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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第六章 堕鬼編
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第161話 人間界襲撃事件(前編)

『今日、四月一日、正式に天界との同盟が結ばれました』


 時間は十六年前に遡る。


 田舎町に住む小学一年生の藤本(ふじもと)(まこと)は、ソファーにもたれたまま絵本を読んでいた。


 人間を怖がらせる悪い吸血鬼と、人間を守る良い吸血鬼が戦うという、何ともファンタジーな絵本だった。


 誠の住んでいる世界よりももっと上に、吸血鬼や天使が住んでいる世界があるということは、誠も幼いながら常識のように知っていたので、吸血鬼が出てくる本を片っ端から読んで想像を膨らませていたのだ。


 すると電源をつけていたテレビから、『天界との同盟』という言葉が聞こえてきたのだ。


 当時、誠は七歳。難しいことは何も分からなかった。


「ママ~、どうめいってな~に?」


 ソファーに座っている母親を見上げて尋ねると、彼女からはこんな答えが返ってきた。


「神様のお友達が、私達と仲良くしてくれることよ」


「じゃあ、かみさまのおともだちと、おともだちになるってこと~?」


「そうよ~」


 母親は、大きくなったお腹を優しくさすりながら、誠にも優しい笑顔を向けてくれた。


 ______おともだち、かぁ。


「おともだちだって~」


 ソファーをよじ登って母親の大きなお腹を撫で、誠は『おとうと』に話しかけた。


「ママ~、おとうとも、かみさまのおともだちと、おともだちになれる~?」


「勿論なれるわよ~」


 母親の言葉を聞いて、誠は満足げに無邪気な笑みを浮かべた。


 そして母親の特製・イノシシ肉の炒め物を食べながら、まだ見ぬ『おともだち』との出会いに、誠は胸を膨らませたのだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 それから四日後。


()()()()()()()~」


 小学校の友達と遊んでいた誠は、家路を歩きながら夕焼けに染まった空を見上げていた。


 カァカァと鳴くカラスの群れが、翼をはためかせながらどこか急いだ様子で移動している。


 そんなカラス達を呑気に見ながら、誠は田んぼ道に沿って走り木造の家に辿り着いた。


「ただいま~」


 家のドアを開け、誠はめいっぱいの声をあげる。


「______」


 返事はなかった。いつもなら、母親の優しい声が聞こえてくるのに。


「ママ~?」


 誠は不思議に思いながらも、靴を脱いで家の中に入っていった。


「ママ~?」


 もう一度声に出しつつ、リビングへと進む。


 しかし、そこには誰も居なかった。


 母親は現在赤子を身籠っている。誰かの助けがなければ一人で動くことが出来ないほど、お腹は膨らんできていた。


 誠に父親は居ない。誠がもっともっと小さかった時、母親との揉め事が原因で、あっさりと家を出て行ったのだ。


 勿論、小学生の誠は、父親は遠い国に仕事に行っているのだと言い聞かされていた。


 それにしても、日頃から母親が誰かの助けを借りることなど少なかった。


 母親は心優しい性格なので、誰かに迷惑をかけることを嫌がっていた。


 だからいつも家に居た。


 そして、誠が帰ってきた時には優しい笑顔で迎えてくれていたのだ。


 それなのに、()()()()()()()()()()()()()



「ママー! ママぁ!」


 大声が叫び声になり、さらにはそこに涙声が混じっていく。


 誠は、力いっぱいに母親を呼んだ。


 いつも居るはずの母親が、急に居なくなることなどあり得ない。


 必ずどこかに居る、自分の声に答えてくれる。あの優しい声で、笑顔で____。


「ママぁ……」


 いくら呼んでも返事がない。誠はしょんぼりとうなだれてしゃがみ込んでしまった。


 その直後、背後から大きな衝撃が誠を襲った。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「____んん」


 くぐもったような呻き声をあげながら、誠は目を開けて体を起こした。


 何となくボーッとする感覚を覚えつつも、自分の足でしっかりと地面を踏みしめる。


「……あれ?」


 誠はふと、違和感を覚えた。


 何故、自分は外に居るのか。先程まで、家の中で母親を探していたはずなのに。


 おぼろげな記憶を辿りつつ、誠は必死に何があったかを思い出そうとした。


 ____そうだ。ママを探してたら、急に飛ばされたんだ。


 小さな一歩を踏み出し、誠は歩こうとした。


「あちっ!」


 しかし、焼けるような感覚を覚えて思わず足を引っ込める。


 誠が足元を見てみると、地面が赤く燃えていた。


 ____え⁉︎


 燃えていたのは地面だけではなかった。


 周りにあった家、所狭しと生えていた雑草、家路にあった田んぼ、いつも掴まっていた電柱……。


 何もかもが赤い炎に包まれていた。


 誠が後ろを振り返ると、電柱が倒れていて家を木端微塵にしていた。


 先程誠を背後から襲った衝撃は、倒れてきた電柱だったのだ。


 そして、誠の耳には叫び声が遅れて入ってきた。


 高低様々な叫び声、泣き声、助けを求める声……。


 燃えた地面を踏みしめ、必死に逃げまどう人々の姿。


 押し合いへし合い、我先にと、もみくちゃになりながらも、なおも自分だけでも助かろうと走る人々の姿が、そこにはあった。


 ____なに? これ……。ママは? ママはどこ? おとうとは?


「助けてくれぇ!」


 ふと、誠はそんな叫び声を耳にした。


 辺りを見回し、声の主を探す。


 声の主はすぐに見つかった。彼は地面にうつ伏せになっていた。


 そして彼の背中には、燃えた電柱が重くのしかかっていた。


「なぁ! 誰か助けてくれよ! 熱いんだ! このままだと死んじまう!」


 誠はなんとかその人の力になろうと、必死に助けてくれそうな大人を探した。


 逃げまどう人々を目で追い、かろうじて届いた服の袖を掴んでみたりもした。


 だが、そんな小さな力はすぐに払われ、何の効力も示さない。


「あ、あの、だれか、あのひとを……」


 誠は必死に言葉を並べた。しかしその声は燃える炎の音にかき消されてしまい、誰の耳にも届かなかった。


 とうとう男の声に耳を貸す者は現れなかった。皆、自分が助かることだけを考え、ひたすらに走っていたからだ。


 なおも男の叫びは続いたが、やがて静かになった。


 誠が再び男の方を見た時には、そこは火の海と化していた。


 そして、誠はまた耳にする。風が吹く音かも炎が燃える音かも分からない音を。


 戸惑い、立ち尽くすだけの小さな少年の上にも、赤く燃えた電柱が落ちてきたのだった____。

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