第209話 同盟を結ぼう!(後編)
グリンはニコニコと笑ったまま、何かを取り出してウィスカーに見せてきた。
「そ、それは______」
グリンが掲げたものを、ウィスカーはまじまじと見つめる。
それは、大きくて太いハンマーだった。
「余が愛用している武器だ。こんなちっぽけな世界なんて、こっぱみじんだよ」
「な、何だって!?」
この世界、と言っても範囲があまりにも広すぎやしないか、とウィスカーは耳を疑ってしまう。
ウィスカーの反応が気に入らなかったのか、グリンは不満げに唇を尖らせて、
「余と組んでくれないなら、これをドーン______」
ハンマーを振りかぶり、廃墟の床に向かって打ち付けようとする。
ウィスカーは慌てて彼の腕を掴んで引き止めた。
「ま、待て待て!」
幸いにも、グリンはそれ以上ハンマーを振り下ろそうとはしなかった。ただ、じっとウィスカーを見つめてくる。
しかし今この手を離せば、ハンマーが振り下ろされるかもしれない。
それにグリンの言うことが本当なら、この世界が壊れてしまう。
根負けしたウィスカーは、ついに叫んだ。
「わ、分かった! 組む! 同盟を結ぼう! それで良いだろう? 流石に、この世界を壊すなんて無理だ」
「同盟、結んでくれるのかい?」
慌てて何度も頷くウィスカーを見て、グリンの瞳がキラキラと輝き出す。
「欣喜雀躍。嬉しくて小躍りしちゃうよ」
グリンはハンマーをしまい、言った通りに踊ってご機嫌な様子だ。
ホッと胸をなでおろすウィスカー。
とは言え、その胸に少しだけモヤッとしたものが残る。自分は、本当にこんなことをしてしまって良いのだろうか。
少し黒みがかった白色の羽をはためかせて喜ぶグリンをよそに、ため息をつく。
一度口にしてしまったことを簡単に取り消すつもりはない。
本来、同盟というものは結んだ相手同士が対等の関係で交流を深めるものである。しかし、グリンが『この世界をこっぱみじんに出来る』ハンマーを持っている以上、対等な関係ではなくなった。
もしもグリンを怒らせてしまえば、すぐにあのハンマーを振り下ろすかもしれない。そう思うと、ウィスカーはなかなか自分の意見を口に出来なかった。
そんなある日、グリンとウィスカーはある三人の吸血鬼に出会った。
それもそのはず、グリンが亜人界に降りてみたいと言ったので、二人で目的もなくフラフラしていたのだ。
______キラー・ヴァンパイアだな。
ウィスカーは直感的にそう思う。彼らの表情は何故か重かったが、その瞳は常に誰かの命を狙っているようにギラギラと怪しい光を放っていた。
よく見ると、三人の背後には鎧を纏った人間が居て、三人の背中を押して歩かせると、自分達はまた魔法陣で消えていく。
「あれ、何? 何で人間と吸血鬼が一緒に居たんだ?」
グリンが不思議そうに尋ねてくる。
あの人間は吸血鬼抹消組織、通称VEOの人間だった。とすると、あの三人は人間界で何かしらの問題を起こしてVEOに捕まったのではないか。
ウィスカーはそう推測してから口を開いた。
「人間界で悪いことをした連中がお叱りを受けてたんだろう。全く、わざわざ異世界でやらなくても良いのに」
つい、悪態をついてしまう。ただでさえ天界と人間界がタッグを組んでいるような状態なのに、それをもっと悪化させてしまうではないか、とウィスカーは思ったのだ。
「誰からも必要とされなくなった腹いせに、人間の世界で暴れたってわけか」
「いや、必ずしもそういうわけじゃないと思う______」
言いかけて、ウィスカーは口をつぐんだ。グリンが不満げな表情で見上げてきたからだ。
怒らせてはまずい。そう判断したウィスカーは黙って三人のキラー・ヴァンパイアを見つめていた。
「よし、あいつらも誘って仲間にしよう!」
当のグリンは、スキップしながら勝手にそう決めている。
「ねぇ、そなた達」
すれ違った三人に、唐突にグリンが声をかけた。
キラー・ヴァンパイア達は当然ながら、怪訝そうな感情をその顔に宿した。
グリンの場合黒みがかってはいるが、背中から生えた羽と頭の輪っか、そして白い衣服____。紛れもなく天使の姿をしている相手に、親しげに声をかけられたからだろう。
ウィスカーは彼らの気持ちが手に取るように分かった。最初、グリンに肩を叩かれた時、自分も同じ気持ちだったからだ。
彼らを安心させるため、ウィスカーは声をあげる。
「こ、怖がらなくて良い。この子は確かに天使だが……そう、吸血鬼と仲良くしたいと思っている子なんだ」
言いながらちらっとグリンを見やると、グリンは『仕方ないな』と言う風に息を吐いた。ひとまず、このままの言い訳で大丈夫だろう。
「そなた達、何があったのか余に教えてくれないか?」
グリンの言葉に、キラー・ヴァンパイア達は三人で顔を見合わせる。そして、そのうちの一人____赤紫色の髪の吸血鬼が口を開いた。
「何で天使なんかに教えないといけねぇんだよ」
「余達も、何というか、周りに見捨てられた存在なんだよね。遺憾千万。残念だけど」
吸血鬼の問いにグリンが答える。
ウィスカーは、グリンにさりげなく一つ括りにされたことに少し疑問を呈したかったが、周りから必要とされなくなった立場は同じだろうと思い直す。
もっとも、グリンが何故『必要とされなくなった』立場に居ると名言するのかは不明だが。
「イカ……何だ? それ」
赤紫色の髪の吸血鬼が、怪訝そうに眉を寄せる。
ウィスカーは慌てて言った。
「き、気にしなくて良い! とりあえず、ここじゃあれだから場所を移そう。君達の家はどこだ?」
どういう風の吹き回しか、グリンがこの三人の吸血鬼を仲間にしたいと思っている以上、勧誘の段階でしくじるわけにはいかない。
とにかく話を進めなければ、ウィスカー達も次の段階に進むことが出来ないのだ。
吸血鬼は赤紫色の髪をぐしゃぐしゃと掻きむしり、大きなため息をついた。
「ついてこいよ。ただし」
予想外だったのか驚きの表情を浮かべる両脇の二人に構わず、その吸血鬼は少しだけウィスカーとグリンの方を振り返った。
「ちょっとでも変な真似見せたら、速攻で喰ってやるからな」




