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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第六章 堕鬼編
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第158話 色眼鏡を外せ

 桃髪を揺らし、キルちゃんが廊下を走っていく。


 彼女を追うイアンさんの後ろを走りながら、私は密かに胸がざわつくのを感じていた。


 さっきのキルちゃんの切羽詰まったような表情。


 何かただならぬ状況を察知しているようだった。


 廊下の角を曲がった直後に、キルちゃんが急ブレーキをかけて立ち止まる。


「ハイト!!」


 そして、斜めに跳ねた赤紫の短髪を持つ吸血鬼を睨み付ける。


「あ? 何だ? ……あぁ、キルかぁ。よぉ、久しぶりだな」


 その吸血鬼____ハイトは、首を傾げてから手を挙げた。


「気安く挨拶なんてしないでくれる」


 でも、キルちゃんは冷たく言い放つ。


 ハイトの横には、青紫の短髪を持つ吸血鬼のほかに、一人のおじさん吸血鬼と二人の若者吸血鬼が居た。


 彼らと対峙しているのは、吸血鬼抹消組織(通称・VEO)の隊長・鈴木(すずき)(まこと)さんと、風馬(ふうま)くんをやたらと気に入っている男子・藤本(ふじもと)(ごう)くんだ。


 そして、二人の背後には亜子(あこ)ちゃんが上体を起こした体勢で倒れていた。


「アコ様!」


後藤(ごとう)!」


 ミリアさんと風馬くんが同時に叫び、亜子ちゃんを抱き起こす。


 亜子ちゃん、スピリアちゃんと一緒にお昼ご飯食べてたはずじゃ……!


 ていうか、スピリアちゃんは!?


 もしかして、この五人に襲われたから亜子ちゃんが逃がしたのかな。


「あの三人、ユキを誘拐しようとした奴等だよな」


 レオくんが、私にしか聞こえないくらいの小さな声で確認してきた。


「う、うん」


 私の脳裏には、レオくんに『もう吸血鬼界には来ない方が良い』と言われた後、感情的になって家を飛び出し、あの三人に誘拐されそうになったという記憶が流れ出していた。


 私を誘拐して売ろうとしていた、あの三人組だ。


「俺の後ろに隠れてろ」


 言葉と同時に、レオくんが私をそっと自分の背中の後ろに隠れさせてくれる。


「あ、ありがとう……」


 私がレオくんにお礼を言っていると、イアンさんが腰に挿した剣を抜いて、誠さんの隣に立った。


「マコトくん、大丈夫かい。僕も一緒に戦うよ」


「……私も」


 遅れて前に進み出ると、キルちゃんも剣を構える。


「い、イアン……キル……」


 今まで相手をしていた人数がいきなり倍になったことが嫌だったのか、ハイトは眉間にシワを寄せて舌打ちをした。


「チッ、また邪魔者が増えやがった……! おい、スレイ、行くぞ」


 呆気なく背を向け、床を力任せに踏み鳴らして去っていく。


「……分かった」


 スレイは突然のハイトの言動に驚いたようだったけど、彼の意図を汲み取ったのか、自分も倣って去っていった。


「あ! おいコラ! 勝手に帰るんじゃねぇよ!」


 その後を、吸血鬼三人組が急いで追いかけていった。


 五人が私達の前から姿を消した後、私は急いで亜子ちゃんの元に駆け寄った。


「あ、亜子ちゃん! 大丈夫!?」


「雪______」


 亜子ちゃんのツインテールは、誰かに掴まれたのかと思うくらいぐしゃぐしゃになっていた。さらに____。


「亜子ちゃん、手が……!」


 右手は骨が潰れたのか、五本指を広げることが出来なくなっているようで、丸まった拳のままだった。


「う、うん、ちょっとやられちゃった」


 亜子ちゃんは乾いたような笑みを浮かべ、情けなく俯く。


「とりあえず保健室に行くぞ」


 誠さんが、亜子ちゃんを抱きかかえて歩き出した。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「保健室の先生に許可を取ってくる。イアン達も保健室に居た方が第三者に見つかりにくいだろう」


 そう言って、誠さんは亜子ちゃんをイアンさんに預けると、保健室に入っていった。


 閉まった扉の前で、私達が待っていると、


「ユキー!!」


 叫び声とともに、水色の髪の吸血鬼が抱き付いてきた。


「す、スピリアちゃん! 大丈夫だったの!?」


「ユキ達のこと探してずっとぐるぐる回ってたリ! 会えて良かったリ!」


「えっ!?」


 他の人に見つからなかったの!? 会えて良かったけど……。


 私がそう思っていると、


「雪ちゃん」


 小走りで、亜子ちゃんのお父様とお母様が駆けつけてきた。


 おそらく、スピリアちゃんが他の人達に見つからないようにしてくれたのはご両親だろう。


 私が感謝の気持ちを込めて会釈をすると、お二人は優しく微笑んでくれた。


「わたしが話したリ。アコが危ないって」


 スピリアちゃんが、私達にそう教えてくれる。


 ご両親は、イアンさんに抱きかかえられている亜子ちゃんを見ると、信じられないと言いたげに目を見張った。


「パパ、ママ……」


 亜子ちゃんはご両親に気付くと、申し訳なさそうに目を伏せる。


「ごめん。スピリアのこと守ろうと思ったんだけど、結局吸血鬼のことも逃がしちゃって……あたし一人じゃ、スピリアも守れないで死んでた」


「そうだったのか、良いんだぞ、亜子」


「そうよ、よく頑張ったじゃない」


 お父様とお母様は、目にたくさんの涙を浮かべていた。


 すると、保健室の引き戸が開いて、誠さんと先生が出てきた。


「許していただいた。大丈夫だ」


「VEOの権限ということなので、特別に許可します。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 先生は、イアンさん達吸血鬼を見回してそれだけ言うと、迷惑極まりないと言いたげに小さく息を吐いてから、階段を上がっていった。


「……何でイアンさん達が悪いことする前提なんだよ」


 先生が居なくなった後で、風馬くんが不満そうに呟く。


「当然だろ。吸血鬼ってのは、それくらい危ねえ存在だって思われてんだよ」


 風馬くんは目を見開くと、そう言い放った藤本くんの襟首を掴んだ。


「な、何だよその言い方! イアンさん達は、悪いことをするような吸血鬼じゃない!」


「フウマ、落ち着いて」


 誠さんに亜子ちゃんを引き渡し終えたイアンさんが、風馬くんの肩に優しく手を置く。


「____ありがとう。僕達のこと庇ってくれて」


「……イアンさん」


 風馬くんはイアンさんを見上げると、『ごめん、藤本』と謝って彼の襟首を掴むのを止めた。


「ったく、ちょっとは色眼鏡を外せっつってんだ」


 藤本くんは風馬くんから目を逸らしたまま、掴まれた制服の襟を直しつつボソリと呟いていた。

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