第183話 わたくしは国王陛下の秘書でございますから
走った末に膝をつく若人吸血鬼。
息を整えつつ後ろを振り返ると、そこに亜人達の姿はなかった。
代わりにゾクゾクと吸血鬼達が歩いてきていた。
彼らはその手に鉄砲やナイフ、槍などを持っていた。
「おっ、そろそろだね」
彼はニヤリとほくそ笑むと、吸血鬼の大群が向かっている先とは反対の方向へ走っていった。
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亜人領、某所。
亜人の男性・亜雄に倒されて気を失っていた中年吸血鬼は、ハッと目を覚ました。
「んん……俺は……」
地面に横たわっていた彼は、髪をくしゃくしゃと掻きながら上体を起こし、辺りを見回した。
「あのラブラブ亜人どもが居らん。俺を倒したと思ってどっかに行っちまったのか」
適当な推測を立てつつ、まだ少し痛む頭を抑えながら立ち上がると、
「おーい!」
中年吸血鬼から見て左方面、吸血鬼領へと繋がる道から、若人吸血鬼が駆け寄ってくるのが見えた。
「おお、お前は無事だったのか」
膝に手をついて荒い呼吸をする若人吸血鬼に、中年吸血鬼は声をかける。
すると、若人吸血鬼は寝不足の時のような死んだ目を向けて、
「無事だったっていうか、命からがら逃げてきた感じだよ、全く。あの亜人、妙にしつこく絡んできたから巻くのに苦労したよ、ほんと」
吐き捨てるように言う若人吸血鬼。
中年吸血鬼は、自分とは桁違いの強さを誇っていた赤髪の亜人を脳裏に浮かべつつ、苦い表情をする。
「……お互い、とんでもねぇ奴と関わっちまったってところか。まぁ、それは良い。それより『用事』の方はどうなっとるんだ?」
「ああ、まさに今から実行ってところ。だからあんたのことも呼びに来たんだよ」
「そうか、それは悪かったな。行こうか」
そうして、二人の吸血鬼は『用事』を済ませるべく、共通の目的地へと向かっていった。
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吸血鬼領、王宮内。
私は、目の前で繰り広げられる激戦を、ただ黙って見ていることしか出来なかった。
私と柊木風馬くん、そしてブリス国王陛下は陛下の椅子がある玉座の間に避難していて、陛下の秘書であるテインさんが私達を守ってくれていた。
目の前で繰り広げられる激戦というのは、正確に言えば、王宮軍+鬼衛隊VS吸血鬼達による戦い。
王宮を襲ってきた吸血鬼達の中には、キラー・ヴァンパイアのスレイ、前に私を誘拐してきた吸血鬼三人組……中年吸血鬼、若人吸血鬼、成人吸血鬼の姿もあった。
イアンさん、キルちゃん、レオくん、ミリアさん鬼衛隊、そしてヴァンさんとパイアさん、サレムさんを始めとする、真っ黒な鎧に身を包んだ王宮軍は、王宮を襲ってきた吸血鬼達と戦ってくれている。
それでも圧倒的に吸血鬼達の数の方が多く、王宮側は苦戦を強いられている状況だ。
一方、スピリアちゃんを捕まえたままのマーダは、王宮の隅で戦いを嬉しそうに見守っていた。
未だにスピリアちゃんが殺されていないことに心の底から安堵しつつ、私達が豪華な椅子の陰に身を潜めていると、テインさんが真剣な表情で言ってきた。
「ユキ様、フウマ様、ここでわたくしが魔方陣を出現させます。その間にお二人は人間界にお戻りください」
「えっ!?」
私が驚きの声をあげると、
「ああ、その方が良いだろう。こんなにも大きな戦いの規模は初めてだ。安全は保証できないからな」
ブリス陛下も頷き、テインさんに賛同する。
「そ、そんな……」
私は絶望的な気持ちになりながらも、目の前の惨状を見つめた。
反乱にやって来た吸血鬼達の瞳にはただならない怒りが宿っていて、王宮のことをかなり憎んでいることが伝わってくる。
そして、そんな彼らの標的であるブリス陛下を守るため、真っ黒な鎧の王宮軍とイアンさん達鬼衛隊が必死に戦ってくれている。
そんな中で、私達だけが避難するなんて申し訳ない。
それに……。そんなことをしたら、私達がここに来た目的の意味がない。
そもそも私達は、スピリアちゃんを取り戻すために亜人界に転移したんだ。
それなのに、肝心のスピリアちゃんを見捨てたままで人間界に戻るなんて、無責任なことが出来るわけがない。
「……確かに危険かもしれないですけど」
ふと、風馬くんが口を開いた。
「俺達、まだスピリアを取り戻せてないです。人間界に戻るにしても、あいつを取り戻してからにしたいです」
「風馬くん……」
「な、村瀬」
同じ気持ちだろ? と言うように、風馬くんが私に笑顔を向けてくれる。
私も同じ気持ちだって伝えるために、私は大きく頷き、
「テインさん、陛下」
そして風馬くんの発言を聞いて不安そうにしている二人に向き直り、頭を下げる。
「ごめんなさい。私達、まだここに居たいです。ちゃんとスピリアちゃんを取り戻したいから」
私の言葉を聞いたブリス陛下とテインさんは、困ったように視線を交わしたけど、
「分かりました。ただし」
テインさんが、条件付きだと人差し指を立てる。
そして彼女の言葉を紡ぐように、ブリス陛下が口を開かれた。
「ここから動くことは認めないぞ」
「「はい!!」」
私と風馬くんは同時に返事をして、二人の条件を受け入れた。
と、その時だった。
「おい! 国王のやつ、あんなところに隠れてやがったぞ!」
豪華な椅子の後ろに隠れていた私達、もといブリス陛下を見つけた吸血鬼の一人が声をあげた。
「まずい、見つかったか」
その言葉が聞こえた瞬間、顔を歪めるブリス陛下。
テインさんも悔しそうに歯噛みして、
「やはり時間は上手く流れてくれませんね……。わたくしが奴等の気を引きます」
そう言うと、白黒のフリルワンピースのポケットから、鞭を取り出した。
「すまない」
「いいえ、謝罪など必要ございません」
こちらに迫ってきているだろう吸血鬼達の様子を伺いながら、テインさんは明るい声音で言うと、ブリス陛下の方を振り返った。
「わたくしは国王陛下の秘書でございますから」
誇らしげに笑みを浮かべると、再び真剣な顔つきに戻ったテインさんは、椅子の影から飛び出していった。
「麗しき国民の皆様」
凛としたテインさんの声がひときわ大きく響く。
紫髪の三つ編みを二つにくくり、丸眼鏡をかけ、フリルのついた白黒ワンピースを身に纏った国王秘書は、玉座の間の中央に立ち、
「国王陛下を殺めようとなさるのなら、陛下の秘書が相手でございます」
「フンッ! 秘書なんざどうでも良いんだよ! 国王出せ! 国王!」
「そうだそうだ!」
案の定、反乱軍からは批判の声があがる。
「お前一人で守る気なら、先に国王の首を刈っ切ってやる!」
そしてそのうちの一人が黒マントをはためかせて駆け出し、テインさんを振り切って椅子の後ろに回り込もうとする。
まずい! 本当に回り込まれる!
私と風馬くんが身構えた瞬間、
「あなた方の相手は、秘書が務めますよ」
ヒュン! と風を切る素早い音が聞こえ、続いて吸血鬼の呻き声がする。
そして地面に何かが打ち付けられる音も。
おそるおそる椅子の影から様子を伺うと、さっき椅子の後ろへ回り込もうとしていた吸血鬼が、目を回して地面に横たわっていた。
えっ!? 一体どうなったの!?
私が驚いていると、再び風を切る素早い音が。
その音が聞こえた方向に視線を移すと、テインさんの鞭が波のようにうなっていた。
おそらく、回り込もうと駆け出した吸血鬼の身体を鞭で捕らえ、地面に投げ飛ばしたんだろう。
テインさんは、鞭をクルクルと回しながら余裕綽々といった声音で言った。
「さぁ、お次はどなたでございますか?」




