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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第215話 お願いします

 その日、私はいつものようにイアンさんに迎えに来てもらい、亜人界の吸血鬼領に転移していた。


 イアンさん達も王宮を去り、普通に吸血鬼領の家で過ごしているそうだ。


 鬼衛隊の家に着いてから、私は皆に学校での出来事を話した。と言っても悩み相談じゃない。


 今日はどんなことがあった、とか、こんなことをした、とか。他愛のない事後報告のようなものだ。


 この世界に転移し始めた頃は、学校関連の話題と言えば『ひとりぼっちで皆から苛められてて……』といったことしかなかったけど、亜子(あこ)ちゃんが私への態度を良い方へ変えてくれた今では、そんな話題は一切ない。


 そのことに、イアンさん達も安心してくれたようだ。まぁ、心配ばかりかけてきちゃったし、私が人間界で上手くやっていくことが、皆への恩返しになるよね。


 完全な恩返しとまではいかなくても、イアンさん達が安心してくれてるみたいで私も嬉しい。


 学校に行くのも全然嫌じゃなくなったし、おじいちゃんに心配させちゃう要素もなくなったし、本当に良かった。


 皆とお喋りをしながらそんなことを考えていると、急に家の外から叫び声が聞こえてきた。


「て、天使よ!!」


「お、おい! 天使が来たぞ!」


 女性と男性の吸血鬼の声を筆頭に、一気に外が騒然となる。


「イアン!」


「ああ!」


 明らかな異常に敏感に反応した鬼衛隊の皆は、座っていた椅子から素早く立ち上がる。そして、キルちゃんがイアンさんに向かって叫び、イアンさんも彼女に向かって頷き返す。


 そうやって私達は急いで家の外へと飛び出した。


 吸血鬼達は混乱したように逃げまどいながら、しきりに空を見上げていた。それに倣うようにして私達も天を仰ぐと、吸血鬼達の言葉通りに二人の天使が空を飛んでいた。


 ただ、いつもの悠然とした飛び方ではない。フラフラ、フラフラと右往左往しながら飛んでいるのだ。しかも、一方がもう一方を抱えながら。


「イアンさん」


「うん、何か様子がおかしい」


 イアンさんも気付いてくれたみたいだ。私が彼を呼ぶと、真剣な表情で頷いてくれた。


 と、ずっと空を見上げていたレオくんが叫んだ。


「隊長! こっちに来ます!」


 彼の言葉通り、二人の天使が不安定に着地する。その天使は___。


「フェルミナさん! それに、ルーンさんも!」


 私が思わず叫ぶと、ルーンさんを抱いたままのフェルミナさんはうつろな瞳で私達を見つめた。


「お、お願いします……吸血鬼の、皆様……」


 途切れ途切れに話すフェルミナさんの額___薄紫の髪と肌の間から、赤黒い血が流れていた。


 彼女の外見を一目見た私達は息を呑んだ。私達を代表するように、イアンさんが口を開く。


「その傷は……!」


 それでも、フェルミナさんはブンブンと首を振って、


「私のことは、構いません……。ルーンを……ルーンをお願いし___」


 体力が限界を突破してしまったのだろう。フェルミナさんは最後まで言い切ることなく、地面へと崩れ落ちていく。


「フェルミナ様!」


 幸いにも、ミリアさんが反射的に動いてフェルミナさんを抱き止めた。


 それを見届けたイアンさんが、的確な指示を出す。


「ミリア! フェルミナを運んで! 僕は天兵長を運ぶ!」


「承知致しました!」


「ミリアさん、手伝います」


 意識を失ったフェルミナさんを運び始めたミリアさんを、レオくんが支え、二人でフェルミナさんを家まで運んでいく。


「私も運ぶ! イアン!」


「ありがとう、キル」


 既に意識のなかったルーンさんを運ぶイアンさんを、キルちゃんが手伝って、私達は家の中に入った。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 それから私達は、大急ぎでフェルミナさんとルーンさんの治療体制に入った。


 使うのはミリアさん専用の救急箱に入っている道具だ。


 傷口を消毒して包帯や絆創膏を貼る。一通りの応急処置が終わってからはミリアさんが治療魔法を施してくれた。


「ひとまずは、これで大丈夫だと思います」


 額の汗を拭いつつ、ミリアさんが言った。


「ありがとうございます、ミリアさん」


「いえいえ、これが(わたくし)の仕事ですから」


 ふんわりと笑う彼女を見て、私の中にある疑問が浮上する。


「そう言えば、もう大丈夫なんですか? 前は回復魔法が弱くなってるって仰ってましたけど……」


「ええ、ご心配をおかけして申し訳ありません。たとえ『能力の低い役立たず』であっても、今の自分に任された責務を全うしようと、そう思えるようになりましたので」


 そう話すミリアさんの表情は、本当に迷いを克服したかのような清清しい表情だった。


 テインさんから、王宮でのミリアさんのことを聞いたときはすごく心配だったけど、ちゃんと自力で自分の気持ちに踏ん切りをつけたみたいだ。


 すごいな、ミリアさん。


「ミリアさんは、全然『能力の低い役立たず』なんかじゃないですよ。とても頼りになる素敵なヒトです」


 感心のあまり本音をこぼしてしまったけど、ミリアさんは心の底から嬉しそうな表情でお礼を言ってくれた。


「ありがとうございます、ユキ様」


「___っ」


 と、ベッドに横たわるフェルミナさんの眉が小刻みに動いた。そして、ゆっくりと彼女の瞳が開く。


「あっ、フェルミナさん!」


 私が椅子から立ち上がると、フェルミナさんは数回瞬きをしてから焦点を私に合わせた。


「ユキ……様……」


「大丈夫です___」


 よほど心配で不安で、たまらなかったのだろう。私が『大丈夫ですか?』と声をかけるより早く、フェルミナさんは口を開いた。


「ルーン……ルーンは……」


 まだ痛む傷に顔を歪めつつ、フェルミナさんはルーンさんの心配をする。


 そんな彼女に、ミリアさんが優しく声をかけた。


「天兵長は(わたくし)が治療させて頂きました。今はまだ眠っておられますが、すぐに目を覚まされると思います」


「そう……ですか。ありがとう、ございます」


 フェルミナさんは安心したように口角を上げて、ミリアさんにお礼の言葉を述べる。


「フェルミナさん、一体何があったんですか?」


 私の質問を聞いたフェルミナさんの表情が、少し暗くなってしまった。余計な質問をしてしまったと後悔していると、フェルミナさんは重い口を開いてくれた。


「じ、実は、ルーンがグリン様に襲われてしまったんです」

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