第174話 同じ吸血鬼のため
亜子ちゃんが藤本くんを助けに行ってくれている間に、私、イアンさん、ミリアさん、風馬くんの四人は王宮に向かっていた。
イアンさんが一旦保健室に引き返してくれたことで、彼を待つ間にミリアさんの回復魔法が完全に効力を発揮して、私達の怪我は完治。
そしてイアンさんの魔法陣で、私たちは無事に吸血鬼界、もとい亜人界に転移することが出来たというわけだ。
「イアン王子。それに皆様も。どうかなさったのですか?」
王宮に着いた私達に声をかけてきたのは、門番の一人だった。
おそらく護衛用だろうか、槍を持って立っている青髪の青年に、イアンさんは真剣な表情で言った。
「お父様に話したいことがあるんだ。それと、サレムにもその話を一緒に聞いてほしい」
「お、俺も、ですか。承知致しました」
サレムと呼ばれた門番は少し驚いてから、鎧の胸部に手を当ててお辞儀をすると、王宮の扉を開けてくれた。
「イアンさん、サレムって……」
皆で廊下を歩きながら尋ねると、イアンさんはにっこりと笑って、
「ああ、スピリアのお兄さんだよ」
「「えっ!?」」
私が叫んだ声に、もう一人の声が重なる。
私の横を歩いていた風馬くんも、同じように驚きの声をあげていた。
私達は顔を見合わせて苦笑しつつ、先を歩いているサレムさんの背中に声をかける。
「あの、初めまして。村瀬雪と申します。スピリアちゃんとはすごく仲良くさせてもらってて」
「そうなんですね。初めまして、ユキさん。俺はサレムです。スピリアがいつもお世話になっております」
サレムさんは振り返ると、私に向かって礼儀正しく会釈をしてくれた。
「えっと、柊木風馬です。俺もスピリアと仲良くさせてもらってます」
「フウマさんですね。よろしくお願いします」
自己紹介をした風馬くんに、サレムさんはにっこりと微笑む。
でも何故か、私達に対しても敬語で話してくれる。
イアンさんに対してなら、門番と王子という関係性だから敬語なのも当然だけど、私達にまで敬語を使ってもらう必要なんてないのに。
「あの、俺達、敬語で話してもらえるほど偉くないので、全然普通にタメ口で喋ってください、サレムさん」
私と同じ気持ちだったらしく、風馬くんがサレムさんにそうお願いする。
サレムさんは緑色の瞳を丸くして驚くと、
「え、でもイアン王子のお連れ様ですから」
なるほど。私と風馬くんがイアンさんやミリアさんと一緒に来たから、特別なお客かと思ったわけか。
「私からもお願いします。多分私達の方が年下だと思いますし」
サレムさんは見た目からして、人間でいうと二十歳くらいのピッチピッチな大人。
まだ学生の私と風馬くんよりは、明らかに年上のはずなんだけど……。
「そうですか……。宜しいですか? イアン王子」
サレムさんは遠慮がちに、イアンさんの方を見た。
自分に話を振られたことに驚き、今度はイアンさんが赤い瞳を丸くする。
「え、僕に確認取るのかい? 全然良いんじゃないかな。二人もそう言ってることだし。ね? ミリア」
と、会話のバトンをミリアさんに渡すイアンさん。
「わ、私ですか!? え、えぇ、勿論よろしいと思います」
ミリアさんは心底驚いたと言うように自身を指差してから、遠慮気味にイアンさんと同じ意見を述べた。
ミリアさんの意見を聞いたイアンさんは、満足げに笑顔を浮かべると再びサレムさんの方に向き直った。
「ほら、全員一致」
どうやらこの場に居る皆の意見を聞きたかったようだ。
にっこり笑顔のイアンさんに若干引きつつ、サレムさんは私と風馬くんのお願いを聞き入れてくれた。
「そ、そうですか。で、では……改めてよろしく。ユキちゃん、フウマくん」
「「よろしくお願い致します!」」
口を揃えて挨拶をする私と風馬くん。
そうしているうちに、王室の扉の前へ到着した。
扉を数回ノックしてから、サレムさんが声をかける。
「ブリス陛下、イアン王子とミリアさん、あとお連れ様______ユキちゃんとフウマくんがお見えです」
すると扉が内側から開き、中からテインさんがひょっこりと顔を出した。
「イアン王子が?」
聞き返してきた王の秘書に、門番はコクリと頷く。
「はい。大事なお話があるとのことです」
「少しお待ちください。確認してきます」
そう言うと、テインさんは扉を閉めて王室の中へと姿を消した。
そして数十秒後、紫髪を三つ編みにして二つに結んだテインさんがもう一度顔を覗かせた。
「どうぞ、お入りください」
ブリス陛下からのOKは頂けたようだ。良かった。
「失礼します」
王子・イアンさんを筆頭にゾロゾロと王室に入る私達を見て、ブリス陛下が明らかに驚いておられた。
「どうしたんだ? そんなに大勢で」
「お父様、突然申し訳ございません。実は……」
イアンさんはサレムさんの顔をちらりと伺った後、
「スピリアがマーダに連れ去られてしまって」
「えっ!? イアン王子、それって本当ですか!?」
さっきよりも目を丸くして驚き、イアンさんに真偽を問いかけるサレムさん。
「あの、ごめんなさい! サレムさん!」
「えっと……どうしてユキちゃんが謝るんだ?」
頭上からサレムさんの困惑したような声が聞こえてくる。
「私が……私がスピリアちゃんのこと守れなかったんです。私がちゃんと守れていれば、こんなことには……」
「違うよ村瀬。スピリアを守れなかったのは俺だって同じだ。村瀬だけが悪いんじゃない」
顔を上げると、風馬くんが首を横に振って優しい言葉をかけてくれた。
そんな風馬くんの優しさに感謝しつつ、私は豪華な椅子に腰を掛けたブリス陛下を見据えた。
「私、今度こそ絶対、スピリアちゃんに傷ついてほしくないんです! だから一刻も早く助けたいんです!」
イアンさんもさらに、陛下の説得材料を口にしてくれる。
「そうなんです、お父様。しかし僕達だけでは時間がいくらあっても足りません。その間にスピリアに危険が迫る可能性もゼロじゃない」
イアンさんが言い終わると、ブリス陛下は観念したように片手を突きだして、その掌を私達の方に掲げた。
「ちょ、ちょっと待て。一気に喋るな。とどのつまり、それでわたし達の力が必要だと、そういうことだな」
頭を指でトントンとつつき、私達が話したぐちゃぐちゃの情報を一纏めにしてくださるブリス陛下。
「はい。お兄様とお姉様、あとサレムにもスピリアの捜索を手伝って頂きたいんです。お願いします!」
イアンさんは、ブリス陛下の側に立っていた二人の吸血鬼、そしてサレムさんを順に見て、深々と頭を下げた。
「お願いします!」
イアンさんに続いて、私も風馬くんもミリアさんもサレムさんも、ブリス陛下に向かって頭を下げる。
暫くの間、沈黙が続いた。誰も何も喋らない、そんな時間が。
そしてその沈黙を破るように、ブリス陛下が口を開いた。
「______分かった。ヴァン、パイア」
自分の両側に控えていた吸血鬼達の名を呼んで『手伝ってやれ』と言うように目配せをしてくださった。
そしてその指示を、イアンさんのお兄さんとお姉さんも快諾してくれた。
「「承知いたしました。お父様」」
「もし何かあったらすぐに連絡してくれ。わたしとテインも前線に出よう」
ブリス陛下の言葉に、驚いたような表情を浮かべるイアンさんの姉・パイアさん。
少しだけ前に進み出た拍子に、彼女の黒いポニーテールがふわりと揺れる。
「よろしいのですか? お父様」
「当たり前だ。同じ吸血鬼のためだろ」
「お父様……。ありがとうございます!」
イアンさんは感激したように目を潤ませると、満面の笑顔でお辞儀をした。
「よし、行くぞ、イアン」
「はい! お兄様!」
歩み出したヴァンさんとパイアさんの後に続き、私達は王宮を後にする。
ついにスピリアちゃんの捜索が開始された。




