第200話 しどろもどろの懇願
村瀬雪達四人が人間界に戻った直後。
唯一、王宮に残った鈴木誠のもとに、イアンがやってきた。
「で、何? マコトくん。僕に話があるなんて」
誠は不思議そうな表情の吸血鬼を見やるだけで、無言を貫いている。
そんな誠を面白がるように、イアンはニヤニヤし始めた。
「何でそんなにもったいぶるんだよ〜。もしかして、ものすごく大事で僕にしか言えないこと?」
「ああ、そうだ」
イアンの冗談にも付き合わず、即答する誠。
そんな誠を見てただならぬ状況を察知したのか、イアンは表情を引き締めた。
「……何かあった?」
「雪が殺されそうになった」
「は⁉︎」
誠の静かな言葉に、イアンは大声をあげる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。どういうこと⁉︎」
誠は短く息を吐いてから、何が起こったのかを説明し始めた。
「グリン・エンジェラが雪に拳銃を向けたんだ。まぁ、『冗談だ』とかなんとか言って、すぐに銃は下ろしてくれたが」
イアンは目を見開いて瞳を潤ませ、拳を握って憤りを露にする。
「何なんだよ……! 何でユキを……!」
「俺にも分からん。だが」
誠は、雪に拳銃を向けたグリンの表情を思い返す。
今までのヘラヘラとした笑顔が偽物の仮面だったかのような、劇的な変わり様だった。何より______。
「あいつの瞳は本気だった」
イアンは誠の険しい表情を見つめて瞑目した後に、引きつった笑みを浮かべた。
「なるほどね。どうりで『ものすごく大事』で『僕にしか言えない』わけだ」
「正確には、お前だから隠さずに伝えた、と言った方が正しい。他の連中はあの天使をなんとも思っていないが、少なくとも俺とお前は、あいつに対して良い感情を抱いていないからな」
表情を曇らせる不安そうなイアンに、誠は声をかける。
「安心しろ。二度と雪は天界には行かせない。それに、ルーン達にも雪と会わないように頼んでおいた」
「……ありがとう、マコトくん」
「だが、油断は出来ん」
少し緩んでいたイアンの頬が、一気に引き結ばれる。
「ルーンやフェルミナに関してはちゃんと言うことを聞いてくれると思うが、問題はグリンだ」
「そっか。独断で行動してユキに会いに行っちゃうかも!」
誠の言葉を紡ぐように、イアンが人差し指を立てた。
「そればかりは願っていても仕方ない」
そう言うと、誠はイアンに背を向けた。誠が身に付けている銀色の鎧が、ガチャリと硬い金属音を奏でる。
「ま、マコトくん、どこに行くんだい?」
イアンの言葉に立ち止まり、しかし振り返らずに誠は言った。
「決まってるだろ。天界だ。グリンに直接釘を刺してくる」
「なら僕も……」
そう言って、イアンはまた自分も行くと言い出す。誠は呆れたように息を吐いて、
「忘れたのか。今の天界は、吸血鬼の姿を見ただけで大騒ぎするような状態だ。お前が行くと、余計にややこしくなる」
首だけで振り返って見たイアンは、やはり不安そうな表情をしていた。
「で、でも心配だよ。そんなにヤバイ奴の所に、マコトくんを一人で行かせるなんて」
「大丈夫だ。俺を誰だと思ってる」
誠は今度こそしっかりと振り返り、イアンに向き直る。
「えっと、マコトくんのことはマコトくんだって思ってるよ」
誠が何を言っているのかよく分かっていないと見えるイアンに、誠は鎧の胸部に拳を当ててみせた。
「俺は吸血鬼抹消組織・VEOの隊長だぞ。緊急事態に備えた訓練は、嫌と言うほどやってきた」
「ねぇ、そのマッショウって言葉、何か嫌だな」
「は?」
不意にイアンがこれまた訳の分からないことを言い出したので、誠は眉を寄せて聞き返してしまう。
「もうマコトくん、僕たちのこと始末する気ないんでしょ? だったら名前変えた方が良いんじゃ」
______何を甘えたことを。
誠は心の中でピシャリと吐き捨てて、首を横に振った。
「いや、過去に貴様ら吸血鬼が人間界を襲撃した時点で、貴様らへの警戒を解くつもりは今後もない」
「えぇ……」
イアンは眉を上げて、不満げな様子で唇を尖らせてきた。
「あ、あの時、マコトくんを助けてあげたの僕なのに!」
必死に、吸血鬼に向いた矛先を変えさせよう、と無理矢理な持論を押し付けてくる。
勿論、イアンの言い分は事実だが。
「つまらん張り合いをするな。その件に関しては、大いに感謝していると言っただろう」
イアンが居なければ、今の誠もここには居なかった。
誠がイアンによって命を永らえたことは変えられない事実であるし、それをないがしろにしようという気も誠には毛頭ない。
「だ、だったら……」
イアンの表情が、少しだけ明るくなる。一寸の可能性に希望を見出だしたような表情だ。
「だったら、日本政府に言え」
イアンの表情が氷のように固まる。
それでもイアンは、持ち前の諦めの悪さを発揮してきた。
しかも誠が天界に向かおうとした直後に。一番、発揮してほしくなかったタイミングで。
「ま、マコトくんが言ってよ。隊長なんでしょ?」
「隊長だから、政府の方針に歯向かえないんだよ。お前だって国王に逆らえないだろう?」
「そ、それは、お父様だからであって」
何とか言いながら、イアンはしどろもどろになっている。
これ以上付き合いきれないと判断した誠は、再びイアンに背を向けた。
「その話はまた今度だ。とにかく俺は天界に行く。手遅れになったら遅いだろう」
「う、うん、分かった……」
イアンも渋々だろうが、今度は素直に了承してくれた。




