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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第202話 落ちぶれたね

 天界の王宮にある訓練所は、その名の通り訓練を行うための場所である。


 鈴木(すずき)(まこと)は知らなかったが、この王宮にはたくさんの訓練所がある。


 何千といる天兵軍の天使達が誰一人として漏れることなく訓練できるように、前天兵長でありルーン・エンジェラの実の父であるグリオネス・エンジェラの命令で造られたのだ。


 彼が戦死してからは、全ての訓練所の中に彼の遺影が設置されている。天使達にとっては神聖な場所だ。


 天兵軍の面々が居る所とは別の訓練所へとやってきたルーンは、決着の相手であるグリンを横目で見ると、


「先に入れ、グリン」


 銀髪の天使は、いつも通りの余裕綽々といった笑顔を浮かべて頷いた。


「一言芳恩。ありがとう。では、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 グリンはふわふわとした銀髪をなびかせて、訓練所の中へと入っていった。


「ボス! もー体はだいじょーぶなのか!?」


「あまり無理をなさらないでくださいね、天兵長!」


 天兵軍の隠し玉でもある双子天使、フォレスとウォルがそれぞれルーンを労う言葉をかけた。


 彼らを筆頭に、他の天使達もくちぐちに天兵長へ声援を送る。


 本来なら別の場所で訓練をしていたはずの彼ら。


 しかし、今は状況が状況なのだろう、と誠は彼らを見やって推測する。


 普段は訓練所に立ち入ることのない天兵長と、最近何故か見かけるようになった銀髪の天使が、共に訓練所へ入っていくのだから。


 天使達が混乱するのも当然である。


 自身にかけられた暖かい言葉を聞いたルーンは、訓練所に入る前に振り返った。そして、心配そうな彼らに向かって笑顔を向ける。


「ああ。我は大丈夫だ。ありがとう。フォレス、ウォル、皆」


 そう言って、ルーンは訓練所へ入ろうとする。


 すると、その目前にフェルミナ・エンジェラが立ちはだかった。


「フェルミナ……」


 いつになく真剣な表情の幼なじみを見つめ、ルーンが申し訳なさそうに眉を下げる。彼女なりに、フェルミナを傷付けてしまっているかもしれないという罪悪感があるのか。


「もう一度確認よ、ルーン。危ないと思ったら止めに入るから。良いわよね?」


 念を押すように、フェルミナが真剣な表情で言う。


「分かった。よろしく頼む、フェルミナ」


 ルーンは素直に肯定して顎を引いた。


 そして、心から信頼を置いているような安心した表情でフェルミナに向かって頬笑むと、緩んでいた口元を引き締めて訓練所へと入っていった。


「ルーン……」


 ついに訓練所の床を踏んだルーン。その後ろ姿を見つめながら、フェルミナはやはり不安げに声を漏らす。


「お前達は幼なじみだろ。お前がルーンを信じてやらなくてどうする、フェルミナ」


 誠が声をかけると、フェルミナは弾かれたように誠を見上げてきた。


 不安で不安でたまらなくて、助けを求めているような表情を浮かべたまま。


 誠は、そんな彼女のサラサラとした薄紫色の髪に手を置くと、


「一緒に、ルーンを信じよう」


「……はい、マコト様」


 フェルミナは今にも泣きそうな顔で頷いた。


 フェルミナの覚悟も確認できたところで、誠は改めて開かれた訓練所に視線を戻す。


 ルーンは純白の剣を、グリンは漆黒の剣を構えて、それぞれ十分な距離を取って立っていた。


 誠から見て、グリンが奥、ルーンが手前という立ち位置だ。


「準備万端。いつでも良いよ、ルーン」


 身の引き締まるような緊張感を打ち破るように、先にグリンが口を開いた。


 ルーンは、グリンの言葉を受けて左足を後ろに引くと、


「______いざ、参る!!」


 叫び、グリンと同じタイミングで剣を片手に突っ込んでいった。


 暫くは、どちらも引けを取らない互角の剣撃のぶつかり合いだった。


 ______流石、グリンがルーンに剣術を教えていたというだけのことはあるな。


 誠は思わず感心してしまう。


 それほどまでに、二人の剣さばきはそっくりだった。


 純白の剣と漆黒の剣が交わり、橙色の火花を散らす。


 フェルミナも他の天使達も、息を呑んで二人の戦いを静かに見守っていた。


 だが、そんな時間がいくらか続いた後。


 急にルーンが押され始めた。それもそのはず、吸血鬼ハイトにやられた時の傷がまだ塞がってもいない状況下だ。


 ほんの数分の間でも、グリンと互角の勝負が出来ていたことが奇跡だと言って良い。


 それ見よがしに、グリンは剣を振る速度を速めてルーンを圧倒する。


「弱い弱い弱い弱い!! 天兵長になっても、やっぱり根本的な強さは変わらないね!」


「ぐっ……!」


 ルーンは懸命に防御体制を取ろうとしているが、それよりもグリンの力の方が強いのだろう。どんどん後ろへと追い込まれている。


 そして、恐れていたことが起こった。


「がぁっ!!」


 ルーンの鎧が何かと擦れるような音がして、彼女の体が地面へと崩れる。上から下へ剣を振られて、その拍子に床に膝をついてしまったのだ。


 しかしグリンの攻撃はそれだけに止まらなかった。グリンは膝をついたルーンのお腹を躊躇なく蹴った。


 たまらず地面に転がり、起き上がろうとしたルーンの首にギラリと光った漆黒の剣が突き付けられる。


「ハッ______!!」


 ルーンが息を呑む音が聞こえてくる。まるで、すぐ近くでその音を聞いたかのように。


 誠は訓練所の外、ルーンは訓練所の中に居て、少なくとも五メートルの距離はある。それなのに、息を呑む小さな音さえも誠の鼓膜を震わせてきたのだ。


「もうやめて! これ以上は危険すぎるわ!」


 フェルミナが間に割って入ろうとするが、それより早くグリンがルーンの首に剣を突き付けるのをやめた。


 思わず走る足を緩めてしまうフェルミナの目の前で、


轗軻落魄(かんからくはく)。落ちぶれたね、ルーン」


 剣を肩で担ぎ上げ、ルーンを冷たい視線で見下ろすグリン。


「流石に、怪我人を本気で最後までいたぶるなんて真似、余には出来ない。また完治したら勝負しよう」


 目を細めて笑みを浮かべ、グリンは剣を鞘にしまいながら、ルーンに背を向ける。


 だが、


「___なんてねっ!!」


「ぐわあっ!」


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 グリンが腕を下から上へ振るった直後に、ルーンの体が吹っ飛んだのだ。


「「ルーン!!」」


「「天兵長!!」」


 他の天使達が叫ぶ中、誠とフェルミナは急いで駆け寄り、倒れたルーンを抱き起こす。


 ルーンは、小さな呻き声をあげながらお腹を押さえて悶絶していた。


 怪我をしている腹部を思い切り殴られたらしく、短い呼吸しか出来ていない。


「いい加減にしろ、貴様! 怪我人相手に勝ち誇って、恥ずかしくないのか! しかもルーンは天界の象徴、天兵長だぞ!」


 誠が思わず声を荒げると、グリンは首だけで誠達の方を振り返った。


喧喧囂囂(けんけんごうごう)。やかましいなぁ。人間は黙ってろ」


「貴様______」


「もう良い。出て行ってくれ、グリン。我らの王宮から」


 誠がさらに言葉を重ねようとしたのを止めたのは、他でもないルーンの弱々しい声だった。


 グリンは表情のない顔でルーンを見下ろしていたが、ふっと諦めたかのように息を吐いた。


「分かったよ、ルーン。バイバイ」


 灰色の羽を広げ、グリンはそのまま上昇すると、訓練所の天井を突き破って王宮から出て行った。


 ガラガラと崩れ落ちる天井。


 崩壊した瓦礫まみれになった訓練所。


 それらを荒い息遣いのまま見つめていたルーンだったが、やがて力尽きたように誠に身を預けた。


「ルーン?」


 フェルミナが、ルーンの首が座らなくなったのに気付いて不安そうに声を漏らす。


 ルーンの全体重がのしかかってきた重みは、誠にもすぐに伝わった。


「ルーン! ルーン! ルーン!!」


 フェルミナと共に、何度も何度も彼女の名前を叫ぶ誠。


 しかし、天兵長ルーン・エンジェラは目を覚まさなかった。

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