第194話 いつもの夜とは少し違って(前編)
天使達が天界へと帰ってしまってから、私達は再び王宮に戻っていた。
王宮に攻め込んできた吸血鬼達は、ヴァンさんやパイアさんを始めとする王宮軍によって牢に入れられたらしい。
ただし、ハイト、スレイ、マーダ、吸血鬼三人組の合計六人だけは牢に入れられるのを免れた。
理由は、キルちゃん。キルちゃんが彼らを牢に入れることを止めさせたそうだ。
キルちゃんはハイト達三人と同じ種族だから、多分色々と話したいことがあるんだろう。
そして、そのハイトに少しだけ首を絞められていた私は、大事を取って休むことになった。
私自身、体に異常があるわけでもないし息苦しいわけでもない。けど、何かあってからでは遅いからという理由で、今は点滴を打ってもらい、部屋にあるベッドの上で休んでいる。
この部屋というのは、ブリス陛下が私達のために用意してくれた部屋で、私と亜子ちゃんの二人部屋となっている。
「______キ。ユキ?」
「あ、はい!」
名前を呼ばれたことに気付いてドアの方を見ると、イアンさんがドアをノックする体勢のまま立っていた。
イアンさんのポーズを見るに、もうノックは終わっているみたいだ。私には音も聞こえなかったけど。ボーッとしすぎだ、ダメダメ、こんなんじゃ。
イアンさんは開けていたドアを閉めると、私が座っているベッドへと歩いてくる。
「大丈夫かい? ボーッとしちゃって」
「あ、いえ、何でもないです。ごめんなさい」
やっぱりボーッとしてたんだ、私。色々考え事するのに夢中だったからなぁ。
「別に謝らなくて良いのに」
イアンさんは柔らかく笑って流してくれる。
今このタイミングで聞くのはちょっと違う気がしたけど、思い切って聞いてみることにした。
「……イアンさんは、あのグリンってヒトのこと、ご存知なんですか?」
イアンさんは首を横に振って、
「ううん、僕も知らないよ。お父様にもお兄様にもお姉様にも聞いてみたけど、皆知らないって」
「でも、ルーンさんやフェルミナさんとはお知り合いみたいでした」
「そうなんだね」
イアンさんは王宮の襲撃の方に当たってたから、外のことは全く知らないんだっけ。
じゃあイアンさんに質問するのはやっぱり違ったかな。
ルーンさんもフェルミナさんも、グリンさんのことは知ってる接し方だった。逆に言えば、フォレスとウォルは知らなさそうだったよね。昔の天界に居たヒト、とかなのかな?
私がそんなことを考えていると、再びドアをコンコンとノックする音がした。
「はい」
「雪、あたしよ。あと誠さんも。今入っても良いかしら」
ドアの向こう側から、少しくぐもったような声が聞こえてきた。
亜子ちゃんだ! それに誠さんも帰ってきてくれたんだ。
「うん、大丈夫だよ」
私が返事をすると、ドアをガチャリと開けて亜子ちゃんと誠さんが入ってきた。
二人ともお風呂に入ってきたのか、もうパジャマ姿になっている。
「先生にはちゃんと説明してきたから。用事があって早退しますって。あたしが言ったからか分かんないけど、すんなりOKしてくれたわよ」
「ありがとう、亜子ちゃん」
亜子ちゃんは笑顔のまま、フルフルと首を横に振ってくれた。
やっぱり亜子ちゃんが学級委員長だから、先生も多めに見てるのかな。そんな待遇はどうかと思うけど、結果的に王宮に泊まれることになったんだし、それは良いか。
「お爺様には、『VEOの管轄のもと、秋祭りの後夜祭をやる関係で家には帰れない』って報告しておいたぞ。『雪をよろしくお願いします』って、お爺様、結構心配していらした」
と、続いて誠さんが報告してくれた。
「そ、そうですか。ありがとうございました、誠さん」
おじいちゃん、嘘ついちゃってごめんね。本当は後夜祭なんて無いんだよ。
私は心の中でおじいちゃんに謝罪の言葉を述べる。
「えっと、これで皆ここに泊まれるのかい?」
イマイチ状況を飲み込めていないらしいイアンさんが、首をかしげて尋ねてくる。
「はい! ご迷惑をおかけしてしまいますけど、よろしくお願いします」
私がイアンさんに向かって頭を下げると、イアンさんはにっこりと笑った。
「ううん、そんなそんな! 僕もユキと一夜を共に出来て嬉しいよ」
「えっ!?」
「はっ!?」
「ブッ!!」
私は純粋に驚き、亜子ちゃんは信じられないと言いたげに眉を寄せ、誠さんは思わず吹き出してしまっている。
「ん? 僕、何かおかしいこと言った?」
イアンさんには自覚がなかったみたいで、不思議そうに首をかしげていた。
私は急いで両手を振って、
「あ、いえいえ! 決してそのようなことは! こ、こちらこそです」
「ん? ねぇ、ちょっと雪!」
突然、亜子ちゃんが驚いたような声をあげる。彼女はベッドの近くにある机の方を指差して青い顔をしていた。
亜子ちゃんの指が差す方向へと視線を動かすと、ベッドの側の四角い机の上に黒い拳銃が置かれていた。
もちろん私のものではない。かと言って、この王宮の誰かのものというわけでもない。
この拳銃の持ち主は吸血鬼じゃない。天使だ。もっと言ってしまえば、天兵長の第一部下。
フェルミナ・エンジェラさんなのだ。
戦っている途中で気付かない間に拳銃を手放してしまっていたのか、はたまたグリンさんに抱き起こされた時に拳銃を持っていなかったのか。
彼女が拳銃を忘れていた確かな理由はまだ分からないけど、天使達が消えてしまってからの暗い地面にポツンとあったのを、私が勝手に回収したのだ。
「ああ、これ、フェルミナさんのなんだ。多分持って帰るの忘れてたんだと思う。明日ちゃんと返しに行くよ」
「なら、俺が同行しようか」
眼鏡をくいっと上げて、誠さんがそう言ってくれた。
「良いんですか? 誠さん」
私が驚いて念のために確認すると、
「そうじゃないとお前、天界に行けないだろ」
た、確かに……。私一人じゃ人間界にも帰れない。
「えー? 僕がユキと一緒に行きたい!」
と、急にイアンさんが唇を尖らせて不満そうな顔をした。
誠さんは呆れたようにため息をつき、
「お前は子供か。全く、ちょっとは現状を把握しろ。あいつらは吸血鬼と戦ってたんだぞ? まだ決着もついてない状況なのに、吸血鬼のお前が行ったらどうなるか想像出来ないのか」
「あ、そっか。僕のせいで天界がぐちゃぐちゃになっちゃうよね」
確かに、ハイトが天界を襲撃したばっかりなのに、私とイアンさんが天界に行っちゃったらまずい。
また吸血鬼が襲いに来たって誤解されて、天界の天使達が大騒ぎしちゃうかもしれないし。
「雪のことは心配するな。俺がちゃんと責任を持って連れて帰る」
「うん、はーい」
誠さんの言葉に、イアンさんは少し不満そうながらも頷く。
「イアンさん、わざわざありがとうございます」
「良いよ良いよ。気を付けてね」
イアンさんは両手を振って、送り出してくれる気満々だ。
「気が早いわよ。まだ夜なんだけど」
「そ、そうだよね、ごめん」
亜子ちゃんにツッコまれ、イアンさんは黒髪を掻いた。
恥ずかしそうに笑うイアンさん。でも、何か違う。イアンさん、無理してる……?
「本当に大丈夫ですか? イアンさん」
私が心配になってもう一度尋ねると、
「ああ、うん。大丈夫だよ。ごめん、ユキのことが心配でさ」
「私なら大丈夫ですよ。誠さんも居てくれますし」
「……そうだよね。うん、分かった。マコトくんにユキを託そう!」
お偉いさんっぽい態度で誠さんの肩に手を置くイアンさん。
誠さんは鬱陶しそうにその手を振り払ってから、
「さぁ、今日はもう遅い。用事も済ませたし、早く寝ろ」
「はい、ありがとうございます」
私が誠さんに頭を下げると、イアンさんが少し名残惜しそうに小さく手を振ってくれた。
「おやすみ、ユキ」
「おやすみなさい、イアンさん」
私も手を振り返して、ベッドの上に横になった。




