第176話 それを伝えたらどうかな
小屋に閉じ込められてから、一体どれくらいの時間が経っただろうか。
私はふと、目を開けた。不覚にもいつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
小屋の中は依然として暗闇に包まれている。
どうやら、寝ている間にどこか別の場所に移された、というようなことはないみたいだ。
冷たい地面も狭い小屋の中も、何一つ変わっていない。
首を動かして隣を見ると、水色のウェーブがかった髪を肩まで伸ばした小さな吸血鬼が、スースーと寝息を立てながら眠っていた。
安心して力が抜けてしまったのだろう。
それにしてもこんなに小さなスピリアちゃんが、マーダ達のような卑劣な吸血鬼に狙われているんだな。
改めてそう思うと、可愛そうでならなかった。
今まで色々な苦痛に耐えてきただろう。
どれだけ苦しくても、この小さな体で耐えてきたんだ。
この小さな体では抱えきれないほどのたくさんの重荷を背負いながら。
一体、マーダ達がここまで執拗にスピリアちゃんを狙う理由は何なんだろう。
それに、キラー・ヴァンパイアは他の種族を食い滅ぼしてしまう種族のはずなのに、スピリアちゃんはまだ生かされている。
他の種族の吸血鬼のように、すぐに殺されない理由は……。
てっきり、マーダの目的は滅ぼし損ねたホーリー・ヴァンパイアを食い殺して、今度こそ絶滅させることだと思ってたのに。
スピリアちゃんがまだ生きているということは、目的が他にあるということ。
じゃあその目的って何なの……?
私がそんなことを考えていると、いきなりガチャリと扉が開いた。
もしかして、風馬くんがイアンさん達を連れて戻ってきてくれたのかな。
つい、楽観的な期待を胸に抱いてしまう。
でもそんな淡い期待はすぐに砕け散った。
扉を開けて小屋の中に入ってきたのは、私とスピリアちゃんをここに幽閉した張本人・マーダだった。
私やミリアさん、スピリアちゃんを馬鹿にして偉そうな態度ばかり取っていて、余裕そうな笑みを浮かべているマーダ。
______のはずが、違った。
正確には、マーダが浮かべている笑みは決して『余裕そう』ではなかったのだ。
今のマーダは、とても暗い顔をしていた。
いつもは眩しいくらい生き生きと輝いている空色の瞳も、くすんでいるように見える。
濃い桃色の長髪、その毛先からは、ポタポタと水が落ちていた。
もしかして雨宿りのために小屋の中に入ってきた……?
「外、雨なの?」
マーダはくすんだ瞳で私を見つめると、暗い表情のまま目を逸らした。
「ええ、そうよ」
「……何かあったの?」
敵とは言え、さっきまでとは打って変わった態度だから気になってしまう。
私が寝てしまっていたのも短時間のはずだし、その短時間で何かがあったとしか考えられない。
「お嬢ちゃんには関係ないことよ」
床を見つめたまま、低い声音で答えるマーダ。
確かに私には関係ないかもしれないけど、心配に決まってるじゃない。
急に萎まれたら、こっちもどうしたら良いか分からなくなる。
「……何でスピリアちゃんのこと、殺さないでくれたの?」
しばらくの沈黙。やがて、
「私の勝手でしょう」
返ってきたのは低い声。本当にどうしちゃったの……?
「何であなた達がしつこくスピリアちゃんを狙うのか、その理由が知りたいの」
私が言っても、マーダは黙ったまま口を開かない。
やっぱり言いたくないんだろうか。それとも答えるかどうか迷っているのだろうか。
やがて沈黙を破るように、マーダの力の無い声が発せられた。
「殺されたからよ、私達の仲間が」
キラー・ヴァンパイアが!? でも、どうして……。
キラー・ヴァンパイアの方が、たくさんの吸血鬼を殺してきたんじゃ______。
まさか!
私が目を見張ると、マーダはそんな私をちらりと見て、
「多分、あなたの推測は正しいわ。私達が吸血鬼を殺しすぎたから。その罰よ」
マーダはゆっくりと、何があったのかを話してくれた。
キルちゃんが鬼衛隊に所属した数か月後、今までの悪行が原因でキラー・ヴァンパイア達は王宮に連行された。
そして今まで他種族の吸血鬼を殺してきた罪で、一族の半数以上が処刑されてしまったという。
処刑が執行されるまで、彼らの身柄は牢獄で拘束された。
そんな中、厳重な警備を掻い潜って命からがら脱出したのが、ハイト、スレイ、マーダの三人だった。
「______そんな時に、私達が唯一絶滅させられなかった種族がいたことを思い出したの。殺し損ねた吸血鬼がいるのに仲間が殺されるなんて無念だって……そう思ったわ」
ホーリー・ヴァンパイア……。スピリアちゃんとサレムさんのことだよね。
「仲間が処刑されるまで時間がない。必死だった。何としてでも殺し損ねた吸血鬼を殺さなきゃ、皆が死んでも死にきれない気がしたから」
マーダは、それに、と付け足して、
「私達だって王宮に戻ったら殺される。だったら私達の手で殺し損ねを殺してやろうって思ったの」
「そんな……」
「でも間に合わなかった。仲間は予定通りの日に死んだわ」
じゃあ、スピリアちゃんをしつこく狙ってるのは、仲間へのせめてもの罪滅ぼし……。
マーダ、いや、マーダだけじゃないハイトやスレイ、その三人が抱える深い闇のこと、少し分かってしまった気がする。
「居場所が無いから、毎日毎日野宿の生活よ。あの子は……キルは鬼衛隊に入って悠々と暮らしてるっていうのに。ほんと、不公平よねぇ」
もう諦めてしまったような、そんな声だった。
「こんな種族に生まれてこなかったら、今頃は温かい家と温かい家族に囲まれて、何不自由なく暮らしてたでしょうに」
マーダはふと目を瞑った。彼女の瞑った目から、一筋の涙が零れ落ちる。
「______なら、それを伝えたらどうかな」
私の言葉に、マーダがハッとしたように目を見開いた。
「ブリス陛下に」
処刑された仲間は取り戻せなくても、今までの生活なら取り戻せるはずだ。
改心して足を洗うことを陛下の前で誓えば、陛下だって許してくれるはずだ。
「ブリス陛下は、すっごく優しいひとリ。きっと許してくれるリ」
いつの間にか目を覚ましていたスピリアちゃんも、優しい声音でマーダを後押ししてくれる。
スピリアちゃんの言葉にさらに驚いたように目を見開き、私とスピリアちゃんを交互に見つめるマーダ。
「……そうね」
少し口角を上げて小さく呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
「ただし、あなた達も来てもらうわよ。人質なんだから」




