第178話 案ずるな
私はマーダに連れられて、スピリアちゃんと一緒に王宮に来ていた。
マーダが来たことにテインさんや他の門番の方も驚いて、警戒心を募らしていたけど、私が事情を説明すると渋々中に入れてくれたのだ。
事情というのはもちろん、キラー・ヴァンパイアの半数以上が処刑されたおぞましい出来事についてだ。
キラー・ヴァンパイアという種族は、他種族の吸血鬼達の血肉を糧として命を長らえている。
その分、彼らによって滅ぼされてしまった種族も少なくないため、数年前にブリス陛下の指針によって処刑が決定した。
牢獄からの脱出に成功し、逃亡生活を送っていたハイト、スレイ、マーダ。
マーダ自身も野宿の毎日を、キラー・ヴァンパイアとして生まれてきたことを後悔していた。
そんな生活ともおさらばするためにも、後悔していることをブリス陛下に伝えてみてはどうかと、私が提案したのだ。
それで私とスピリアちゃんは人質として、マーダと一緒に居るというわけだ。
私達が見据えているのは、トランシーバーにも似た黒い端末で話をしているテインさんだった。
私が初めてこの世界に来た時に、イアンさんが持っていたものとはまた違う形状をしていた。
きっと広範囲にまで連絡が行き渡り、よりたくさんの仲間達と連携できるように改良されたものなのだろう。
もっと言えば、王宮だからこそ持っている端末なのかもしれない。
テインさんはマーダと私達を王室に通すことを許した上で、今もスピリアちゃん捜索に精を出してくれているイアンさん達に、スピリアちゃんが王宮に居ることを報告してくれている。
紫色の髪を三つ編みにして二つに結び、眼鏡をかけた王室の秘書は、トランシーバーのような端末を白黒フリルがついたスカートのポケットにしまうと、
「スピリアがここに来たということは、皆にも伝えたわ。悪いけど、話はその後よ。私達の目的はあなたの話を聞くこととは少し違うから」
「テイン……」
後ろに組んだ手を縄で縛られているスピリアちゃんは、テインさんの言葉を聞いて泣きそうな声を漏らした。
実際、スピリアちゃんも涙を堪えてくれているのだろう。
唇が恐怖でわなわなと震えているのが分かるし、何より目の前に仲間が居るのに彼女の元に行けないのだから。
「分かったわ。待てば良いんでしょう?」
意外にも、マーダは素直にテインさんの要求をのんだ。
そのことに私だけではなくテインさん自身も驚き、目を見張っていたけど、その表情は一瞬で緊迫したものに戻った。
確かにマーダは私とスピリアちゃん、二人の人質を抱えている状態。
マーダの心変わり次第では、私達はすぐにでも殺されるのだ。
「……それは良いんだけど」
マーダは王室全体に視線を巡らせると、その終着点をテインさんにして、
「肝心の陛下が居ないじゃない。話のしようがないわぁ」
「陛下が出てこられるのは、あなたと話す直前でございます。万が一のことがあってはなりませんので」
文句を垂れるマーダに、テインさんは秘書の口調に戻って言った。
テインさんの言葉を聞いたマーダは、不満そうに唇を尖らせて床を見つめる。
「テイン!!」
閉まった扉の奥から、イアンさんの声が聞こえてきた。
「はい、イアン様」
テインさんは皆が帰ってきたことに気付くと、足早に駆け寄って扉を開けた。
扉が開くと、案の定イアンさん達が居た。
より正確には、ヴァンさん、パイアさん、イアンさん、キルちゃん、レオくん、ミリアさん、サレムさん、風馬くん、誠さん。
どうやら、VEOの救出の後に吸血鬼達を追って先に亜人界へ転移したキルちゃん、レオくん、誠さんにも事の重要さが伝わっているみたいだった。
おそらくイアンさんかミリアさんが連絡を入れてくれたのだろう。
三人も切羽詰まったような表情をしていた。
「来たわねぇ。待ちくたびれたわよぉ」
マーダはほくそ笑んで目を細めると、私をイアンさん達の方へと突き飛ばしてきた。
「______ユキッ!」
瞬時に反応したイアンさんが受け止めてくれたおかげで、私が地面に倒れることはなかった。
「イアンさん、ありがとうございます……」
お礼を言いつつマーダを見上げると、さっきまでの萎れた雰囲気は微塵も感じられなかった。
「スピリアッ!」
「お兄ちゃん!」
手首を縛られた妹を目にした兄は叫び、妹も身体を捻って抵抗する。
「感動の再会してるとこ悪いけどぉ、近付けさせないわよぉ?」
未だスピリアちゃんを捕まえたままの彼女が宿しているのは、いつもと変わらない余裕そうな笑み。
「どういうこと……? マーダ! ブリス陛下に伝えるんじゃなかったの!? ずっと辛かったって、後悔してるって!」
「ええ、後悔してるわぁ」
マーダは自分の頬に手を添えて、
「王宮に潜り込めたのは良いけど、タイムロスが激しすぎるしぃ、よく考えたら、私達だけで勝手に家を建てて暮らせば、野宿生活とも普通におさらば出来るわけでしょ?」
マーダはわざとらしくため息をつくと、
「あの時は色々と参ってたから、お嬢ちゃんのやり方が最善策だなんて思っちゃったけど。ほんと、私ったら大馬鹿だわぁ」
「マーダ!」
「うるさいわねぇ! 黙ってなさい! 人間風情が!」
マーダは空色の瞳が豆粒になるくらいにカッと目を見開くと、怒りに満ちた表情で私に針のような鋭い視線を投げてきた。
「_____っ!!」
あまりの気迫に、私は息を呑んでしまう。何も言葉が出てこなかった。
マーダは私達の方を向いたまま、
「ブリス! 居るんでしょう!? みすみす隠れてないでさっさと出てきなさい! あんたに話があるって言ってるでしょう!? じゃないと」
スピリアちゃんの白い首に長い爪を突き立てて、ゾッとするような笑みを浮かべた。
「この子の首が飛ぶわよぉ?」
「やめて!! マーダ!!」
「黙れって言ってんのよ!!」
私が叫ぶよりも大きな怒号を飛ばすマーダ。
「居るんでしょう!? ねぇ、出てきなさいよ!! 仮にもお偉い国王陛下なんでしょう!? そんな及び腰だと、国民も守れないわねぇ」
目を見開いて私達を睨みつけたまま、それでもマーダの話す相手はブリス陛下に移っている。
「マーダ! お父様を侮辱するな!」
マーダの言葉にイアンさんが声を荒げ、ヴァンさんとパイアさんも腰に差した剣を抜こうと構えを取る。
でもそれ以上は動かなかった。何故なら、
「大丈夫だ、案ずるなお前達」
息子達と娘に心配をかけないように言いながら、王室の外れのドアからブリス陛下が現れたからだ。
「お父様……」
万を辞してマーダの視界に映り込んだブリス陛下を見てイアンさんがポツリと呟き、
「陛下、万一の時はお下がりください。わたくしがこの命に代えても陛下をお守りします」
テインさんがブリス陛下の前に立ち、スカートのポケットから鞭のようなものを取り出す。
ブリス陛下は、人質を連れているキラー・ヴァンパイアをしっかりとした眼差しで見据えた。
「話してみなさい。だが、スピリアに……人質に手を出すことは認めん」




