第168話 待っててね
私達は保健室で、ミリアさんの回復魔法で治癒してもらっていた。
スピリアちゃんがマーダに連れ去られてから、実に数十分が経とうとしていた。
あの後、すぐにスピリアちゃんの元に向かおうと、ミリアさんに魔方陣を出してほしいと頼んだけど、ミリアさんの怪我のせいで魔力が弱まっていて、魔方陣が出せなかった。
それにスピリアちゃんを助けに行くとしても、まずは私達の容体が良くないと意味がないという結論に至った。
ミリアさんは、最初に自分自身に回復魔法で治癒を施してから、亜子ちゃん、風馬くん、私の順番に回復魔法をかけてくれた。
亜子ちゃんは、マーダの爪で斬られて出血が多かったお腹を止血してもらい、風馬くんは、蹴られてダメージを受けたお腹の回復と、引っ掻かれた頬の手当てをしてもらっていた。
私は、風馬くんと同じように蹴られたお腹のダメージの回復と、引っ掻かれた腕の手当てをしてもらった。
「ありがとうございます、ミリアさん」
「いいえ、ユキ様。皆様のお怪我を治すのが私の仕事ですから。お礼は不要ですよ」
「じゃあ、吸血鬼界に連れていってもらえませんか? 早くスピリアちゃんを助けに行かないと」
でも、長い黄髪の吸血鬼は首を縦に振ってくれなかった。
「ユキ様、落ち着いてください」
「え? 私、ちゃんと落ち着いてますよ?」
今度は首を横に振るミリアさん。
「いいえ、焦っておられます。確かにスピリア様の命が危険なのは尤もです。ユキ様が焦られる気持ちも充分に理解できます」
「じゃあ____」
「ですが、今向こうに行っても、私どもがスピリア様を奪還できる可能性は極めて低いです」
「どうしてですか? ミリアさんに回復魔法で治療してもらいましたし、もう大丈夫ですよ?」
「武器もお持ちでないのに、どうやってマーダさんと対決するおつもりですか? 先程のように身を挺するのですか?」
「それしかないじゃないですか」
私は人間だ。武器なんて持ってないに決まってる。
戦うには素手で、自分の身体を使うしかない。
なのに、ミリアさんは私を見つめて、
「ユキ様、もう一度申し上げます。落ち着いて、じっくりと考えてみてくださ____」
「そんな悠長なこと言ってられないです!」
「ゆ、ユキ様……」
私の大声に、ミリアさんは驚いたように肩をピクッとさせた。
「私は、夏合宿の時もスピリアちゃんに辛い思いをさせちゃったんです! だから、これで二回目なんです! 本当はあの子に合わせる顔なんて無いです! 私は……また彼女を傷つけてしまったんです!」
早くしないと取り返しのつかないことになる。こうやってる間にも、スピリアちゃんの命の危険はどんどん高まってるんだ。
「だから、早……く____」
立ち上がろうと足に力を込めた途端に力が抜け、私の身体は前方に倒れる。
「ユキ様!」
私の前に居たミリアさんが、倒れた私を受け止めてくれた。
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます……」
な、何で……もう回復魔法で治療してもらったのに……。
完全に回復したはずなのに……。
私がもう一度起き上がろうとすると、ミリアさんが私の肩を抱いて真っ直ぐ見つめてきた。
「ユキ様、正直に申し上げます」
「ミリアさん……?」
「私の回復魔法は今、本来の力を出し切れておりません。それも全て、私の自信の欠如が原因です。申し訳ありません」
ミリアさんは、そう言って頭を下げた。
そ、そんな……じゃあ、まだ私も皆も完全に回復出来てないってこと……?
「今の私の魔力だと、完治までに今までよりも多くの時間を要してしまいます。完治出来ないということではありませんが……」
自信の欠如、か。そう言えば、王宮でテインさんに教えてもらったな。ミリアさんの過去のこと。
その前に、私が色々言っちゃったせいなのかな……。
「あ、あの、ミリアさん。ごめんなさい」
「え? どうしてユキ様が謝罪なさるのですか?」
目をパチクリして不思議そうなミリアさんを直視出来ず、私は俯いたまま言った。
「王宮で私が、ミリアさんを変に心配するようなこと言っちゃったからですよね。その……ミリアさんの自信が無くなっちゃってるのは」
「いえいえ、違いますよ。ただ、私自身がお役に立てないことが悔しくて。それが自信の欠如に繋がっているのだと思います。だからユキ様は、何も悪くないのですよ」
そう言って、ミリアさんは優しく微笑んでくれた。
「ミリアさん……」
それからミリアさんは柔らかかった表情を曇らせ、自分の掌を見つめた。
「それにしても、こんな時に魔力に支障を来してしまうなんて最悪ですね。一刻も早くスピリア様を助けに行かなければならないのに」
そして広げた掌を包み込み、拳を握る。
すると、突然ミリアさんの携帯のような器械が鳴り出した。
「はい、もしもし。……イアン様!」
電話の相手はイアンさんだったようで、ミリアさんの曇っていた表情が一瞬にして明るくなる。
一体どんな連絡をしているのだろう、と思っていると、
「はい……はい。承知致しました。ですが、私の魔力が弱まっていて、魔方陣を出せない状況なのですが……」
イアンさんが何か言ったのか、少し間を置いた後でミリアさんは一人頭を下げた。
「そうですか。ありがとうございます、イアン様。ご不便をおかけして申し訳ありません。よろしくお願い致します」
そして電話を切ると、私達の方に向き直って、
「イアン様が、もう一度こちらに戻ってきてくださるようです。VEOの基地を襲撃した吸血鬼達が亜人界の方に逃げたということで、キル様とレオ様とマコト様は先に亜人界へ転移されたそうです」
「そうなんですね。良かった……」
イアンさんが戻ってきてくれるなら、スピリアちゃんのこと助けに行ける!
待っててね、スピリアちゃん。すぐに助けに行くから!




