第179話 あんたの心はちっとも動かないでしょうね
「陛下、あの日のこと、覚えておられますか?」
王室の中には緊迫した雰囲気が漂っていた。
椅子に座った薄髭の吸血鬼と、彼を守るように斜め前に立っている紫色の三つ編み吸血鬼を見据え、濃い桃髪を背中まで伸ばしたキラー・ヴァンパイアは尋ねた。
「あの日のこと……? いつの日なのか、詳しく教えてくれんか」
「私達キラー・ヴァンパイアを……処刑した日のことです」
怒りを抑えたように声を詰まらせながら、マーダは続ける。
「種族上の関係で、私達は他種族を殺して生きてきました。それが昔からの伝統だったから、オトナ達に、死んだ両親にそう教わっていたから、もうそれが常識のような感覚でした」
マーダは遠くを見つめるように顔を上げると、
「あの日、私は他の仲間を誘って牢獄を脱出しました。唯一、私達が滅ぼせなかった種族を滅ぼすために」
その言葉にサレムさんが目を見張り、スピリアちゃんは泣きそうな顔になる。
「でも、だから仲間の、両親の死に目に会えませんでした」
ブリス陛下もテインさんも、そして私達も、黙ってマーダの話を聞いていた。
黙って……というよりも、割り込む隙が無かったのだ。
「ものすごく痛かったはずです。苦しかったはずです。昔からの伝統で、それに従って生きてきただけなのに、最期には無惨に殺されるなんて……」
黙って彼女の話に耳を傾けていたブリス陛下の顔が曇る。
自分が指示したことである以上、私達では想像できないほどの責任を痛感していらっしゃるのだろう。
自分のせいで、何人も何十人もの尊い命が消えてしまったんだから。
「でもそれと同じくらい、残された私達も苦しかった! 辛かった! 伝統のために殺されるなんて……そんなもの、受け継いでこなきゃ良かったのに……!」
マーダの声が震え、肩が震え、その後に聞こえたのは嗚咽だった。
他人に向かって話しているというよりも、自分自身に話しているようだった。
「何で私達がこんなに辛い生活をし続けなきゃならないんですか? 居場所もない、家族もいない、家もない……。同じ種族なのに、何でこんなに差があるんですか?」
マーダは振り返り、涙で潤んだ瞳をキルちゃんに向けると、
「キルは裕福に何不自由なく暮らしてるのに!!」
マーダに睨み付けられ、キルちゃんは肩をビクッと動かす。
「何で私達が……こんなに悲しい思いをしなきゃいけないんですか!? 不公平です! 理不尽です! 大切なヒト達を殺された悲しみ、あなた達にも味合わせてあげるわ!」
直後、マーダはスピリアちゃんの首に手を回し、彼女の首に長く伸ばした爪を突きつけた。
「やめろ!!」
反射的に、サレムさんが駆け出そうとした。
「動かないでくれる!?」
でも、マーダの怒号に思わず足を止めてしまう。
「あなた達のお偉い国王陛下が言ってたでしょ……? 『人質に手を出すことは認めない』って」
「それはお前が______」
「いつ『誰が』って言ったのよ!!」
サレムさんの言葉を遮り、マーダは怒りの声をあげた。
「あいつ、『誰が』なんてはっきり言ってないでしょ……? だったらあなた達も同じよ!!」
私達を指差し、感情を爆発させるマーダ。
「言ったでしょ? 私達は大切な仲間や家族の死に目に会えなかったの! 家族の最期を看取れるだけでも、ありがたいと思いなさいよ!」
「そこまでにしてもらおうか」
その声に私達が顔を上げると、椅子に座っていたブリス陛下が立ち上がって、玉座からマーダを見下ろしていた。
そんな陛下を、マーダは恨めしそうに見上げ、
「高いところからの景色、さぞ見晴らしが良いでしょうね。哀れな吸血鬼をその目で見ても、あんたの心はちっとも動かないでしょうね!」
「そんなわけがないだろう!!」
突如張り上げられた声に、マーダの動きが止まった。
ブリス陛下は玉座の階段を降りると、真っ直ぐマーダを見つめる。
「わたしが部下に国民の命を殺めさせて、平気なわけがないだろう? わたしだって嫌だ。だが……何の罪も持っておらん国民が命を落とすのは、もっともっと嫌だ!」
マーダは暫くブリス陛下を見つめていたけど、
「ふんっ、何よ。それで国民思いの心優しい国王陛下ですって? 笑っちゃうわ」
「いい加減に、言葉を慎みなさい!」
ついに我慢の限界が来たのか、テインさんがマーダを制裁する。
でも、マーダからは言う通りにしようとする意思は感じられない。
そしてその後のマーダの言葉には、国王陛下に対する敬意など微塵も込められていなかった。
「何で『罪のない吸血鬼』が私達に協力したと思う? 皆も不安だったのよ!」
「鬼衛隊とかいう組織が作られて、天界からの襲撃も人間界からの襲撃も、そのヒト達が守ってくれるんだって、みんなみんな安心してた。でもそれがどう? 実際、こいつら鬼衛隊が動いて何か変わった?」
マーダはイアンさん、キルちゃん、レオくん、ミリアさんを指差し、
「天界からの奇襲も、人間界からの冷たい態度も、天界と人間界の身勝手な同盟も、何一つとして解消されなかったじゃない!」
首を横に力強く振り、再びブリス陛下の方を振り返る。
「罪を持ってない国民が命を落とすのはもっともっと嫌だ? よくその口で言えたわね!」
今度はブリス陛下を指差すマーダ。
「天界からの奇襲の時も人間界からの襲撃の時も、あいつらに殺されて命を落とした『罪のない吸血鬼』達が山ほど居たのよ!? その時々の犠牲者は少なくてもね、トータルで計算してみなさい! どれだけ犠牲が重いものか!」
奥歯を噛み締めてブリス陛下を睨み付けるマーダの怒りは、さらに威力を増して沸き上がっていく。
「幸い、今はどっちからも襲撃されることはないわ。それで国民が安心したとでも? 真逆よ! いつまた襲われるか分からない、そんな恐怖に支配されながら一日一日を過ごさなきゃいけないのよ!」
それからマーダはブリス陛下やテインさん、サレムさんだけでなく、鬼衛隊の面々をぐるりと見回して、
「あんた達みたいな上級吸血鬼は魔法も技も身につけてるから、奇襲にも対抗できるわよねぇ。でも、何にも持ってない吸血鬼は!? そのための能力を奪われた吸血鬼は!? 何も出来ないまま、みすみす死んでいけって言うの!?」
爪を長く伸ばしたまま腕を振り、マーダはしっかりと自分の意思を表明する。
「そんなのごめんだわ! ねぇ、皆!!」
「「「うおおおぉぉぉぉぉ!!」」」
マーダが声を張り上げると同時に、王宮の扉が乱暴にこじ開けられた。
叫びながら王宮へと押し入ってきたのは、たくさんの吸血鬼達______『罪のない吸血鬼』達。
彼を見て一人、イアンさんが絶望を瞳に宿しながら呟いた。
「反……乱……!?」




