第213話 お返しだよ
グリンに首を絞められ、腹部をハンマーで叩かれるルーン。
廃墟の冷たい床に横たわる彼女の上には、かつての恋人が馬乗りになっている。
もう、自分はグリンに殺されるのだ。
ルーンは確信した。
「グリン様!」
___この声が聞こえるまでは。
「ふぇ……ふぇる……みな……」
ルーンは何とか頭を上げて、声のした方を見た。
彼女の目に飛び込んできたのは、黒い銃を構えた薄紫の長髪の天使___フェルミナだった。
「……何? フェルミナ」
グリンが手を止めてフェルミナを見上げたので、ルーンはその間だけでも息を吹き返すことができた。
「何、ではありません! ルーンに手を出さないでください!」
フェルミナの言葉に、一切の躊躇は感じられない。ただまっすぐに、ルーンのためを想って訴えてくれている。
だがそれよりも、ルーンは不思議に思っていた。
王宮に残していったはずのフェルミナが、どうしてこの廃墟の場所を、この中にルーンとグリンが居ることを知っていたのか。
「ふぇる……みな……」
「ルーン! 大丈夫⁉︎」
ルーンが声の出ないなりに精一杯フェルミナの名を呼ぶと、彼女は急いで駆け寄ってきてルーンを抱き起こしてくれた。
「何故……ここが……」
途切れ途切れになりながらも質問すると、フェルミナはどこか安心したような表情で言った。
「勿論、あなたのことをつけてたのよ。絶対大丈夫じゃないと思って」
本当に予想通りだったわ、と嘆息するフェルミナ。
ルーンは心の底から申し訳なかった。フェルミナに心配をさせただけでなく、こうしてグリンと対峙させてしまっている。
なにより、自分自身が情けない。
天界の天兵軍、そのトップの立場に君臨する者としてあるまじき事態である。
部下に迷惑をかけて、自分が尾行されていたことにも気付けなかったのだから。
「す、すまない……。フェルミナに……迷惑をかけるつもりは______」
「大丈夫よ、気にしなくても。私が好きでやったことだもの」
フェルミナはルーンに向かって優しく微笑むと、顔を正面に向けてグリンをまっすぐに見据えた。
「グリン様、改めてお伺いします。どうしてルーンを傷付けるような真似をされているのですか?」
「そなたには関係ないでしょ?」
手を腰にやり、呆れた様子のグリン。
せっかくルーンに対する復讐に踏み切っていたのに邪魔されて、非常に不満そうである。
それでも、フェルミナは叫んだ。
「関係あります!」
訝しげに、グリンの眉が動く。
「私は、天兵長の第一部下です。何より、彼女の幼なじみですからっ!」
フェルミナはルーンの両肩を強く抱いてから地面にゆっくりと横たわらせ、拳銃を構えて立ち上がる。
まさに宣戦布告である。
それを真っ向から突きつけられたグリンは、ハンマーを肩に担いで楽しそうに嗤った。
「ふん、良いよ。そなたもめちゃめちゃにしてやる」
「ふぇる……! ぐっ!」
ルーンはフェルミナを止めるべく起き上がろうとしたが、腹部の痛みが襲ってそれは叶わなくなる。
あのハンマーの威力は、ルーンが一番よく知っている。フェルミナが助けに来てくれる直前まで攻撃を受けていたのだ。
だから、あの攻撃を受けたらどれほどの激しい痛みが襲ってくるか、もう既にルーンには分かっている。
フェルミナにはそんな苦痛を味わってほしくない。その一心で、ルーンは自分を庇うように立つ天使へと手を伸ばす。
「だ、駄目……だ……!」
しかし、そんな願いもむなしく。
フェルミナはかけ声をあげながら力強く床を蹴ると、大きく踏み込んでグリンへ突撃していった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
天兵軍のエースとして『エンジェラ』の姓を賜った三人。
彼らは今、天界の中にある廃墟に集結していた。
と言っても、そのうちの一人は重傷を負って地面に横たわっている。
残りの二人は、互いを潰し合うかのように激しい戦闘を繰り広げていた。
「へぇ、なかなかやるじゃないか。瞠若驚嘆。驚きだよ」
廃墟の地面に丸太のようなハンマーを叩きつけながら、グリン・エンジェラは目を見張る。
自分に向かって飛びかかってきたフェルミナ・エンジェラが、予想していたよりもしぶとく挑んでくるからだろうか。
しかし、そんなことなどフェルミナは知るよしもない。
ただ、幼なじみのルーン・エンジェラを傷つけられた怒りで無我夢中に銃弾を発砲していた。
グリンはそれを華麗に避けていき、彼女の進行方向の地面をハンマーで鋭く叩きつける。
たちまち土煙が上がり、フェルミナの視界はそれで覆われた。
「グリン様! 正々堂々と勝負をなさってください!」
フェルミナは辺りを必死に見回しながら、グリンが潜んでいる場所を探し当てる。
すると、土煙の外側から声がした。
「やだなぁ。余がズルしてるって言うのかい? 余は正々堂々勝負してるよ。これも作戦の内なだけでね!」
だんだんと、声が近付いてくる。
フェルミナは必死に耳を澄まして、グリンが襲いかかってくるだろう方向を見当する。
そして、
「そこっ!」
狙いを定めて引き金を引く。
パァン! と軽快な音がして、土煙が立ち上る中に一筋の隙間ができた。銃弾が飛んでいったのだ。
「へぇ、ちゃんと分かってたんだ」
奇しくも、フェルミナが放った銃弾は命中していた。
___グリンの左羽に。そこに、小さくて丸い穴が空いていた。
状況だけを見れば、フェルミナが一手を取ったと言えるかもしれない。しかし、グリンはたとえ左の羽を撃たれても、何事もなかったかのように平然と宙を浮遊している。
「き、効いてない……!?」
フェルミナは目を疑った。
グリンの羽を撃てば、少しでも彼の方向感覚が鈍ったり上手に飛べなくなったりするだろう、と踏んでいたからだ。
そうすれば、自分の実力が彼に及ばずとも勝負の行く先を有利に運ぶことができるに違いない、と。
「残念。余はこんなことじゃ倒せないよ?」
グリンは片頬を上げて目を細め、丸太のような太さのハンマーを肩に担いだ。
「じゃ、反撃開始といこうか!」
驚き呆気に取られているフェルミナを尻目に、グリンはものすごい速さで迫ってきた。
今、反撃しても銃弾が鈍るだけだ。急いで受け身を取らなければ。
そう思考している間に、フェルミナは右に傾く感覚を覚えた。
ハッとして右方向を見ると、グリンの手がフェルミナの羽を掴んでいた。
それにフェルミナが気付いたその直後だった。
「お返しだよ!」
グリンはそう言うと、フェルミナの羽を掴んで引きずり、彼女の身体を力強く地面へ叩きつけてきた。
「ああっ!!」
フェルミナが背中を強く打ち付けた瞬間、ビリッという音がした。
冷たい地面に、無数の白い羽が散らばった。




