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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第六章 堕鬼編
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第188話 まだ変われる

「ぐっ、うぅっ……!」


 私は宙に浮いていた。正しい表現をするなら、浮かされていた。


 ルーンさんをボッコボコにしようとしたハイトの前に立ちはだかったのが、そもそもの原因だ。


 ハイトの手の力はとても強く、人間の大人と同じくらいなんじゃないかと思ってしまうほど。


 しかも今は私に邪魔されたせいでものすごく怒ってるから、余計に力も強くなっているはずだ。


(ゆき)!」


 背後で亜子(あこ)ちゃんの声がする。その後にメキメキという音も。


 多分、亜子ちゃんが【鋼拳(スチール・パンチ)】を発動しようとしている音だ。


「おっと、変な真似すんじゃねぇぞ」


 ハイトには、亜子ちゃんが技を繰り出そうとしている姿がはっきり見えている。


 彼は私から視線を外して亜子ちゃんの方を見ると、ゾッとするような狂気じみた笑みを浮かべた。


「テメェが一歩でも動いた時点で、こいつの命はないと思え」


「ううっ、うぐっ、あがっ!」


 ハイトが爪を立てて私の首を掴む力を強くした。


 そのせいで息が苦しくなって、私は呻き声をあげてしまう。


「雪!」

村瀬(むらせ)!」


 亜子ちゃんの声に重なって、風馬(ふうま)くんの声も聞こえてきた。


「あと、声が聞けるうちが花だと思っとけ。コイツを殺す時間は、コイツが声もあげられねぇくらいに一瞬だからな」


「くっ……!」


「あこ……ちゃん、ふうま……くん……」


 私は何とか首を後ろに回して、背後の皆の様子を確認する。


「大丈夫……だから、私なら……えへへ……」


 何の根拠もないし何の気休めにもならないけど、少しでも皆に安心してほしい。


 私は必死に笑顔を浮かべて、亜子ちゃん達に微笑みかけた。


「雪……」


 でも、亜子ちゃんはもっと深刻そうな顔をしてしまった。


 笑顔になってほしかったのに、真逆の表情になっちゃった!


 私が一人勝手に悲しんでいると、


「さぁて、問題はテメェだ。何で天使の肩を持ちやがる」


 ハイトは亜子ちゃんから私へと視線を移し、私を睨み付けてきた。


 その時にはハイトの力は少しだけ弱まってたから、私は息苦しさを感じながらも普通に喋ることが出来た。


「だ、だって……ルーンさんが可愛そうだったから……!」


「あ? 可愛そうだ?」


 ハイトの眉が訝しげに寄せられる。


「急に襲われて、あんなになるまで痛め付けられて……苦しいに決まってるじゃない! 痛いに決まってるじゃない! 何で分かってあげられないの!?」


 誰かを庇うのに、理由があるのだろうか。


 こう言えば奇麗事で終わるかもしれないけど、急にハイトへの怒りが沸々と沸き上がってきた。


 天界から亜人界まではものすごく距離がある。


 前にルーンさんと天界まで飛んだことがあったけど、それでも距離はずいぶん遠かった。


 亜人界まではもう少し短くても、距離の遠さは相当のもの。


 例えばマンションの屋上から落下するのとは、明らかに次元が違う。


 そんな高さから落ちてきて、大丈夫なわけがない。


 事実、ルーンさんの鎧も傷だらけだったし、いつもはピンとしている綺麗な羽もグシャグシャにへしゃげてしまっている。


「るせぇな。その喉ぶっ潰してやろうか」


 言うが早いか、ハイトはもう一度私の首に掴む力を強めてきた。


「ああっ! があっ!」


 やっぱりキラー・ヴァンパイアだ。種族にこだわるわけじゃないけど、生まれた時から他の種族を殺すことを教えられている吸血鬼達だから、当然力も強いんだろう。


 一瞬、息が止まりそうになってしまった。


 これは……本気でヤバイかも。これ以上怒らせない方が良いんだろうけど、でもこのままルーンさんの辛さを分かってもらえないなんて嫌だ。


 それに、


「キルちゃんは______」


 『キルちゃん』という言葉を聞いたとたん、ハイトの目が見開かれた。


「キルちゃんは、ちゃんと痛みも悲しみも分かってた!」


 スピリアちゃんとキルちゃんが吸血鬼界で出会ったばかりの時だった。


 キルちゃんは自分がキラー・ヴァンパイアという殺しの種族で、今までもたくさんの吸血鬼達を殺してきたと話してくれた。


 そして、キルちゃん自身も一度だけ、刃を振るってしまったと。


 結局、それはキルちゃんの恐怖心が作ったと言っても良い嘘の真実で、本当はキルちゃんに殺されるはずだった吸血鬼____サレムさんは今も元気だけど。


「自分が殺しちゃったってずっと思い込んでた相手のことを、ずっとずっと想ってた! 後悔してたの! 痛い思いをさせちゃったって……」


「だから何だよ。俺に関係ねぇだろが」


 吐き捨てるように、ハイトは言う。


「同じ種族____同じキラー・ヴァンパイアなんでしょ!? だったら、何でこんなにも違うの!? ハイトにだって、優しい心があるはずでしょ!?」


「黙れ!!」


 私が思わず説教をするみたいな口調で言及してしまったせいで、余計にハイトの怒りを買ってしまった。


 ハイトの力がまた強くなり、首が、喉がギューッと締め付けられる。


「がああっ!!」


「テメェに何が分かる。アイツの名前を口に出すんじゃねぇ。アイツは俺達を裏切ったんだよ。同じ種族だとか、そんなもんは全部過去のことだ!」


 ハイトは怒りの眼差しで私を睨み付けながら、全てを捨ててしまったような言い方をした。


「わ……たし……は……出来る……と……思う……よ……」


「あん?」


 ハイトの眉が、訝しげに寄せられる。


「ハイトも……スレイも……マーダも……まだ変われる……!」


「だから俺達は……っ!」


 言いかけたハイトは、最後まで言うことなく絶句したように喉を詰まらせてしまう。


「だって! あなた達三人とも……すっごく仲間思いじゃない!」


 眉間にシワを寄せたハイトを、私は真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。


「マーダから……全部聞いたよ……。ハイト達が、どれだけ苦しい思いをしてきたか……本当に辛かったと思う……」


「同情は要らねぇ______」


「同情なんかじゃない!! うっ、げほっ、げほっ!!」


 思わず叫んでしまって、締め付けられた喉のせいで咳をしてしまう。


 それでも何とか呼吸を整えて、ハイトに私の気持ちを伝えた。


「その辛い思いも、仲間のためだったから、我慢できたんでしょ!? 仇を討ちたい、皆の無念を晴らしたい……。それって全部、あなた達が仲間思いの優しい心を持ってるから、出来ることだよ!」


 そう、このヒト達はものすごく優しいんだ。


 どれだけ辛くて苦しい思いをしてきたか、私には想像も出来ないけど、でもそんな思いをしてまで耐えてきたのは事実だ。


 だからこそ、はっきり言い切れる。


「本当に心が腐りきったヒトは、そんなこと考えたりしない……。自分のことで精一杯で、自分のことしか見えてない……。心を閉ざしたヒトは、誰かを想ったりなんて出来ないから!!」


「っ______!!」


 私もそうだった。学校に友達が居ない時は、クラスメイトという存在を自分の中で勝手に消してしまっていた。


 おじいちゃんが居れば幸せなんだって、自分のことしか見てなかった。その周囲に、視野を広げようとはしなかった。


 おじいちゃんがどれだけ不安だったか、あの時は自分のことで精一杯で、何も見えてなかったし、考えられていなかった。


「せっかく優しい心があるんだから、もうこれ以上誰かを傷付けたり、自分を傷付けたりしないで……!」

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