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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第六章 堕鬼編
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第160話 あってはならないことのはずなのに

 私達があげた驚きの声に、(まこと)さんと藤本(ふじもと)くんは少し決まり悪そうな表情をしていた。


「で、でも、ご兄弟なのに『鈴木(すずき)』と『藤本(ふじもと)』で苗字は違いますよね」


 私が言及すると、誠さんは眼鏡を上げながら頷いた。


「ああ。少々面倒な事情があってな」


「面倒ってなんだよ」


 誠さんの言葉に不満げな藤本くんだけど、誠さんも負けじと食い下がる。


「事実だろ」


 とたんに、兄弟間の空気が重くなり始めてしまう。


 そんな二人を仲裁したのは、イアンさんだった。


「まぁまぁ、マコトくんも君も落ち着いて」


 藤本くんは、笑顔で仲裁に入ったイアンさんを睨み付けると、


「るせぇ。関係ねえだろ。吸血鬼のくせに口出しすんな」


 その言い方に腹を立てたのは、キルちゃんだ。


「何よその言い方! あなたね……」


 キルちゃんは肩につくほどの桃髪を揺らし、床を強く踏み鳴らして藤本くんの前まで行くと、自分よりも背の高い彼に鋭い視線を送った。


「良いって、キル。怒らないで」


「だってムカつくじゃないの。吸血鬼の『くせに』とか言われて」


 引き止めるイアンさんの言葉にも不服そうに、キルちゃんは溢れる怒りを抑えきれない様子。


 そういえば藤本くん、夏合宿の時も必要以上にスピリアちゃんのこと敵視してたよね。


 それに今だって、イアンさんとかキルちゃんにも敵対的だし。


 過去に何かあったのかな……。


「んだよ、気分悪ぃな」


 保健室内の重だるい空気に大きなため息を吐くと、藤本くんは保健室を出て行ってしまった。


(ごう)!」


 誠さんが藤本くんを呼ぶのと、保健室の引き戸が乱暴に閉められたのはほぼ同時だった。


「すまん、弟のせいで嫌な空気にしてしまって」


 短髪をくしゃくしゃと掻き、謝罪する誠さん。


「マコトくんが悪いわけじゃないでしょ? ゴウくん、だっけ? 彼はきっと、僕達吸血鬼のことが人一倍嫌いなんだよ。嫌いを通り越して、憎んでるレベルじゃないかな」


「剛には色々と辛い経験をさせてしまったからな。ああなるのも仕方ないのかもしれんが……」


 イアンさんが悲しそうに言い、誠さんも俯いて息を吐く。


「あの、何かあったんですか?」


 私が思い切って尋ねてみると、誠さんは決まり悪そうに口をつぐんでから、やがて言いにくそうに口を開いた。


「この際だから、全て話してしまった方が良いか」


 誠さんは、私達に何があったのかを話し始めた。


「十六年前の四月五日に起こった『人間界襲撃事件』。雪達はまだ産まれてないから分からないだろうが、そう呼ばれるようになった事件があったんだ」


「そんな事件が……。でも、ニュースになったりしてませんよね。人間界が襲われたっていうのに、そんな事件があったなんて初耳ですよ」


 風馬(ふうま)くんの言う通り、私達はそんな事件があったことなんて、今の今まで知らなかった。


 十六年も前のことなら、毎年四月五日がやってくるたびに、その事件で犠牲になった人々を追悼する番組があったり、ニュース番組で報道されたりするはず。


 なのに、そう言ったものは一切放送されていない。


「都内の小さな地域が狙われたんだが、大事には至らなかったからだろうな、今でもあまり問題視されていないんだ」


 そう、誠さんの口から理由が告げられた。


「襲撃されたって事実を無かったことにしたってこと……?」


 ベッドの上に横たわる亜子(あこ)ちゃんが、ポツリと呟く。


 誠さんは頷いて、信じたくない事実を肯定した。


「まぁ、言ってしまえばそういうことだ」


 私は誠さんに尋ねた。


「何で無かったことにされたんですか? 大事だし、忘れちゃいけないことなのに……」


 何年も時が経って、風化したみたいだ。


 風化なんて、あってはならないこと……のはずなのに。


「それがな、当時の人間界の代表は引退していて、しかも行方を眩ましてるんだ。だから、真相は誰にも分からない」


「そんな……」


「何で、その代表は無責任な態度取ったんだよ。今さら掘り返したくないって言うのか」


 静かに怒りを露にする風馬くんに、誠さんが同意した。


「おそらくそうだろうな。今の吸血鬼界は、ただでさえ天界と人間界の板挟みにあっている状態だ。そんなところに襲撃事件の問題を落とし込んで見ろ。どうなるかは明白だ」


「____戦争」


 ふと、そんな言葉が浮かんできた。そしてそれは無意識のうちに言葉になっていたようで、皆が私を見つめていた。


「あっ、ごめんなさい。こんな、不謹慎なこと」


 私は口を塞ぎ、慌てて謝った。


「いや、雪の言う通りだ。ひどいところまで行けばそうなる」


「そもそも、何で吸血鬼界が人間界を襲撃するような事態が起こったんですか? 単なる言い争いとかなら、そんなところまで発展しませんよね」


 風馬くんに尋ねられると、誠さんは少し黙った後で、


「天界と人間界の同盟だ」


 同盟……。つまり天界と人間界が協力体制を結ぶということ。


 そんなことをしたら、今までちゃんと保たれていた三つの世界の均衡が、一瞬で崩れてしまう。


 仲間外れにされたんだから、吸血鬼界が黙ってないのは当たり前だ。


 武力を行使したくなる気持ちも、分からなくもない……。


 じゃあ、何で人間界()()だったの?


 同盟を結んだのは天界も同じ。だったら人間界だけが襲撃されるなんて、おかしいじゃない。


「こんなこと言うのは、不謹慎だって分かってるんですけど、何で人間界だったんですか? 同盟を結んだのは天界の方も同じじゃないですか。なのに、何で人間界だけを襲ったんですか」


 風馬くんも私と同じ気持ちだったようで、誠さんに沢山の質問を投げかけた後、その横に居たイアンさんを見上げた。


「____イアンさん」


 イアンさんは俯きながら、申し訳なさそうに言った。


「その時の鬼衛隊の隊長は、僕でもお父様でもお爺様でもない、別のヒトだったんだけど、同盟の話を持ちかけたのが人間界側だったからって言ってたんだ」


「何で人間界が同盟を持ちかけたのか、っていうのも今じゃ分からない……」


 風馬くんの悔しげな呟きに、イアンさんが悲しそうに目を瞑って頷く。


 十六年前の人間界の代表が行方を眩ましてさえなければ、全て分かることなのに。


「この話は長くなりそうだから、先に雪の質問に答えておく」


「はい」


 私が頷いて返事をすると、誠さんは理由を告げてくれた。


「俺と剛の名字が違うのは、俺達がその襲撃事件に巻き込まれたからなんだ」

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