第197話 反躬自省
ルーンさんの質問に、私はハッとした。
早くフェルミナさんに拳銃を返さないと!
「あ、あの、これを……」
私はソファーから立ち上がりつつ、制服のスカートに付属しているベルトに手を伸ばし、そこから真っ黒の拳銃を取り出す。
素手で持ってるのも野蛮だと思って、ベルトとスカートの隙間に挟んでいたのだ。
両掌に拳銃を乗せ、フェルミナさんに差し出す。
すると、フェルミナさんはびっくりしたような表情をして、
「私の拳銃……。もしかして亜人界の方で落としたままだったのですか?」
「はい。本当は見つけてからすぐに返すべきだったんですけど、ちょっと色々あって遅くなっちゃいました。ごめんなさい」
私も点滴打ってもらってたし……。
頭を下げてさらに両手を前に差し出すと、フェルミナさんは私の手から拳銃を受け取ってくれた。
「そんなそんな。頭を上げてください、ユキ様。わざわざ見つけて私のところまで届けてくださったのですから、何も謝ることはありませんよ」
フェルミナさんは頬を緩めてニッコリと笑うと、
「本当にありがとうございました」
彼女の笑顔につられて私も頬を緩ませる。
フェルミナさんは、そのまま腰のホルダーに拳銃をしまおうとした______その時。
踊るように割り込んだグリンさんがフェルミナさんの手から拳銃を奪い、それを私の方に向けてきた。
「ぐ、グリン様!?」
「雪!」
誠さんが弾かれたようにソファーから立ち上がり、私を庇うように片手を広げてくれる。
「グリン! 貴様、何を!!」
ルーンさんもベッドの上から、目を見開いて叫ぶ。
私はと言えば、全身の震えが止まらなかった。
十六年生きてきて、拳銃を向けられたことなんて一度もなかった。勿論、似たようなことはこの世界で何度かあったけど……。
あの引き金が引かれれば銃弾が発射される。
そう思うだけで、心臓がバクバクと鳴り出す。
グリンさんは、冷酷な瞳で私を睨んでいた。
けど、不意にその目を細めて拳銃を下ろした。
その動作に、誠さんの体が余計にこわばる。
「何の真似だ」
「なーんてね、冗談さ。人間は危急存亡な状況に陥った時どうするのかなぁって気になって。君達を試したってところだよ。ごめんね?」
謝罪の言葉を口にするグリンさんの表情は、いつもの優しげな笑顔に戻っていた。まるで、あの鋭い表情が幻だったかのような。
「試した……ですか?」
私が聞き返すと、グリンさんは物足りなさそうに唇を尖らせた。
「余にしてはちょっと手加減しちゃったかなぁ。反躬自省。反省しなきゃ」
「手加減しただと……!? 一人の命を危険に曝しておいて、よくそんなことが言えたな!」
誠さんが怒りを露にして叫ぶ。
それに反応するように、慌てたルーンさんがベッドの上で正座をした。
「マコト、ユキ、本当に済まない。グリン、貴様も謝罪しろ。何てことをしてくれたのだ」
ベッドに額を擦り付けるように頭を下げながら、ルーンさんはグリンさんにも謝罪を促す。
でも、グリンさんはそんな彼女の言葉が全く聞こえていないのかと思うくらい脇目も振らずに、私の方へまっすぐ歩いてきた。
「雪に手出しはさせんぞ」
誠さんが前に進み出て、私を守ろうとグリンさんの前に立ち塞がる。
グリンさんは、誠さんの肩を蚊でも振り払うかのように押しのけると、私の両手を自分の両手で包み込んだ。
「きさ_____」
誠さんが引き剥がそうとするより早く、グリンさんは私の両手を握ったまま口を開いた。
「ごめんね? 余のこと、許してくれるかい?」
「え、えっと……」
正直返答に困ってしまう。私のことを撃とうとしてたのは、人間の力量を試すためであって、本当に私を殺そうとしていたわけじゃないのは分かった。
でも……。怖い。もしかしたら、気を許した瞬間に殺されるかもしれない。体が拒絶したみたいに硬直してる。
グリンさんは小首をかしげて、ふわふわの銀髪を揺らした。
「許して、くれるかい?」
もう一度、そう尋ねてきた。
それでも返答できずにいると、そんな私を助けてくれるように誠さんがグリンさんを押しのけた。
「もう良いだろ。今後一切、雪は天界に来させない。だからお前達の方からも、雪を訪ねることがないようにしてくれ」
ベッドの上のルーンさん、立ちすくんでいるフェルミナさん、不満そうなグリンさんを見回しながら、誠さんはそう言った。
「ま、マコト……」
何か言いたげに、ルーンさんが震える唇を開けようとするけど、
「ルーンもフェルミナも、お大事にな」
誠さんは私の背中を支えながら踵を返し、応接室の出口へ向かっていく。
「あ、ありがとうございます、マコト様……」
フェルミナさんが誠さんにお礼を言いながら、私達より早く出口に到着して先にドアを開けてくれた。
誠さんは何も言わなかった。
せめてものお礼にと、私が振り返って会釈しようとしたその時。
「バイバイ、ユキ」
閉まるドアの隙間から見えたのは、手を振りながら笑うグリンさんの姿だった。
そして、背筋が凍りつくような冷たい感覚が私を襲った______。
「全く、嫌な予感が的中したな」
王宮から出て、転移用の器械を取り出しながら誠さんが息を吐いた。
「ご、ごめんなさい。私がもたもたしてるから」
あの時、私が素早くフェルミナさんに拳銃を渡していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。そう思うと、とたんに申し訳ない気持ちが沸き上がってきた。
「いや、雪が悪い訳じゃない。気にするな」
誠さんは口角を上げると、転移用の器械のボタンを押す。
眩しい光が私達を包み込み、視界が真っ白になった。
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再び目を開けた時には、もう吸血鬼領の王宮の前に居た。
王宮に入ると、待ち構えいたかのようにイアンさんが走ってきた。
「おかえり、ユキ」
「イアンさん……ただいまです」
私もさっき感じた恐怖を抑えて何とか笑顔を作る。
「どうかした? 顔色が悪い気がするけど」
やっぱりすぐバレちゃうか……。私が何とか言い訳を考えていると、
「予想以上に天使達の数が多くてな。人混み……と言うより、天使混みに酔ってしまったみたいだ。暫く休ませてやってくれ」
誠さんが助け船を出してくれた。しかも上手い。
「そうなんだ……。分かった。ユキ、ゆっくり休んでね」
イアンさんはそう言って、ニッコリと笑ってくれた。
「はい、ありがとうございます……」
私はイアンさんに軽く頭を下げてから、亜子ちゃんとの二人部屋へと向かった。




