第199話 本と馬
こうして、私、亜子ちゃん、風馬くん、藤本くんの四人は、誠さん……ではなく、亜子ちゃんのお父様とお母様の力を借りて人間界へ戻ってきた。
なんでも、誠さんはまだ吸血鬼領でやらなければいけないことがあるそうで、私達と一緒には帰られない、とのことだった。
朝、いつも通り制服に着替えて階段を降りると、いつも通りおじいちゃんが朝食を作ってくれていた。私の大好きな卵焼きの匂いもする。
「おはよう、おじいちゃん!」
「おお、おはよう、雪」
おじいちゃんはキッチンで(おそらく)卵焼きを作りながら、私が居るダイニングの方へ振り向いてくれた。このおじいちゃんの笑顔も久しぶりな気がするなぁ。
おじいちゃんの顔を見たのは秋祭り当日の朝以来だから、おじいちゃんとは実に三日ぶりだ。あれ、そう考えると意外と時間経ってないのかも。
「秋祭りの後夜祭、楽しかったか?」
卵焼きを乗せたお皿をダイニングテーブルに置きながら、おじいちゃんが尋ねてくる。
「え?」
後夜祭? ……あっ、そっか! 誠さんがそうやって説明してくれてたんだっけ!
突然だったから忘れてたよ。危ない危ない……。
「あぁ、うん! すっごく楽しかったよ!」
「そうかそうか。良かったのう」
おじいちゃんは何度も頷きながら、微笑ましそうな笑顔を作った。
それから私はおじいちゃん特製の卵焼きをたらふく食べて、学校へ行く支度をして玄関へ。
「じゃあ行ってきます! おじいちゃん!」
制履の爪先をコンコンと床にぶつけて足にフィットさせながら、私は今日も玄関まで見送ってくれるおじいちゃんに挨拶をする。
「ああ、行ってらっしゃい。気をつけるんじゃぞ」
おじいちゃんの言葉に頷いて、私は家を出た。
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「おはよう、風馬くん」
学校に着いて教室へ入った私は、真っ先に隣の席の風馬くんに挨拶をした。
長くて細い指で本のページをめくっていた風馬くんは、顔を上げて私を見上げると、
「ああ、村瀬。おはよう」
にっこりと微笑んでくれた。
はぁ……カッコいい……!
「おはよ、雪」
「亜子ちゃん!」
突然後ろから肩を叩かれて振り向くと、そこにはツインテールの亜子ちゃんが居た。
「どうしたの?」
「え? 何が?」
私が尋ねると、亜子ちゃんも不思議そうな顔で聞き返してくる。
「わざわざ私の席に来てくれたから、何か用事があるんじゃないのかなって思って」
亜子ちゃんは不満そうに唇を尖らせて、
「用事がないと来ちゃダメなの」
「え、いや、そんなことはないけど……。むしろ! 来てくれて嬉しいし!」
亜子ちゃんの気持ちを台無しにしてしまった気がして、私は慌てて自分の気持ちを伝えた。
それを聞いた亜子ちゃんは満足げに頬を緩めてから、静かに読書をしている風馬くんへと視線を落とした。
「柊木くんも本読むのね」
「もってどういうことだ?」
不思議そうな風馬くんに、私は説明する。
「実はね、王宮で私と亜子ちゃんが借りてた部屋がレオくんの王宮での泊まり部屋だったんだ。それで、その中にも本がいーっぱいあったから」
「へぇ、そうなんだ。レオってあのオレンジ色のツンツンした髪のヒトだよな?」
「そうそう!」
さすが風馬くん。的確に特徴を捉えてる。
「そう言えばさ、柊木くんって名前の由来とかあるの?」
これまた唐突に、亜子ちゃんが話題をチェンジした。
「……え? 後藤、どうしたんだ急に」
やけにお喋りになった亜子ちゃんには、私だけではなくて風馬くんも驚いているみたい。
「あ、えっと……」
と言ったっきり、上手い説明が思い浮かばないのか黙り込んでしまった亜子ちゃん。
そんな彼女の代わりに、またも私が説明をする。
「あの、実はね、レオくんが持ってた本の中にペガサスの言い伝えが書かれた本があったんだ。向こうでは『天馬』って日本語で言うみたいなんだけど」
あれ? これは説明になってるのかな? 自信が無いよ……。
「それが……俺の名前の由来とどう関係してるんだ?」
風馬くんはさらに不思議そうな顔をした。今度は私が口をつぐんでしまう。
すると、その後を引き継いだかのように、ちょうど良いタイミングで亜子ちゃんが説明を開始してくれた。
「ほ、ほら! 柊木くんも風馬って『馬』の字が入ってるじゃない? 昨日の『天馬』と似てるから、名前の由来がペガサス関係なのかなぁって思って」
亜子ちゃんが慌てたように言うと、風馬くんはそこで急に顎に手をやって考え込んだ。
「ふ、風馬くん?」
どうしたんだろう、と思っていると、風馬くんはハッと我に返ったように顔を上げて、
「あ、ごめん。俺さ、子供の頃の記憶が曖昧で、色々忘れてるんだよな。だから名前の由来なんだっけって思って」
「え? 意外! 風馬くんなのに忘れっぽいんだ!」
宿題も提出物も全然忘れてないから本当にすごいなぁって思ってたけど、ちょっと親近感湧いちゃうな。風馬くんでも忘れちゃうことあるんだ。
「忘れっぽいとはまた違う気がするけど……」
「俺なのにってどういうことだ? 褒めて……くれてるんだよな、村瀬だし」
亜子ちゃんが呆れたように言って、風馬くんもますます困惑している。
「聞いたそばから、あんたも同じこと言ってるわよ」
「あ、そっか! 悪い、村瀬」
亜子ちゃんのツッコミを受けた風馬くんに謝られ、私は急いで両手を振る。
「う、ううん! 大丈夫!」
私も『風馬くんなのに』って、勝手に自分の理想を押し付けちゃってたし。反省反省。
______と、こんな感じで色々と話しながら、朝礼が始まる時刻を迎えた。
そして授業中。私はふと、吸血鬼領の王宮を後にする直前のキルちゃんとの会話を思い出した。
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「ねぇ、ユキ」
ブリス陛下、ヴァンさん、パイアさん、サレムさんと言った王宮関係者の皆様に挨拶を済ませて、いざ帰ろうとした私達。
私を引き止めたのは、キルちゃんだった。
「どうしたの? キルちゃん」
「……ごめん」
「えっ!? えっ!?」
唐突に頭を深々と下げられてしまい、私は困惑する。
私、キルちゃんに謝らせるようなことしたのかな⁉︎
「ユキに痛い思いさせちゃって。もう息苦しくない?」
「えっと……今は全然元気だよ?」
私が言うと、キルちゃんは悔しげに目を伏せる。
「本当は引きずり出してでも、ハイトに直接頭下げさせたかったんだけど。『ユキに謝って』って言ったら王宮ぶっ壊しそうな剣幕だったから、無理だったの」
「そ、そうなんだ。でもだからって、キルちゃんが謝ることじゃないのに」
すると、キルちゃんは首を横に振って、
「ハイトの代わり。同じキラー・ヴァンパイアだし、昔の仲間だから。……本人の謝罪が聞きたかったよね。ごめん」
「う、ううん! そうじゃないんだ! ただ、キルちゃんは何も悪くないのになって思って」
「……ありがとう」
キルちゃんは、どこか重たげな表情で笑ったのだった。




