第196話 おもてなし
天界の天使達が吸血鬼領の王宮の前から消えた翌朝。
私と誠さんは、王宮の外に出ていた。
目の前には、王宮の入り口を背にして立つイアンさん、ヴァンさん、パイアさん、ブリス陛下が居る。
私達は、お互いに向かい合っている状態。
今から私と誠さんの二人で天界へと赴き、フェルミナさんが忘れていった銃を届けに行くのだ。
「じゃあ、よろしくね、マコトくん」
「ああ、任せろ」
イアンさんが誠さんに微笑みかけ、誠さんはそれに応えるように眼鏡をクイッと上げる。
「行ってきますね、イアンさん」
私もイアンさんに向かって挨拶をした。イアンさんは頷いて笑顔を向けてくれた。
「行ってらっしゃい、ユキ。気をつけてね。あと何かあったらすぐ帰ってくるんだよ。絶対無茶したり軽んじたりしたら駄目だからね」
若干、イアンさんの声が震えているように聞こえる。
……どうしたんだろう。
少し心配に思いながらも、イアンさんに心配をかけさせないように私は返事をした。
「は、はい。大丈夫ですよ、そんなに心配してもらわなくても」
「そ、そうだよね、ごめん」
イアンさんがシュンと肩をすくめて悲しそうな顔をしてしまう。
「ああ、謝らないでください! そういう意味で言ったんじゃないので!」
「うん、うんうん! 大丈夫だよ! 気をつけてね、ユキ!」
「はいっ!!」
私達はお互いにあわてふためき、取って付けたように言葉を交わす。
「……じゃあ、行くか」
何だか出会った当初みたいによそよそしくなっている私とイアンさんを見比べて、誠さんが言いにくそうに切り出した。
「あっ、はい! 行きましょう!」
慌てて誠さんの言葉に頷くと、彼は天界へと繋がる器械のスイッチを押してくれる。
魔方陣から発せられる淡い色の光が、私達二人を包み込んだ。
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「着いたぞ」
頭上から聞こえてきた誠さんの低い声に目を開けると、そこには懐かしい景色が広がっていた。
白い服を着て、背中に立派な白い羽を生やした沢山の人達。
彼らの頭上には、金色の輪っかが浮かんでいる。
実に数ヶ月ぶりの天界へと転移したのだ。
その場に居合わせた天使達は、突然現れた人間二人に気付くと、ギョッとしてわずかに身構える。
「驚かせて済まない。もう吸血鬼は来ないはずだ。心配しないでくれ」
誠さんが手を掲げて天使達に呼びかけ、彼らの安全を保障する。続けて、
「誰か、天兵長か第一秘書に伝えてくれ。忘れ物を渡しに来たと」
すると、少しではあるけどその辺一帯がざわめいた。
「忘れ物?」
「ねぇ、あのひと、VEOの隊長じゃない?」
「確かにあの格好……間違いないな」
「じゃあ、騙しに来たとかじゃないってこと?」
「……多分。昨日襲ってきた吸血鬼とはまた違うだろ」
「でもどうするよ。誰がルーン様のこと呼びに行くんだ?」
「あなた行ったら?」
「いや、俺なんてそんな恐れ多いよ……」
天使達は皆、天兵軍のトップであるルーンさんを呼びに行く、なんて大それたことだと思っているようだ。誠さんの呼びかけを話題にはするものの、実際に動いてくれそうな天使は居なかった。
と、その時。
「じゃあ、余が案内するよ」
一人の天使が突然私達の前に現れた。
ふわふわとした銀髪を揺らしながら、その天使はにこりと微笑む。
「グリンさん」
昨日の夜は急に消えてしまったから、その後は大丈夫かどうかすごく心配だったけど、少なくともグリンさんは元気みたい。
本当に良かった。そう思いつつ隣の誠さんを見上げると、
「______」
何故か、彼はニコリともせずに眼鏡の奥の鋭い瞳でグリンさんを見つめていた。
一体どうしたんだろう。私が小声で質問しようとした時だった。
「ついてきて」
私に向かってグリンさんは言うと、背中を向けて歩き出した。
おそらく、ルーンさんとフェルミナさんが居るはずの王宮に案内してくれるんだろう。
今まで群がっていた天使達は、グリンさんを先頭にして歩き始めた私達の通路を開けるようにして左右に避けてくれる。
何だか王様みたいな待遇を受けて申し訳なく思いながらも、私達三人は王宮への道を歩いていった。
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王宮の中に入り、応接室に着いた私、誠さん、グリンさん。
私がこの部屋を訪れるのは初めてではない。前に吸血鬼と関わるのを止めるように、と天兵長ルーン・エンジェラから直々に通達を受けた時も、ここで話し合ったことがある。
だから、ここに入るのは今日で二回目だ。
コンコン、と軽快なノック音を鳴らし、グリンさんが扉を叩いてくれる。
「はい」
中からは、女性の柔らかい声が聞こえてきた。
「余だ。人間界からお客さんだよ、ルーン」
グリンさんが呼びかけると、今度は別の女性の声____先程よりも少し低めの声____がした。
「分かった。通してくれ」
ルーンさんからの了承を得たグリンさんは扉を開けて、私達を応接室へと通してくれた。
「失礼します」
念のために一礼してから、私と誠さんは入室した。
「わざわざ来てくれたのか。ユキ、それにマコトも。すまない、手間をかけさせたな」
応接室内は、以前私が来た時と少し変わっていた。
具体的には、今まで部屋の中央に大きな長机とソファーがあった場所に、一つの白いベッドが置かれてあるといった感じ。
来客用だろうか、ベッドの真正面に小さな机とソファーもある。
そして白いベッドには、短い白髪の天使ルーンさんが上体を起こして座っていた。
「いえいえ! とんでもないです! ルーンさん、思ってたよりお元気そうで良かったです」
ハイトにいっぱい攻撃されて自力では立てないくらいだったから、体も起こせてない状態かと思ってた。
ちゃんと座れてて良かった。
「フェルミナのおかげでな」
ルーンさんは穏やかな笑顔を浮かべて言った。
「そういえば、フェルミナさんは?」
部屋に入る前はちゃんと声が聞こえてたのになぁ。どこに居るんだろう。
フェルミナさんも結構な怪我をしてたような気がするんだけど……。それに忘れ物の銃も届けないといけないし。
「ああ、来客用のお茶を淹れてくれているところだ」
「ええっ⁉︎ そんな、今日は忘れ物をお渡しに来ただけなんです! それと、ちょっとお見舞いに行きたいなって思ってた程度で!」
まさかもてなしてくれるなんて……。思ってもみなかったよ。
「まぁ、遠慮するな。せっかくの客人だ。もてなさせてくれ」
「えぇと、どうしましょう、誠さん」
ここで誠さんが上手に断ってくれれば……。
「そうだな。俺もここに来るのは久方ぶりだし、お言葉に甘えさせてもらおうか」
「ええっ!? そんな、あの、お気持ちは大変嬉しいんですけど……」
思いがけない誠さんの言葉に仰天しつつ、急いでお断りしようとした時だった。
応接室の壁際のドアが開き、グラスを乗せたお盆を持ったフェルミナさんが出てきた。
薄紫色の長髪をなびかせながら、フェルミナさんは小さな机にグラスを二つ置いてくれた。
「ユキ様、マコト様、ようこそおいでくださいました。ごゆっくりなさってくださいね」
「ありがとう」
机の後ろにあるソファーを差し示し、ニコリと頬笑むフェルミナさん。
誠さんは素直に頷き、そのソファーに腰を下ろした。突っ立っているのも失礼な気がして、一応私も誠さんの横に座る。
目の前の机には、赤茶色の綺麗な飲み物がある。でも図々しく戴くわけには……。
隣の誠さんを見ると、彼は普通にグラスに口をつけて『うん、上手いな』と飲み物の感想を呟いていた。
フェルミナさんも嬉しそうだけど……。
そう思っていると、笑顔だったフェルミナさんが不思議そうな顔をして、
「ユキ様、お茶はお召し上がりになりませんか? 他のものを____」
背を向けて再び壁際のドアへと向かおうとしたフェルミナさんを、私は急いで引き留める。
「あっ! いえ、いただきます!」
グラスを両手で持って綺麗な色のお茶を飲むと、思わず『美味しい!』と感嘆の声がこぼれてしまった。それくらいに美味しかったのだ。
日本茶とは少し違って、その中にほどよい甘みも感じられる。どちらかと言えば紅茶に近い味だった。
お茶は美味しかったんだけど……。
はぁ、お茶まで戴いて、結局もてなし受けちゃったよ……。急に来てお茶だけ飲んで、図々しいなとか思われてないかな。
「それで、さっきは『忘れ物を渡しに来た』と言っていたが、何を持ってきてくれたんだ?」
ルーンさんが、私と誠さんを交互に見つめて尋ねてきた。




