第207話 緊急処置
「お兄様、お姉様! そちらにキラー・ヴァンパイアの三人を転移させました! 問答無用で牢にお願い致します!」
私はキルちゃんをおぶったまま、イアンさんと一緒に王宮に向かって走っていた。
キルちゃんの呼吸が弱くて殴られた傷も浅くないので、早くしないとキルちゃんの命に関わるから。
イアンさんはトランシーバーを耳には当てずに手に持ったまま、黒マントをはためかせて全速力で走る、走る。
私もなんとか置いていかれないように、必死に足を動かしていた。
すると、トランシーバーからイアンさんの兄・ヴァンさんと姉のパイアさんの声が聞こえてきた。
≪もうやってる!≫
≪今後こそはこれで大丈夫よ、イアン。もう急がなくて大丈夫だから、ゆっくり帰ってきなさい≫
「そういうわけにもいかないんです、お姉様。キルが重傷を負ってしまって」
≪キルちゃんが!? そうなの……≫
息を呑み、悲しそうなパイアさんの声。
≪それなら、こちらの方で処置の準備をしておく≫
「ありがとうございます、お兄様」
ヴァンさんの言葉に、イアンさんは軽く礼をした。
「キルちゃん、あと少しだから頑張って!」
彼のすぐ後ろで、私は背中のキルちゃんに向かって叫んだ。
もしも応答がなかったら、本当に急がないといけなくなる。
「ユ……キ……」
けど、幸いなことにキルちゃんは弱々しくも声を発してくれた。
まだ希望はある。まだキルちゃんは大丈夫だ。
私とイアンさんはお互いに頷き合って、走る足に力を込めた。
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王宮に着くや否や、王宮の吸血鬼達が一斉に私の背中からキルちゃんを抱き上げて、彼女の緊急処置を開始していく。
「イアン! こっちだ!」
「はい! お兄様!」
イアンさんもヴァンさんに言われてベッドの方へと走り、ベッドに寝かされたキルちゃんの腕に点滴の針を刺す。
そうしてヴァンさん、パイアさん、イアンさんを始めとする吸血鬼達がキルちゃんの処置に当たっていると、
「イアン様、お帰りなさいませ」
「あとはわたくしどもにお任せください」
処置室に走り込んできたのは、二人のナース・ヴァンパイアだった。
彼女達は、手早い手つきでキルちゃんの傷に包帯や絆創膏を貼っていく。
「ありがとう、ミリア、テインさん」
イアンさんはキルちゃんの腕に点滴を刺し終えてから、ミリアさんとテインさんの言葉に甘えてベッドから離れる。
「ユキ、僕達は部屋の外で待っていよう」
「は、はい!」
イアンさんに言われて、私は彼と共に慌ただしい処置室から出た。
「キルちゃん、大丈夫でしょうか」
閉まる扉の前で、私は思わず呟いてしまう。
そんなこと、イアンさんだって知りたいはずだ。大丈夫だって思いたいはずだ。
それなのに______。
「ああ。きっと大丈夫だよ。何てったって、王宮には一流の腕を持つ吸血鬼が揃ってるからね。それにミリアやテインさん、お兄様にお姉様も居てくれる」
イアンさんは嫌な顔一つしないで、微笑んでくれる。
「誰がキルちゃんをこんなにしたんでしょう。やっぱり、グリンさんでしょうか」
イアンさんの笑顔につられて、私はまた疑問を投げかけてしまった。
こんな時にグリンさんの名前を出すなんて、空気を読めていないにもほどがある。
「あっ、ごめんなさい。忘れてください。こんな時に言うようなことじゃないですよね」
でも、イアンさんは笑って首を振ってくれた。
「いや、大丈夫だよ。僕もグリンだと思ってる」
次にイアンさんの顔を見上げた時には、イアンさんの顔から表情は消えていた。
イアンさんは笑いもせず、悲しそうな顔や怒っているような顔もせず、ただ処置室の扉を見つめていた。
「……イアン」
ふと声がして、私とイアンさんがその方向を見ると、髭を生やした吸血鬼がゆっくりと歩いてきた。
「済まなかったな。キルが大変なのに、わたしは何も出来なくて」
鬼衛隊の前の隊長・ウィスカー隊長だった。
「大丈夫ですよ、ウィスカー隊長。お気になさらないでください」
首を振って笑みを浮かべるイアンさん。
「やめてくれ、わたしはもう隊長じゃない。今の鬼衛隊長は君だろう? イアン」
イアンさんよりも背の低いウィスカー隊長は、イアンさんを見上げて問いかける。
イアンさんはやっぱり首を振って、
「それでも、僕にとっての隊長はあなたです」
「その……責めないのか? わたしが天使やキラー・ヴァンパイアと一緒に居たこと」
イアンさんの言葉に若干の微笑みを浮かべつつも、ウィスカー隊長は言いにくそうに切り出す。
イアンさんは少しだけ首を傾げた。
「責める……というか、キルの処置が終わってキルが喋れるようになってから、皆で話し合うつもりです。その時にお願いします」
「ああ、分かった。ありがとう」
深々と礼をするイアンさんに、ウィスカー隊長は申し訳なさそうに口角を上げた。
「隊長!」
と、王宮にもう一人の吸血鬼が走り込んできた。四方八方に跳ねた橙色の髪の吸血鬼だ。
「レオ」
イアンさんが少し驚いたようにレオくんを見つめる。
走ってきたレオくんは、立ち止まって膝に手を置く。そして荒い息を整えながら、
「キルは」
「今、皆が緊急処置をしてくれているよ。僕達はここで待っていよう」
「は、はい! って……ウィスカー隊長!?」
イアンさんの言葉に頷いたレオくんは、ふとウィスカー隊長へ目をやって驚きの声をあげた。
「や、やあ、レオ。久しぶりだね」
ばつが悪そうに、ウィスカー隊長は手を上げる。
「ご無沙汰しております。ウィスカー隊長もキルのことを聞いて?」
「いや、わたしは少し状況が違うんだ」
今までに何があったかを知らないレオくんは、とても不思議がっている。
そんなレオくんに、イアンさんが言った。
「キルの処置が終わってから、皆で話をする。その時にウィスカー隊長にも話してもらうよ」
「承知しました、隊長」
レオくんは、イアンさんを見上げて顎を引く。
それから数十分後、キルちゃんの処置が終了した。




