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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第六章 堕鬼編
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第181話 戦う意義

「これは……あたしに課せられた罰……。ゆきを騙して、本当は付けることもなかった傷を付けたから……」


 亜子(あこ)は若人吸血鬼を揺るぎない瞳で見上げていたが、またすぐにその視線を地面に移した。


 後悔の念を吐き出すように話し始める亜子を見下ろし、若人吸血鬼は手を腰にやって息を吐いた。


「長々と昔話してくれって言ったんじゃないんだけどなぁ」


 それでも構わず、亜子は話し続ける。


「あの子は、馬鹿みたいに優しいから……あたしの謝罪にも真っ直ぐ応えてくれたわ……」


 切羽詰まった表情に少しだけ笑みを浮かべ、


「でもあたしの中じゃ、まだ終わってない……。あの子が傷付いた事実も、あの子の心の傷も、あたしの罪も……」


 亜子はそこで言葉を切って、改めて覚悟を決めたように唇を引き結んだ。


 そして自分を見下ろしている、というより見下した態度の若人吸血鬼をキッと見上げて、


「______一生消えないんだから!!」


 心の中に閉まっていた。


 雪に言えないのは勿論だったが、風馬(ふうま)に言うのは恥ずかしいし、(ごう)に言えるほど信頼関係を築けているわけでもない。


 誰にも言えず、誰にも言わず、ずっと過ごしてきた。


 ここで思いを吐露したのは、誰かに言いたかったからではない。


 それが亜子の戦う意義であり、若人吸血鬼の言葉を借りるなら『何でそんなに戦うのか』に対する返答だと言える。


 そして、ここでもう一度立ち上がるための原動力______。


 しかし若人吸血鬼は、そんな亜子の決意を踏みにじるように、馬鹿にしたような笑みを浮かべると、


「へぇ、じゃあ罪は死んで償わないとね」


「ぐぅっ!!」


 亜子の首根っこを掴んで、再び引き上げてきた。


 思いを吐露し、戦う意義を再確認したところで、亜子の体力は上がったりしない。


 そして若人吸血鬼に既にやられた剛にも、もう亜子を守ってくれるだけの力は残っていないだろう。


 今度こそ絶体絶命な状況に立たされてしまった。


 死を、亜子が覚悟したその時だった。


「【鉄砦アイアン・フォート】!」


 突如、亜子と吸血鬼の間を切り裂くように鉄の砦が地面から出現した。


 亜子の首を掴んでいた吸血鬼の手は離れ、支えを失った亜子の身体は地面へと崩れ落ちる。


 ______はずだった。


 しかし、亜子は依然として地面に倒れ伏していなかった。


 亜子が再び目を開けると、そこには二人の救世主の姿があった。


「ママ……パパ……」


 艶のある赤い長髪に優しげな瞳。


 ツンツンとはねた赤い短髪に強そうな瞳。


 その両方を目にした亜子は、未だ全身を襲う痛みも忘れて心から安心したような笑みを浮かべた。


 地面に崩れたはずだった亜子の身体は、亜子の母親・亜美(あみ)の腕の中にあったのだ。


 亜子を抱いてくれている母の隣で、強さを擬人化したような父・亜雄(あお)が若人吸血鬼に告げる。


 既に亜美の【鉄砦アイアン・フォート】は解除されており、視線を前にすれば若人吸血鬼の姿がしっかりと見えていた。


「俺らの大事な娘と友達のこと、よくもこんなになるまで傷付けてくれたな」


「悪いけど、あなたの方がピンチな状態よ?」


 亜美が亜雄の肩を見上げて、頼もしそうに口角を上げる。


 亜雄の肩を見て、若人吸血鬼はその信じられない光景に目を見張った。


「なっ……! くそっ、もっと粘れよ……!」


 歯噛みする吸血鬼。


 彼が見たのは、亜雄の肩に担がれているもう一人の仲間だった。


 亜雄と亜美が相手をしていた中年吸血鬼は、二人の圧倒的な強さの前に敗北してしまったようだ。


 気を失った吸血鬼を肩から下ろしてゆっくりと地面に寝かせてから、亜雄は再び若人吸血鬼に向き直った。


他人(ひと)の大事なもんぶっ壊したらどうなるか、たっぷり教えてやるよ」


 力強い音を出して拳同士をぶつける亜雄。


 だが若人吸血鬼はそれでも負けを認めなかった。


「ふん、大人しく倒される奴がどこに居るんだよ!」


 そう叫ぶやいなや、素早く背中を向けて走り出す。


「あ、ちょっと!」


 亜美が一歩を踏み出すが、それよりも先に亜雄が声をかける。


「追いかけるぞ、亜美」


「ええ!」


 亜子を抱いたまま若人吸血鬼を追いかけるつもりの亜美に、亜子は申し訳なさそうに謝罪した。


「ごめん、ママ。ありがとう」


 亜美は全く気にする素振りも見せずに、笑ったまま首を横に振った。


「ママ、これでも力持ちなのよ?」


 そんな母子のやり取りを微笑ましそうに見ていた父は、後ろでうつ伏せで上体を起こしていた剛に歩み寄り、


「ほら、剛くん、俺につかまれ」


 背中を向けて両手を広げ、おんぶの格好を取る。


「ありがとうございます……」


 もはや自力では歩けないほどに体力を消耗してしまったようで、剛は素直に甘えていた。


「あの野郎、勝手に逃げやがって……! 俺達から逃げられると思うなよ……?」


 亜雄は剛を軽々とおぶると、その場で足踏みをしてから走り出した。


「あ、ちょっと! もう……じゃあ私達も行こうかしら、亜子」


「うん!」


 亜美の優しい笑顔に、亜子は躊躇なく頷いた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 優勢だった立場が逆転、劣勢に追い込まれ、逃走を余儀なくされた若人吸血鬼は、必死に思考を巡らせながらも懸命に走り続けていた。


「ったく、何で歳上のくせに僕より先に倒されてるんだよ! それだけあいつらが強いってことなのか、それともあいつが弱いだけってことなのか……」


 亜雄と亜美を相手した結果、無残にも敗れ散った中年吸血鬼に腹を立てていると、


「おいこら待てー!」


「ええっ!? う、嘘でしょ!? 何で追いかけてくるんだよー!」


 背後を振り返り、亜雄と亜美(剛と亜子はそれぞれに抱かれたりおぶられたまま)が自分を追いかけてくるのを見て、若人吸血鬼は驚いて足を動かすスピードを速めた。


 一刻も早く亜人領から出て吸血鬼領に行かなければ、彼の『用事』が済まないのだ。


 しかしそんなことなど知るよしもない亜雄は、さらに走るスピードを上げてくる。


「当然だろうが! このまま逃がすかよ!」


 これこそまさに運命の悪戯。


 吸血鬼は泣きそうになりながら、いや、既に心の中では大粒の涙を流しながら懸命に逃げ続ける。


「待ってよ、僕、本当に用事があるんだってばぁ!」


「そんなもん、知ったこっちゃねぇよ! 亜子と剛くんを傷つけてくれた罰だ!」


「わ、悪かったからぁ!」


 何とかこの鬱陶しい亜人を振り切ろうと、吸血鬼は必死だ。しかし当の亜人の方も全く緩みを見せてくれない。


 口をついで出た謝罪を無我夢中で叫びつつ、亜人を振り切ろうと懸命に足を動かしていると、それが彼の琴線に触れてしまったのか、更なる怒号が飛んできてしまった。


「思ってもねぇこと言うな!」


「ごめんなさいぃぃぃ‼︎」


「思ってねぇのかよ……」


 呆れた亜雄の呟きは、若人吸血鬼には聞こえるはずもなかった。


 彼の頭の中は、とにかく吸血鬼領に逃げて『用事』を済ませることでいっぱいいっぱいなのだから。

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