第190話 月と太陽
「……あ?」
フェルミナさんに銃を構えられ、ハイトが訝しげに眉を寄せる。
「……やめなさい!!」
フェルミナさんはハイトを鋭い視線で睨むと、もう一度静かな怒りを吐き出すように声をあげた。
「んだよテメェ……」
舌を鳴らし、ハイトも鬱陶しそうにフェルミナさんを鋭い目付きで見る。
「あなた、天兵長がどんな人かこれっぽっちも知らないでしょ。天兵長はね、強くて優しくて他人思いで、でもちょっと可愛らしいところもある子なのよ」
「何の話だよ……」
「相手をよくも知らないくせに、自分の感情だけで叩くなって言ってるの!」
フェルミナさんの感情が爆発した。
いつも天兵長ルーン・エンジェラの隣に居て、彼女を一番近くでずっと見守ってきたフェルミナさん。
そんな彼女だからこそ、ルーンさんを邪険に傷つけられることに憤りを覚えたのだろう。
「……はぁ?」
「あの子はね、太陽なの。私にとっても、天使全員にとっても。いつも先頭を歩いて私達を導き続けてくれた。頼れるリーダーなの!」
「ハンッ! リーダーがこんなに弱いだなんて、興ざめだな」
ハイトは嘲笑いながら、地面に倒れたままのルーンさんを見下ろす。
「私はいつもルーンに照らしてもらってた。ルーンに甘えてばかりで、もしかしたらものすごく迷惑かけてしまっているかもしれない」
フェルミナさんは自分の胸に拳を当てて俯き、やがて顔を上げてルーンさんを見つめた。
「ルーン。私達がいつもあなたに頼ってばかりだったから、あなたがこんなに傷ついてしまったのよね。本当にごめんなさい」
「フェルミナ……そんなことは……」
ルーンさんは瞳を震わせながら、フェルミナさんの言葉を否定するように首を振る。
今、自身がハイトにやられているのは、フェルミナのせいなどではないと言いたげに。
そんな二人のやり取りに横槍が入った。
二人の間に立っているハイトが、大きなため息をついたのだ。
「反省会なら後でゆっくりやってくれ」
吐き捨てるように言ってから、ハイトはもう一度ルーンさんの胸ぐらを掴む。
ルーンさんが小さな呻き声をあげたその時。
パァン!! という音がして、ハイトの足元の地面がまた火を吹いた。
ハイトが見下ろした時には、その火は煙となって空気中に消えていっていた。
それでも、ハイトには今の火が何から発生したものか分かったみたいだ。
ハイトは顔を上げて正面を見据えた。
彼の視線の先には、煙が立ち上る銃口を向けたフェルミナさんの姿があった。
「んだよ」
威嚇射撃をしてきた天使を、ハイトは強い眼差しで睨み付ける。
「こんな弱っちぃリーダー守ったところで、何にもならないだろ」
ハイトは馬鹿にするような口調で口角を上げながら、
「事実、俺一人が天界を襲いに行った時、天使どもがどんだけ恐怖で震えてたと思ってんだ。『この世の終わりだ』とか『もう無理だ』とか言ってる奴そこらじゅうに居たぞ。そんだけ信用がねぇってことだろ」
信用があってもなくても、違う種族が襲いに来たら誰だって怖がるよ。
それを分かってるくせに、そうやって言いがかりをつけてるんだ。
フェルミナさんの顔が曇る。でも何も言わない。
それを良いことに、ハイトはさらに畳みかけた。
「だから言ってんだよ。こんな奴守っても良いことねぇって」
「何を言ってるの……?」
フェルミナさんの唇が震えるように開いた。
「ルーンは、今までもずっと皆のことを一番に考えてきたのよ。それが彼女の人気に直結してるわ」
その言葉を聞いた私は、初めて天界にお邪魔した時のことを思い出した。
天使達は、好奇心と少しの疑念を抱いたような表情で私を見ていた。
それでも天兵長ルーン・エンジェラの姿を見れば、疑念や不安が一瞬で消え去ったように皆が笑顔になっていた。
中には熱狂的なファンも居たし、一目でルーンさんがどれだけ天使達に愛されているかが分かった。
「自分が十分輝いてるのに、その輝きを私達にも与えてくれるの」
フェルミナさんの言葉は本当だ。
現に、ルーンさんの周りはいつも輝く笑顔で満ちていた。
私はそんな光景を、この目で見たんだ。
「ルーンが太陽なら私は月。ルーンのおかげで、私は輝けてる。私が彼女を守るのは当たり前でしょ!」
「チッ! なら守ってみせろよ、月さんよぉ」
ハイトは、やけくそになりつつ叫ぶ。まるで不可能だと断言するかのように。
その途端、黒い雲の隙間から月が顔を出した。
太陽の光を受けて美しい光を放つ月が、フェルミナさんの薄紫色の髪を眩しく輝かせる。
「む、村瀬、これヤバくないか?」
「下がっておいた方が安全ね。多分あの二人、本気で殺り合うつもりよ」
風馬くんと亜子ちゃんの鶴の一声ならぬ鶴の二声で、私達三人は数歩後ろへ下がる。
私達の目の前には、王宮の階段から降りた先の一本道で、充分すぎるほどの距離を取って向かい合っている吸血鬼と天使が居た。
吸血鬼は王宮を背に、天使は王都を背にして立っている状態だ。
「私の恩人を傷付けたあなたを、私は絶対に許さない!」
揺るがない瞳で真っ直ぐに前を見据えたフェルミナさんは、銃を片手にハイトへと飛びかかっていった。
「はあああああああっ‼︎」
「うおおおおおおおっ‼︎」
二人は激突し、激しい火花を散らしている。
フェルミナさんの銃弾が身体を撃ち抜いても、ハイトはのけ反るだけにとどまる。
何とか気合を入れて踏みとどまり、続け様に鋭く伸びた爪を振るう。
フェルミナさんも白い羽をはばたかせて飛びつつ、ハイトに向かって射撃を繰り返していた。
「ぐぅっ!」
銃弾に肩を撃ち抜かれたハイトは、とうとう地面に膝をついた。
赤黒い血が流れる傷口を手で庇いながら、自分に銃口を向けてくるフェルミナさんを睨みつける。
______次の射撃が来る。
そう思った瞬間だった。
フェルミナさんは、銃口をハイトではなく地面へ向けた。つまり、標的を狙っていた銃を下ろしたのだ。
「テメェ、何の真似だ……!」
歯を食い縛り、ハイトが怒りを含んだ声で尋ねる。
「これ以上、異種族の方を傷つけるわけにはいきませんから」
フェルミナさんは、ハイトの方に優しい笑顔を向けて目を細めた。
口調も、天兵長の第一部下らしい丁寧なものに戻っていた。
「勝負はつきました。あなたの負けです。負けを認めて、ご自分のご家庭へお戻りください」
ハイトの目が大きく見開かれる。
そして、ハイトは脱力したかのようにうなだれた。
フェルミナさんの言葉。『家に帰ってください』という言葉。
本当なら、その言葉には何の問題もない。ごくごく普通の言葉だ。
それでもハイトにとっては違った。いや、ハイトだけじゃない。
スレイにとって、マーダにとって、生き残った三人のキラー・ヴァンパイアにとっては全く異なる解釈となる。
「家に帰れ、だと……?」
何がおかしいのか、と言いたげにフェルミナさんの眉が持ち上がる。
銃を腰のホルダーへとしまい、既に戦うことを放棄していた彼女に向かって、ハイトは吠えた。
「俺達にはその『家』がねぇんだよ‼︎」
悔しさを滲ませるように。不平等を嘆くように。
ハイトの目からは、透き通った涙が流れていた。




