第195話 いつもの夜とは少し違って(後編)
村瀬雪や後藤亜子の二人部屋から出て、彼女達に就寝の挨拶をし終えたイアンと鈴木誠。
二人のために用意された部屋へ戻るべく廊下を歩いているところで、イアンは誠に声をかけられた。
「どうしたんだイアン。あんなに心配ばかりして。お前らしくもない……と言ったら嘘になるが」
実際、イアンは雪絡みの事となると必要以上に過保護になってしまうところがある。そのため、イアン『らしく』ないという言葉は不適切だ。
誠もそのように思い直したのだろう。前言撤回を行ってから改めてイアンに尋ねてきた。
「何をそんなに焦ってるんだ」
「え?」
心の中を見透かされた気がして、イアンは素っ頓狂な声をあげてしまう。しかし、誠には本当に見透かされてしまっていたようだ。
「とぼけるな。焦っているのが見え見えだったぞ」
イアンは思わず目を丸くして、慌てたように確認を取る。
「嘘! ユキにはバレてないよね⁉︎」
「……多分な。心配しすぎくらいの感覚じゃないのか?」
「それなら良かった……」
誠の言葉に、イアンは本気で胸をなでおろした。もちろん先程の言葉は彼の推測でしかないが、イアン自身も雪が自分の様子を見て不安がっていたような気はしなかった。
よって、誠と同じように推測でおそらく大丈夫だろうと自分に言い聞かせていたイアン。
「にしても、あのグリンとか言う天使、何か危ない匂いがしたな」
ようやく平常に戻りかけていたイアンの心は、誠の何気ない一言によってひどく揺さぶられてしまう。
「マコトくんもそう思う⁉︎ 良かった、実は僕もなんだ。あいつ______」
「ほら、言えるじゃないか。だったら最初から言え」
やはり誠は、イアンの不安を形作っていた要素の正体などお見通しだったようだ。変に言い訳をするのも無駄だと思い、イアンは素直に謝ることにする。
「……ごめん」
「まだ推測でしかないが、あいつには気をつけた方が良い。本当は雪も今の天界には行かせたくないが、本人が行きたがっている以上、変に止めるわけにもいかないしな」
イアンも誠と同意見だった。仮に雪を引き止めたとしても、彼女からは必ず疑問が飛んでくるはずだ。
何故行っては駄目なのか。天界に何かあるのではないか。
挙げ句の果てには、天界がピンチな状態なら助けに行きたい、とまで言い出すかもしれない。
「うん……。マコトくん、くれぐれもユキをお願い」
雪と亜子の二人部屋でも話し合った通り、吸血鬼であるイアンが天界に赴いてしまえば、必ずと言って良いほど天界を混乱の渦に陥れてしまうだろう。
それがたとえ、雪の付き添いだったとしても。
今のイアンにはただ雪、そして自分の代わりに雪に付き添ってくれる予定の誠、この二人の無事を祈ることしか出来ない。
自分の無力さが悔しくて、歯痒くて、いたたまれなくなる。
しかし、誠はそれさえもお見通しだと言わんばかりにメガネをくいっと押し上げた。
「そんなこと言われなくても分かっている。お前は心配するな」
「……分かった」
雪と亜子の二人部屋では偉そうに言ってしまったイアンだが、今回ばかりは誠に雪を託すほかない。
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同じ頃、王宮内の別室では。
キラー・ヴァンパイア達と吸血鬼三人組が、重苦しい雰囲気の中話し合っていた。いや、話し合っていたと言うよりも、互いの詮索を試みていたと言った方が正しいだろうか。
キルがなかなか話を切り出せないでいると、当の本人達の一人・ハイトが不満そうに呼んできた。
「おい、キル」
「なに?」
キルも無表情のまま応じる。
この部屋には総勢七名が揃うということで、部屋の面積も大分広い。
その広さを存分に活かしているかのように、キル達七人は額を寄せ合うどころか数メートルもの距離を取った状態で座ったり、壁にもたれるようにして立ったりしていた。
そんな中、赤紫色の髪を乱暴にかき上げながらハイトが尋ねてくる。
「何で俺達を牢獄にぶち込まなかったんだよ」
「別に良いでしょ。私の勝手よ」
キルは短い腕を組んだまま話を流そうとしたが、それを引き止めてきた相手がいた。キルと同じキラー・ヴァンパイアの女性、マーダである。
マーダは濃い桃色の長髪を綺麗に櫛でときながら、
「良くないわよぉ。私達のことを牢に入れないでって言ったのはあんたでしょぉ? 何でそんなこと言ったのか、理由を説明してもらわなきゃモヤモヤするわぁ」
「色々、話が聞きたかった。ただそれだけよ」
しかし、自身の核心をついてきたような質問にも、キルは平然とした態度で答える。
「……ふん。何だ今更。昔話でもしろと言うのか」
スレイは壁にもたれかかるようにして立ちながら、自分よりも背の低いキルを鋭い瞳で見下ろす。
またキルも、鼻から馬鹿にするような態度のスレイを睨み、
「そんなんじゃないわよ」
場の空気が一気に重くなったところで、吸血鬼三人組が口を開いた。
「まっ、でも僕は助かったよ。あんな狭い所に入れられずに済んで」
「確かにな」
三人組の中で最年少の若人吸血鬼が明るく言い、それに賛同するように最年長の中年吸血鬼も相づちを打つ。
しかし、彼らの真ん中に位置する年齢の青年吸血鬼だけは、納得がいかないとばかりに呟いた。
「だとしても、皆に合わせる顔がねぇ。俺達が抜け駆けしたみてぇじゃねぇか」
敷物を何も引いていない冷たい地面に直で座っている彼は、他の六人を見上げる。しかし主に視線を向けているのはキルの方だ。
「ふざけんなよ」
反論に反論したのはハイトだった。ハイトは青年吸血鬼と同じように桃髪の少女を睨み付け、
「俺達が悪いわけじゃねぇ。勝手に俺達をこんな部屋に入れやがったのはコイツだ。他の奴等だって分かってくれんだろ」
ハイト、スレイ、マーダ、そして吸血鬼三人組。
この六人が自ら進んで命乞いをしたと言うなら、彼らが他に何十人と居る仲間達に責められるのも当然のこと。
しかし、そうではない。彼ら六人を牢獄ではなく王宮内の部屋に連れ込んだのは、キルなのだ。
「にしても、度胸あんだな嬢ちゃん。俺らが嬢ちゃんを今すぐここでぶっ倒すかもしんねぇとは考えねぇのか?」
中年吸血鬼が薄く笑う。
「そうね。ボコボコにされる覚悟もしてたわ」
キルは部屋のドアを背に立ちながら、下ろした拳を握り締めた。そして顔を上げて六人へ向き直る。
「でも、あなた達は私のこと傷付けたりしない」
そう言った直後、キルの足が浮いた。
「テメェ、ふざけんじゃねぇぞキル。どっからその自信が湧いてきやがる」
ハイトがズカズカと歩み寄ってきて、キルの胸ぐらを掴んだのだ。
目と鼻の先にあるかつての仲間の顔には、燃える炎のような怒りが宿っていた。
しかし、キルはハイトの血気に怖じ気づくこともなく、ハイトの瞳を見据える。
「あなたと同じ種族だから分かるのよ、ハイト。私達キラー・ヴァンパイアは殺すと決めたら躊躇しないわ」
「だから何だってんだ」
キルの胸ぐらを掴むハイトの力が強くなる。
「皆をここに連れて来てから、かれこれ五分は経ってる。その間に誰も私に手を上げてきてないんだもの。だから分かるのよ」
先程よりもさらに息苦しくなるのを感じながら、それでもキルは真っ直ぐに言った。
「あなた達は、私のこと傷付けたりしない」
「チッ! 好きにしやがれ」
吐き捨てるように舌打ちをし、ハイトはキルから手を離した。彼女に背を向けて、仲間のもとへ戻ろうとする。
「あと」
「まだ何かあんのかよ」
踏み出した足を止め、ハイトは首だけで振り返った。
「ユキを殺しかけたこと、ちゃんと謝ってほしい。本人に」
怒りで引き結ばれていたハイトの口元。それがここに来て一気に緩む。
呆れたように鼻で笑い、ハイトは抗議の声をあげた。
「ハン! 何でだよ。アイツが出しゃばってきたのが悪ぃんだろが」
「お願い」
呆れた笑いを浮かべるハイトを、しかしキルは表情を崩さずに見上げる。これはキル自身の問題ではなく、村瀬雪という一人の人間の問題。キルがここで易々と引き下がるわけにはいかないのだ。
「無理だな」
「______」
キルの決意もハイトの前では何の効力も生まなかった。
「テメェが言ったんだろ。キラー・ヴァンパイアは殺すと決めたら躊躇しねぇ。そのまんまだよ」
だから、なのか。
キルは少しだけハイトの言い分を理解した。
あの時、ハイトは村瀬雪を殺すと決めていた。だから、彼女の息の根を止めるほんの手前まで踏み切ったのだ。
最初から答えは出ていた。キルの心にもあった。
ただそれだけのことだと、ハイトは言う。
「______謝って」
それでもなお、キルは言葉を投げかける。
村瀬雪が関与している問題だからこそ、ハイト達に判断を委ねるのは間違いだ。たとえここで彼がキルの願いを承諾したとしても、キルはそれを信じられないだろう。
「私の前で。皆の前で。ちゃんと」
だが、自分の目で、王宮の皆の前で謝罪を見届けることが出来れば信用できる。
だから言葉を投げかけた。
ハイトもかつてはキルの仲間だった。キルと一緒に生きていた。
そんな彼を、自分の目が無ければ一切信用できなくなってしまったキル自身。
______堕ちたな。
と、思いながら。




