから足早に家の外に出る。
キルちゃん、レオくん、ミリアさん、遅れて私も飛び出した。
「なに……これ……」
信じられなかった。
私達が家の外へ出て目にしたのは、家を取り囲むようにして立っている無数の吸血鬼達だった。
まるで、王宮を襲撃しに来た時と同じように、皆怒りの剣幕で私達を睨みつけてくる。その目も血走っていた。
「どういうことなんだ……。皆、何があったんだ⁉︎」
イアンさんが皆に尋ねるけど吸血鬼達は答えない。そして、
「鬼衛隊が出てきたぞ!」
「潰せ! 潰せ!」
「中の天使もだ!」
一斉に色々なことを叫びながら、吸血鬼達はズカズカと家の中へ押し入ろうとしてくる。
「ちょ、ちょっと待って!」
「勝手に入ってくるな!」
「どうして……! 皆様、落ち着いてください!」
キルちゃん、レオくん、ミリアさんも吸血鬼達を必死に押さえる。
「ユキは下がって‼︎」
イアンさんの叫び声が聞こえた瞬間には、私の身体は大きく後ろに飛ばされていた。
フェルミナさんが受け止めてくれたから、さっきみたいに転げることもなかったけど。
「どうしよう……! 相手が皆だから下手に手出し出来ないよ、イアン!」
「あ、あぁ! ここは押し切るしか______」
キルちゃんの言葉にイアンさんが答えていると、
「はい、そなた達、ストップ!」
高らかな声とともにパチンと両手を合わせたような軽い音。
それを合図に、吸血鬼達は何故かすんなりと家の中に入ろうとするのをやめた。
血走っていた目も今は元通り。でも、イアンさん達鬼衛隊に対する敵視の目は健在だった。
「まさか……!」
家の奥でルーンさんを守っていたフェルミナさんが、青い顔をする。
聞き覚えのある声、独特な他人の呼び方。私の脳裏をよぎるのは一人だけだ。
そう思っていると、その人物が吸血鬼達を割って現れた。颯爽と歩きつつ、銀色の髪をふわふわと揺らす彼が。
「グリン様……!」
フェルミナさんが絶望したかのような声を漏らす。
予想は的中。この吸血鬼達の主格はグリンさんだ。
でもどうして天使が吸血鬼を統治してるの? という疑問が湧いてきたけど、すぐにその理由は私の中で出た。
ウィスカー前隊長が言っていたように、グリンさんは過去にも、そして今もウィスカー前隊長と関わっていた。そんな彼なら吸血鬼達を統治することなんて、造作もないことだと思えてくる。
「やっぱりそうだね。そなたは吸血鬼達を頼ってくれた。ありがとう」
「何故、グリン様がお礼を申されるのですか」
フェルミナさんの顔に警戒心が宿る。
「全部余の計算通りだからさ。そなた達がルーンを処置できないくらいボコボコにすれば、そなた達はきっと吸血鬼を頼るって思ったんだ」
そんな! じゃあグリンさんは、ルーンさんとフェルミナさんがイアンさん達の家に逃げ込んでくることまで分かってたんだ!
いや、分かってたと言うよりは彼女達が彼の策略にまんまと嵌ってた、って言った方が正しいけど。
「そしたら吸血鬼も天使もまとめて潰せる。一石二鳥でしょ?」
グリンさんは、そう言って嗤った。




