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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第212話 申し訳なかった

「グリン……」


 暗闇からその姿を現した銀髪の天使を見て、思わずルーンは気を引き締めてしまう。


 そしてそれは表情にも表れていたようで、グリンが肩をすくめて言った。


「そんなに怖い顔しないでよ。遺憾千万(いかんせんばん)。残念だなぁ」


「す、すまない」


 本当に残念そうな表情のグリンを見ていると、ルーンの中から自然と申し訳ないという気持ちが溢れてくる。


 悪いな、と思いながら謝ると、グリンは嬉しそうに口角を上げた。


「まぁ、あんなことがあったんだし、仕方ないか」


 それから自分の中で納得したかのように何度も頷くと、グリンは深々と頭を下げてきた。


 一体どうしたのか、とルーンが驚いていると、


「申し訳なかった。君を傷つけるつもりは毛頭なかったんだ。ちょっと、遊び半分のつもりでね」


「め、珍しいな。グリンの方からこんなに真面目な謝罪をしてくるなど」


「当たり前じゃないか。君は余を何だと思ってるんだ」


 折っていた腰をまっすぐにして、グリンは真剣に問いかけてくる。


 やはり謝りたいというのは本当だったんだな、と思いながら、ルーンはグリンの問いかけに答える。


「元彼氏……?」


「正解」


 指をパチンと鳴らして、グリンは茶目っ気たっぷりに片目を瞑るが、


「って、違う違う! 今はそなたに謝罪させてくれ! 本当に、本当に申し訳なかった!」


 すぐに目的を思い出したのように、また勢いよく頭を下げた。


 二度も頭を下げられてしまい、今度はルーンの方が申し訳ない気持ちになってしまう。


 実際、ルーンにも落ち度はあった。


 グリンだけが100%悪いという訳ではないのだから。


「だ、大丈夫だ。気にするな。それに、我も勝手にそなたを王宮から追い出してしまってすまなかった。あの日以来、ずっとこんな場所で暮らしているのだろう?」


 薄暗い廃墟の中を見回しながら、ルーンは尋ねる。


「ま、まぁね」


 恥ずかしそうに銀髪を掻くグリンに向かって、彼と同じようにルーンは深々と頭を下げた。


「ひもじい思いをさせてしまって、我の方こそ申し訳ない」


 ルーンがグリンを王宮から追い出すなどと酷いことをしなければ、今もグリンはこんなに貧しい生活を送らなくて済んでいたはずだ。


 それとも、今までこんなにも貧しい環境で生きてきたからこそ、王宮に顔を出してきたのだろうか。


 ある種、ルーンに対する彼なりのSOSだったのかもしれない。


 貧しい生活から抜け出したくて、王宮にやって来たのではないだろうか。


 まだ本当のことなど何も分からない状態だが、ルーンは勝手にそんな想像を繰り広げてしまう。


「あ、頭を上げてよ、ルーン。余の方こそ本当にごめん」


 色々なことを考えながらも、ルーンが頭を下げ続けていると、今度はグリンが慌てたように言った。


 言われた通りに顔を上げたルーンの目に飛び込んできたのは、三度目の謝罪をしているグリンの姿だった。


「グリン、そなたこそ頭を上げてくれ」


 それでも、グリンは答えない。黙ったまま頭を下げ続けている。


 何とかして彼に頭を上げてほしいと思ったルーンは、取って付けたように言った。


「我はもう大丈夫だ。ほら、この通り、そなたの方まで歩けるまでになったじゃないか」


 ようやく思い通りに動くようになった身体を動かし、グリンの元へと歩む。


 だがルーンが彼の足元まで歩いても、グリンは頭を上げなかった。


「グリン……」


 もはや何を言っても頭を上げようとしないグリン。


 それほどまでに反省してくれているのだろうか。


 今までの悪意に満ちた『堕天使』は、もうグリンの中にはないのかもしれない。


 ルーンがそんなことを思っていると、グリンが唐突に口を開いた。


「なんてねっ!」


 グリンの瞳が怪しく光った___と思った時には、ルーンの身体はものすごいスピードで後ろへと飛ばされていた。


「ぐわっ!」


 硬い地面に背中を打ち付け、そのままザザザと転がったルーンは、強い衝撃のあまり苦しげな声を漏らす。


 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


 怪しく光るグリンの瞳が目前に迫った頃には、それが遠くなって背中に強い衝撃が走ったのだから。


「な、何をっ……!」


 何とか身を起こしつつ尋ねると、グリンは不自然に口角を上げていた。


 片頬だけを上げたような、歪んだ笑みが彼の顔に浮かぶ。


「余が素直に謝るとでも思ったのか? 全く、そなたは本当に馬鹿だなぁ」


 銀髪をかき上げながらルーンを見下すように、グリンは嗤う。


 ___なんてね。


 ___素直に謝ると思ったのか?


 ___本当に馬鹿だなぁ。



 グリンの発した言葉が、ルーンの脳内を俊足で駆け巡っていく。


 自分は騙されていたのか。


 暫くして、ルーンはそんな結論に辿り着いた。それ以外に考えられなかった。


 では、あれか。あの真剣な謝罪も真剣な言葉も、全て嘘だったということか。全て偽物だったのか。


「グリ……ン……?」


 理解できなかった。


 今の今まで、昔のように心の底から笑い合っていたではないか。表裏のない無邪気な笑みを浮かべてくれていたではないか。


 それもこれも、全てルーンを欺くための策だったと言うのか。


「グリ___ぐっ!!」


 もう一度、彼の名を呼ぼうと口を開いた瞬間、ルーンの喉を空気が通らなくなった。


 いや、違う。グリンの顔が目と鼻の先にある。そして首に感じる強い感覚。


 グリンは、ルーンの首を両手で掴み、強く強く締め付けてきた。


「余は天兵長になりたかったんだ。その実力も十分にあったんだ。それなのに、コネのせいで……。貴様のせいで……!」


 キリキリと、首が締め付けられる音がする。


 ルーンが心の中で必死にグリンの名を叫んでいると、グリンは空中に手をかざした。


 何もなかった空中から、大きくて太いハンマーが音もなく出現する。王宮で決着をつけるために戦ったとき、一瞬だけ見えたものだ。


 それが、今はハッキリと見えている。


「貴様さえ居なければ、余は天兵長になれてたんだよ?」


 グリンは自嘲するような口調で言いながら、大きくハンマーを振りかぶった。その直後。


「ぐっ!!」


 身体が破裂するかと思うほどの激痛が、ルーンを襲った。


 グリンは躊躇なく、ルーンの腹部をハンマーで叩いていく。


 その間も、首を掴む力は緩められることなどない。


 今後こそ、本当に殺される。


 ルーンは察した。これは紛れもない復讐である、と。


 ___ああ、グリンは我を恨んでいたのか。ずっと、ずっと前から。

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