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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第六章 堕鬼編
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第177話 もぬけの殻

 村瀬(むらせ)(ゆき)に思いを託された少年・柊木(ひいらぎ)風馬(ふうま)は、村を抜けて懸命に走り続けていた。


 『逃げて、助けて』


 そう風馬に告げた雪。


 風馬には、その言葉の意味がしっかりと伝わっていた。


 何より、風馬自身も『それ』が一番の打開策だと思っていたから。


 ______待ってろ、村瀬。俺が絶対皆を呼んでくる。絶対助けに行くからな!


 風馬は心の中で雪に告げると、踏み出す足により一層力を込めた。


 そしてポケットから黒い小さな端末を取り出した。


 まるでトランシーバーのような黒い端末。


 実はスピリア捜索のために王宮を出た直後、皇太子・ヴァンから渡されていたのだ。


 その端末を使えば、持っている者同士で連絡を取り合うことが出来る。


 おまけに所有者同士の位置情報も確認できるという優れもの。


 何かあったら、それで連絡をしてくるように、と。


 風馬はそんなヴァンの言葉を思い出しながら、黒い端末を起動させた。


 ジジジ……というかすれた音がして、端末が起動したことを告げる。


 風馬はそのマイク部分に口を近付けると、


「風馬です。スピリアが幽閉されている小屋を発見しました。今村瀬……雪もスピリアと一緒に居ます」


 必要事項を伝えながらも、走る足を止めない。


 辺りをキョロキョロと見回して、見知った人物が居ないかを確認していると、端末から声が聞こえてきた。


『イアンです。フウマ、報告ありがとう。僕達、建物を中心にスピリアを捜してたんだ。でも見つかって良かった。今から向かうからそこで待ってて!』


「分かりました! お願いします、イアンさん!」


 イアンとの連絡が取れた段階で、ようやく走るのを止める風馬。


 下手に動くと位置情報の取得に支障を来すため、じっと待っていることにしたのだ。


「フウマ!」


 風馬が声のした方を振り向くと、イアン、ミリア、サレム、ヴァン、パイアが走ってきていた。


 端末でイアンと連絡を交わしてからおよそ五分後のことだった。


「イアンさん! 皆さん!」


 風馬も小走りで駆け寄り、吸血鬼達に現状を伝える。


「俺と……雪がスピリアの幽閉されてる小屋を見つけたんですけど、マーダに待ち伏せされて、そのせいで雪が殴られちゃったんです。多分無事だと思いますけど、なるべく急ぎたいです」


「分かった。ユキのことも心配だし、すぐに向かおう。フウマ、案内よろしく」


 イアンに言われて頷き、風馬は元来た方へと走っていった。


 やがて走っていると、雪と一緒に見つけた小屋へと辿り着いた。


「ここです」


 風馬が振り返ってイアン達に伝えると、イアンが真剣な表情で言った。


「またマーダが待ち伏せしてるかもしれないから、フウマはここで待ってて。僕が先に確認しに行くよ」


「気を付けろ、イアン。奴は凶悪な吸血鬼だぞ」


 兄であるヴァンに言われて、イアンは『はい』と返事をしてからゆっくりと小屋へ近づいていった。


 まるで城に侵入する忍者のように、空き巣に入る泥棒のように、抜き足差し足忍び足を駆使するイアン。


 そして扉の前まで来ると、イアンはそっとノブを握った。


 そしてゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込み、一気に扉を開け放った。


「ユキとスピリアを返せ!」


 ところが。


「______」


 小屋の中はもぬけの殻だった。人っ子一人居なかった。


 誰かを幽閉していたような痕跡____例えば手足を縛っていた縄や口を塞いでいたガムテープなど____も一切落ちていなかったのだ。


「あれ……何で⁉︎ 村瀬⁉︎ スピリア⁉︎」


 風馬は困惑して小屋の中に押し入ると、辺りをキョロキョロと見回した。


 しかし当然ながら、この中に居たはずの者達の姿はない。


 風馬の口から、堰を切ったように考察が語られる。


 目を泳がせ、脳をフル回転させながら、風馬は必死に考えた。


「ほ、本当に二人とも捕まってたんです! 多分、マーダがどこかに連れて行ったんだ……。でも、だとしたら一体どこに連れて行ったんだ……? マーダの目的はスピリアだけだ。わざわざ村瀬まで連れて行く必要なんてないのに______」


 ふと肩に軽い感触を感じで風馬が顔を上げると、イアンが優しく微笑んでいた。


「落ち着いて、フウマ。大丈夫だよ。ユキもスピリアも。ね?」


 そうは言ったものの、イアンだって無条件にそう思っているわけではない。


 勿論雪やスピリアの行方が不明のままで、不安でないわけがないのは彼も同じだ。


 一方、風馬にもイアンが気遣って言ってくれたことが充分に伝わっていた。


「イアンさん……」


 イアンの笑顔につられ、自然と風馬の顔にも笑みが浮かぶ。


 と、黄色い長髪の吸血鬼・ミリアが手を挙げてイアンに告げた。


「イアン様、念のためにこの辺りも見て回った方が宜しいかと思います。(わたくし)、少し見てきますね」


「ああ、分かった。気をつけて、ミリア」


「はい、お気遣いありがとうございます。イアン様」


 そうして歩き出したミリア。


 しかし、その肩に手を置いた者がいた。


「私が付き添うわ。何かあったら危険よ」


 長い黒髪をポニーテールに結んだ、イアンの姉であるパイアだ。


「パイア様……。申し訳ありません」


 王女であるパイアに手を煩わせてしまい、ミリアは申し訳なさそうに頭を下げる。


 しかしパイアは首を横に振って、


「良いのよ、私も不安だもの」


 そうしてパイアとミリアの二人は、村を見て回った。


 そんな二人の後ろ姿を見送っていると、風馬の目にあるものが飛び込んできた。


「イアンさん、あれ、どうしたんですかね」


 風馬が指差す方を見たイアンは、眉をひそめた。


「確かに。何だろう……」


 二人が見つめる先。そこには村から出て行くのか、沢山の吸血鬼達がゾロゾロと歩きながら列を成していた。


「今日は特別な催しも無いんだがな」


 明らかにいつもとは違う彼らの行動に、ヴァンも怪訝そうな表情を隠せない。


 一体何があったというのか。


 そう思っていると、いきなりヴァンの携帯電話が鳴り出した。


 ヴァンは急いでそれを取り出して画面を確認すると、


「もしもし。……どうした、テイン」


 電話の相手はブリスの秘書・テインであった。


 テインからの用件を聞いているのか、少しの沈黙を置いた後で、ヴァンは目を見開いて声を張り上げた。


「何、マーダが⁉︎ 分かった、すぐに向かう!」


 乱暴に電話を切ると、風馬達の方へ向き直るヴァン。


 彼の頬には小さな汗が浮かんでおり、ただならぬ事態が発生したことを物語っていた。


「どうしたのですか? お兄様」


 嫌な予感を抱きつつ、イアンが質問をすると、


「マーダが王宮に現れたそうだ! ユキとスピリアも一緒らしい!」


 ヴァンの言葉に、風馬とイアン、そして見回りを終えたミリアとパイアも驚きを表情に宿す。


「帰りましょう! お兄様!」


「ああ! 急ぐぞ!」


 弟の言葉に頷き、ヴァンは皆を統率して王宮へと戻っていくのだった。

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