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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第210話 選択問題

 キルちゃんの無事も確認できて私達が安心していた時、ウィスカー前隊長だけがどこか浮かない顔をしていた。


 気を遣ってか、イアンさんがウィスカー前隊長を処置室から連れ出す。私もウィスカー前隊長のことが心配で二人を追いかけようとした。


 でも、そんな時にレオくんのことが心配になる。一緒に処置室に入ったのに、出る時だけおいていくなんて申し訳ない。


 レオくんはイアンさんやウィスカー前隊長が出ていくのを一瞥した後、私に向かって微笑んでくれた。


 まるで、『行ってきて良いよ』と言ってくれているかのように。


 レオくんが本当は何を思っていたのかは分からないけど、そう思ってくれているだろうと信じて、私も処置室を後にした。


 二人を追いかけた先にあったのは、一つのこじんまりとした個室だった。壁には『イアン』と書かれた表札のようなものがかけられている。


 どうやら、イアンさんの部屋みたいだ。


 イアンさんは部屋の中に入ると、ウィスカー前隊長をソファーに座らせた。


「ウィスカー隊長? どうかしましたか?」


 隣に座る心配そうなイアンさんを見上げると、ウィスカー前隊長は口角を上げた。


「あぁ、いや、すまない、こんな気まで遣わせてしまって。ちょっと、昔のことを思い出していてね」


「昔のこと……」


 呟いてから、私は慌てて口を塞いだ。


 純粋にウィスカー前隊長の過去に興味があったから、思わず彼の言葉を繰り返してしまった。


 しかも私、人様の部屋の入り口の前で突っ立ったままだし。


 ウィスカー前隊長はそんな私を手招きし、ソファーをポンポンと叩いて自分の隣に座るように促してくれる。


 頷き、私は素直にウィスカー前隊長の隣に腰かけた。左からイアンさん、ウィスカー前隊長、私の順番だ。


 私が座ったのを確認してから、ウィスカー前隊長は話を再開する。


「と言っても、遥か昔って訳じゃないぞ。わたしが鬼衛隊長を退いた後のことだ」


「なるほど、急に静かになさったからどうしたのかと思いました」


「すまんすまん」


 イアンさんの言葉に、ウィスカー前隊長は申し訳なさそうに笑う。そして唇を引き締めると、真剣な顔つきに戻った。


「……イアン」


 重い口調に、イアンさんもハッとしてウィスカー前隊長を見つめる。


 イアンさんよりも座高の低いウィスカー前隊長は、イアンさんの方は見上げずに俯いたまま、


「もし、自分がいずれ殺される状況にあって、それでも自分と世界のどちらかを選ばなければならないとしたら。君はどうする?」


 それって、自分を選んでも世界を選んでも、結局自分は死んじゃうってことだよね。


 状況の規模が大きければ大きいほど、どちらを選んでもどちらとも失ってしまう可能性は高くなるわけで。


「そうですね……」


 ウィスカー前隊長の唐突な質問に、イアンさんは暫し思案するように天井を仰ぐ。でもその時間も一瞬で。


「僕は、世界を選びます」


 一切の躊躇なく、イアンさんはそう言って微笑んだ。


「そうか、やはり君は優しいな」


「え?」


 ウィスカー前隊長の言葉に、イアンさんが不思議そうに聞き返す。


 私も、ウィスカー前隊長の言葉の真意を理解できなかった。


 確かに自分の命よりも世界を選ぶイアンさんは優しいと思うけど、厳しい言い方をしてしまえばそれは当たり前なんじゃないかな。


 私だって自分よりも断然世界の方が大事だって思ってるし、自分がたとえ殺されそうな状況にあったとしてもその選択が揺らぐことはないはずだ。


「あの廃墟で、わたしはあの天使に脅されたんだって言っただろう?」


「はい」


 呆れたように笑みを浮かべながら、ウィスカー前隊長は続ける。


「グリンは嘘だなんてぬかしていたが、紛れもない事実だ」


「それで、その……自分を選ぶか世界を選ぶか、という選択を迫られたのですか?」


 イアンさんの質問に頷き、ウィスカー前隊長は目を伏せた。


「わたしは恐れたんだ。自分の命が消えることを」


 そこで顔を上げて天井を仰ぐウィスカー前隊長。


「なのに君は、迷いもせずに『世界を選ぶ』と言った。本当に、感心するよ」


「そんなことはないですよ! 僕だって、いざその場に立ってみたらどちらを選択するか分かりませんし」


 イアンさんは慌てて手を振り、謙遜するように言った。


 それでもウィスカー前隊長は、立派な黒髭を撫でながら首を横に振る。


「いや、君ならきっと大丈夫だ、イアン。君は間違いなく世界を選ぶ。たとえ、何があってもね」


「隊長……」


 そんなことないのに、と言いたげな表情でウィスカー前隊長を見つめるイアンさん。


 ウィスカー前隊長は今度こそイアンさんを見上げて、彼の赤い瞳をまっすぐに見据える。


「わたしは、そんな君の勇敢さと正義を素晴らしく思うよ」


 うんうん、と何度も頷きながら、ウィスカー前隊長はもう一度黒髭を撫でた。


 それからウィスカー前隊長は、『あまり王宮に長居すると気が引けるから』と言って足早に王宮を後にした。


 イアンさんや鬼衛隊の皆、さらにはブリス陛下までが引き止めても、ウィスカー前隊長の意思は変わらなかった。


 去っていくウィスカー前隊長の後ろ姿を見つめながら、イアンさんはポツリと呟く。


「隊長、本当に良かったのかな。グリンに脅されてるって言ってたのに」


「確かにそうですよね。またグリンさんのところに戻るおつもりなんでしょうか」


 脅されてるなら逆らえないはずだし、その可能性も……。


「いや、流石にそれはないはずだよ。ウィスカー隊長だってしっかりしたお方だしね」


「そ、そっか。ごめんなさい」


 確かにそうだ。


 鬼衛隊の隊長だったヒトなんだから、相当力のあるヒトだよ。そうじゃないと皆をまとめるリーダーなんて出来ないし。


「ユキが謝ることじゃないよ、気にしない気にしない」


 私が急いで謝ると、イアンさんはふんわりと笑ってくれた。


 そして遠のくウィスカー前隊長の背中を見やって、


「ウィスカー隊長のあの言葉、どういうことだったんだろう」


 ___君は間違いなく世界を選ぶ。たとえ、何があってもね。


 私の脳裏に浮かんできたのは、そんなウィスカー前隊長の言葉だった。


 おそらく、イアンさんも同じ言葉を思い返しているんだろう。


 ___わたしは恐れたんだ。自分の命が消えることを。


 それならウィスカー前隊長は、もしもそういう場面に出逢ったら、世界じゃなくて自分を選ぶのかな。

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