第212話 申し訳なかった
「グリン……」
暗闇からその姿を現した銀髪の天使を見て、思わずルーンは気を引き締めてしまう。
そしてそれは表情にも表れていたようで、グリンが肩をすくめて言った。
「そんなに怖い顔しないでよ。遺憾千万。残念だなぁ」
「す、すまない」
本当に残念そうな表情のグリンを見ていると、ルーンの中から自然と申し訳ないという気持ちが溢れてくる。
悪いな、と思いながら謝ると、グリンは嬉しそうに口角を上げた。
「まぁ、あんなことがあったんだし、仕方ないか」
それから自分の中で納得したかのように何度も頷くと、グリンは深々と頭を下げてきた。
一体どうしたのか、とルーンが驚いていると、
「申し訳なかった。君を傷つけるつもりは毛頭なかったんだ。ちょっと、遊び半分のつもりでね」
「め、珍しいな。グリンの方からこんなに真面目な謝罪をしてくるなど」
「当たり前じゃないか。君は余を何だと思ってるんだ」
折っていた腰をまっすぐにして、グリンは真剣に問いかけてくる。
やはり謝りたいというのは本当だったんだな、と思いながら、ルーンはグリンの問いかけに答える。
「元彼氏……?」
「正解」
指をパチンと鳴らして、グリンは茶目っ気たっぷりに片目を瞑るが、
「って、違う違う! 今はそなたに謝罪させてくれ! 本当に、本当に申し訳なかった!」
すぐに目的を思い出したのように、また勢いよく頭を下げた。
二度も頭を下げられてしまい、今度はルーンの方が申し訳ない気持ちになってしまう。
実際、ルーンにも落ち度はあった。
グリンだけが100%悪いという訳ではないのだから。
「だ、大丈夫だ。気にするな。それに、我も勝手にそなたを王宮から追い出してしまってすまなかった。あの日以来、ずっとこんな場所で暮らしているのだろう?」
薄暗い廃墟の中を見回しながら、ルーンは尋ねる。
「ま、まぁね」
恥ずかしそうに銀髪を掻くグリンに向かって、彼と同じようにルーンは深々と頭を下げた。
「ひもじい思いをさせてしまって、我の方こそ申し訳ない」
ルーンがグリンを王宮から追い出すなどと酷いことをしなければ、今もグリンはこんなに貧しい生活を送らなくて済んでいたはずだ。
それとも、今までこんなにも貧しい環境で生きてきたからこそ、王宮に顔を出してきたのだろうか。
ある種、ルーンに対する彼なりのSOSだったのかもしれない。
貧しい生活から抜け出したくて、王宮にやって来たのではないだろうか。
まだ本当のことなど何も分からない状態だが、ルーンは勝手にそんな想像を繰り広げてしまう。
「あ、頭を上げてよ、ルーン。余の方こそ本当にごめん」
色々なことを考えながらも、ルーンが頭を下げ続けていると、今度はグリンが慌てたように言った。
言われた通りに顔を上げたルーンの目に飛び込んできたのは、三度目の謝罪をしているグリンの姿だった。
「グリン、そなたこそ頭を上げてくれ」
それでも、グリンは答えない。黙ったまま頭を下げ続けている。
何とかして彼に頭を上げてほしいと思ったルーンは、取って付けたように言った。
「我はもう大丈夫だ。ほら、この通り、そなたの方まで歩けるまでになったじゃないか」
ようやく思い通りに動くようになった身体を動かし、グリンの元へと歩む。
だがルーンが彼の足元まで歩いても、グリンは頭を上げなかった。
「グリン……」
もはや何を言っても頭を上げようとしないグリン。
それほどまでに反省してくれているのだろうか。
今までの悪意に満ちた『堕天使』は、もうグリンの中にはないのかもしれない。
ルーンがそんなことを思っていると、グリンが唐突に口を開いた。
「なんてねっ!」
グリンの瞳が怪しく光った___と思った時には、ルーンの身体はものすごいスピードで後ろへと飛ばされていた。
「ぐわっ!」
硬い地面に背中を打ち付け、そのままザザザと転がったルーンは、強い衝撃のあまり苦しげな声を漏らす。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
怪しく光るグリンの瞳が目前に迫った頃には、それが遠くなって背中に強い衝撃が走ったのだから。
「な、何をっ……!」
何とか身を起こしつつ尋ねると、グリンは不自然に口角を上げていた。
片頬だけを上げたような、歪んだ笑みが彼の顔に浮かぶ。
「余が素直に謝るとでも思ったのか? 全く、そなたは本当に馬鹿だなぁ」
銀髪をかき上げながらルーンを見下すように、グリンは嗤う。
___なんてね。
___素直に謝ると思ったのか?
___本当に馬鹿だなぁ。
グリンの発した言葉が、ルーンの脳内を俊足で駆け巡っていく。
自分は騙されていたのか。
暫くして、ルーンはそんな結論に辿り着いた。それ以外に考えられなかった。
では、あれか。あの真剣な謝罪も真剣な言葉も、全て嘘だったということか。全て偽物だったのか。
「グリ……ン……?」
理解できなかった。
今の今まで、昔のように心の底から笑い合っていたではないか。表裏のない無邪気な笑みを浮かべてくれていたではないか。
それもこれも、全てルーンを欺くための策だったと言うのか。
「グリ___ぐっ!!」
もう一度、彼の名を呼ぼうと口を開いた瞬間、ルーンの喉を空気が通らなくなった。
いや、違う。グリンの顔が目と鼻の先にある。そして首に感じる強い感覚。
グリンは、ルーンの首を両手で掴み、強く強く締め付けてきた。
「余は天兵長になりたかったんだ。その実力も十分にあったんだ。それなのに、コネのせいで……。貴様のせいで……!」
キリキリと、首が締め付けられる音がする。
ルーンが心の中で必死にグリンの名を叫んでいると、グリンは空中に手をかざした。
何もなかった空中から、大きくて太いハンマーが音もなく出現する。王宮で決着をつけるために戦ったとき、一瞬だけ見えたものだ。
それが、今はハッキリと見えている。
「貴様さえ居なければ、余は天兵長になれてたんだよ?」
グリンは自嘲するような口調で言いながら、大きくハンマーを振りかぶった。その直後。
「ぐっ!!」
身体が破裂するかと思うほどの激痛が、ルーンを襲った。
グリンは躊躇なく、ルーンの腹部をハンマーで叩いていく。
その間も、首を掴む力は緩められることなどない。
今後こそ、本当に殺される。
ルーンは察した。これは紛れもない復讐である、と。
___ああ、グリンは我を恨んでいたのか。ずっと、ずっと前から。




