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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第六章 堕鬼編
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第156話 走って、逃げて

 【鋼拳(スチール・パンチ)】を受け止められ、さらに拳を握り潰された亜子(あこ)は、突然やってきた痛みに顔を歪ませた。


「ああっ!!」


 やはり簡単に倒れてくれた若吸血鬼二人と、このおじさん吸血鬼では力の差が歴然だ。当然ながら、ワンパターンの攻撃で易々と倒れてくれるわけではない。


「こっからは俺がやらせてもらうぞ!!」


 言うが早いか、おじさん吸血鬼は固く握った亜子の拳を引き上げて軽々と亜子を投げ飛ばした。


「っ____!」


 宙に浮かんだ亜子の身体は、一瞬で中庭の芝生に打ち付けられる。


「ぐっ!!」


 したたかに背中を打ち、亜子は呻くがすぐさま起き上がって反撃を加えようとする。


 しかしそんな隙も与えまいと、吸血鬼は亜子のお腹を力強く踏みつけた。


「うぅっ!!」


「残念だったな。お前一人であの吸血鬼を守れると思ったら大間違いだ」


 そう言うと、吸血鬼は亜子のお腹を踏みつけている足をグリグリと動かし、さらに痛みを与えてきた。


「あああっ!」


 再びやってくる鋭い痛みに、亜子は声をあげることしか出来なかった。せめてもの抵抗として、吸血鬼の足首辺りを叩いて止めさせようとしたが、それもお腹を踏まれる痛みをさらに倍増させるだけ。


「オトナをなめんじゃねぇぞ、()()


「うっ……うがっ!!」


 吸血鬼は反動をつけて亜子のお腹から足を離すと、亜子のツインテールを乱暴に掴んで中庭のベンチに飛ばした。


 亜子はベンチに身体を打ち付け、芝生へと力なく落下。


「じゃあな」


 ひらひらと手を振り、吸血鬼は他の二人を置いて亜子が建てた鉄壁へと歩いていく。


「ま、待って……! ア、【鉄壁(アイアン・ウォール)】……」


 二重に鉄壁を作れば、吸血鬼の進出を阻止できるかもしれない。


 そんな淡い期待から、亜子はもう一つ鉄壁を作った。


「ふん」


 しかし、既に大ダメージを受けた亜子が作る鉄壁だ。技の威力が弱まるため、壁の幅は薄く、オトナの力の前には呆気なく壊れてしまった。


「あっ……! 待って……駄目……」


 届くはずもない吸血鬼の背中に、亜子は傷だらけの手を伸ばした。


 ____立って。立たなきゃ。こんなところで、倒れてたら駄目よ! スピリアを守らなきゃ!


 拳を握り、腕に力を込め、亜子は何とか自分の身体を起こそうと試みた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ユキーイアンーどこリー?」


 その頃、スピリアは息を切らしながら(ゆき)とイアンを探していた。


 しかし、広い高校の中では雪達がどこに居るのか見当すらつかない。


 スピリアは途方に暮れていた。それと同時に、亜子を置いてここまで逃げてきてしまったことを悔やんでいた。


 ____亜子、大丈夫リ? 死んじゃったら嫌リ。


 そう思っていた矢先、スピリアはピクッと肩を震わせた。


 背後から軽い足音が聞こえてきたからである。


「アコ、ユキ達居ないリ。でもアコが戻ってきてくれたから良かっ____」


 言いながら後ろを振り返ったスピリアは、黄色い瞳を小さくさせて目を見張った。


 彼女の背後から歩いてきていたのは、亜子ではなかった。


 スピリアを狙っていたおじさん吸血鬼だったのだ。


「リ!? ア、アコは……アコはどうなったリ!」


 スピリアは吸血鬼から距離を取りつつ、頬に汗を浮かべながら叫んだ。


「アコ? ……あぁ、あのクソガキか」


 吸血鬼は一瞬眉を寄せて、スピリアが口にした名を考え込むように目線を上げると、ニヤリと口元を横に引いた。


 その仕草に、スピリアはただならぬ状況を察することを余儀なくされた。


 亜子が吸血鬼を追ってきていないこと、吸血鬼が見せた笑み。


 これらから導かれる結論は____。


「も、もしかして、アコ、本当に死んじゃったリ……?」


 スピリアは唇を震わせてそう口にしてから、自分の結論を否定するように勢いよく首を横に振った。


「大丈夫リ。アコなら……絶対生きてるリ!」


「まぁ、それは自分の目で確認しろ!」


 吸血鬼は声を張り上げると、床を蹴ってスピリアの元へと走っていった。


「リッ_____!」


 スピリアは身をひるがえし、吸血鬼から逃げる。……通常なら。


 しかし彼女は恐怖のあまり、危険が迫っている時に一番してはいけないことをしてしまっていた。


 目を見開き、両足を震わせ、その場に立ち尽くしていたのだ。


 そんなことをしていれば、吸血鬼に捕まるのも時間の問題。


 徐々に、徐々に、吸血鬼の手が、鋭い爪が迫っていく。


 ____もう、駄目リ……!


 スピリアは自分の終わりを悟った。ここまで来ていくら足掻いても、無駄な努力になるだけだ。


 それなら、いっそ潔く……。


 目を瞑り、流れに身を任せるスピリア。


「____何してるのスピリア! 早く逃げなさい!」


 その声に、スピリアは我に返ったように目を開けた。


 目の前にあったのは、ボロボロになった白いブラウス。


「あ、あ……こ……」


 信じられなかった。てっきり、もうこの世に居ないものだとばかり思っていた人物が、スピリアの目の前に居るのだ。


 スピリアはその名を呼び、とたんに嗚咽を交じらせた。


「生きてたリ……!」


 黄色い瞳が潤み、透き通るような涙が溢れ出してくる。


 スピリアに届くはずだった鋭い爪は止まっており、吸血鬼の手首を亜子が掴んで必死に引き留めていた。


「泣くのは後! 早く逃げて!!」


「リ!」


 亜子の叫びに、スピリアは弾かれるように校内を走っていく。


 彼女に奮い立たされたのかは確かではないが、震えていた足はしっかりと力が込められるし、もう命を諦めようという気持ちもスピリアの心からは消えていた。


「ユキ! フウマ! 助けてリ!」


 まだ姿が見えない者達に向かって、スピリアは必死に声をあげながら廊下を駆け出す。


 ____アコを助けてリ! 誰か……!


 傷だらけの亜子が吸血鬼を引き留めてくれていることに、後ろめたい気持ちになりながらも、スピリアはただただ走った。


 懸命に走って逃げた____。

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